第二十五章
「やっぱり……。この魔力の残り香、多分レイル君です。先生、時間は経っていますが、ここに二人がいた事はほぼ確実かと」
ミネルバとナギ、リュージュの三人は、数日前にレイルとミレが襲撃した砦にいた。辺り一面の城壁は焼け焦げ、所々に氷で出来た刃が突き刺さっている。破壊の痕跡が残る場所には、ナギが見る限りにおいて、レイルの魔力残滓が感じられていたらしい。
「やっぱり?どう見てもこれ、並大抵の術士の仕業じゃないものね。リュージュちゃん、これでいくつ目?」
「連続、という事なら確か六ヶ所目です。私達が今まで回った範囲で言えば、十か所。レイル君、一体どれだけの速さで進んでるのよ……!」
怒りと嫉妬が混ざった、心からの叫び。覚醒を終え、数週間をミネルバとの鍛錬に費やしたリュージュさえ、こと戦闘に於いてはレイルの後塵を拝する結果となっている。魔法技術の差だけでなく、身体能力、剣技といった全てに関して。対等に渡り合えるとすれば、シャルロッテとミネルバ、この二人だけであろう事は、最後に遭遇した際の戦闘で想定済みであった。
「他に手がかりは無さそうですね。周辺の森まで見て回ってきましたが、何の痕跡もありませんし。クロハは念の為、周辺に結界を用意しています。あの馬鹿、何処に行ったってんだ……」
テリーとクロハは、周囲の捜索に割り当てられている。単独での生存率が最も高いのがこの二人で、クロハは多様な結界を習得したが為に。ミネルバが全力で放った剣撃をも無効とした結界は、大抵の攻撃であれば防ぎきるだけの効力を持つ。
「やれやれ、やっと出られたか……。三重の結界に、拘束具まで用意しやがって。起き抜けだが仕方ない、俺もやれる範囲の事をやるか」
遅れて登場した、ヒト族における最大の切り札。彼が立つ場所は、多量の瓦礫の上。当代最強の称号、『剣匠』と呼ばれた、一人のヒト。個人が軍隊に匹敵する能力を誇り、たった一度を除けば敗北の二文字を知らない存在。その彼が、混沌とした戦況に身を投じる。
「まずは情報収集、だな。クーロンに行くが早いか、前線の奴らを縛り上げるのが早いか。いっそ、あいつらと合流するのも手ではあるが……。乗りかかった船だ、元同僚の仕業というのなら、参戦する理由に不足は無いな」
一人呟き、彼は瓦礫の山を後にする。その瞳が見据えるのは、奇しくも現在の最前線。彼が立つのは、果たしてどちら側か……。
ミレは一人、大陸南部の城を攻めていた。個人の事情故にレイルはおろか、兵一人さえ連れずに。その顔は、まさしく苦痛。
「死者を弄ぶ、か。リーエや彼奴には、荷が重かろう。この連鎖、我が剣で薙ぎ払ってやろう」
独自の調査で、強化兵の本体がこの城にある事を知った彼女。これ以上の量産は、皇国軍にとっても災厄となるばかりでなく、状況によっては戦況を覆す事となる。現状でさえ前線を抑える事で手一杯となる皇国軍にとってみれば、下級兵の増加を止める事。それが最優先課題なのだから。
「手ごたえが無いな。そこに隠れている貴様、いい加減に姿を現せ。名乗らないままに、我が剣の錆となりたくはなかろう?」
城内部の通路、幾つかの曲がり角を過ぎた所で、ミレは振り向かずに告げる。合間にいた兵は全て下級兵であり、特段障害となるモノではなかった。それ故、時折視線を感じさせつつも、居場所を掴ませなかった相手に興味を持ったのだった。
「流石、氷の女王だけはある。例えそれが自分の母親だったとしても、嫉妬せざるを得ませんね。申し訳ありません、母さん。この術式にだけは、どうあっても逆らえないようです」
自らが血を分けた、二人の子供。一人は覇者としての栄光を手に入れ、もう一人は時代の影に埋もれていった。どちらも等しく才能を持ち、等しく生まれた存在。どちらが生き残るにせよ、その勝利はただ虚しさのみが残る戦い。




