第十八章
ゲイルとシャルロッテが精神世界へ没入し、現実では二時間が経過した。その時間軸差は、現実の三倍。術者のさじ加減で調整出来る物ではあるが、二人の実力を考慮したミネルバが、その設定で式を組むよう促していた。本来であれば、既に中止を決定する時間。しかし彼女は、止める事はしない。これは成長の為に必要な段階であり、二人ならばそれを超えると信じているが為に。その階段を外すような真似を、出来る存在はここにいなかった……。
「流石に、これ以上は危険ですよ?二人とも、回復魔法を所持していません。万が一、中で何かが起こっていれば―――」
「駄目よ、止めたら。これは、一種の儀式なの。二人が―――いいえ、皆が彼の元へ追い付けるか、それを見る為の。とはいえ、流石の二人でもまだ早すぎたかしら……?」
躊躇ったミネルバの視界を、光が覆い尽くす。戦闘終了の合図であり、最終段階成功の証。それが同時に二人分となれば、その光は周囲一帯を覆い尽くす。収束した光の先には、立ち上がった二人の姿が……。
「ふう、紙一重だったぜ……。シャル、そっちはどうだった?」
「あたいも、かなり危なかったな。自分でも知らない戦闘法を、内側の自分が知ってる。何かこう、納得出来ないよな?」
実の所、精神世界の自身と外側の自分は、同一存在と言う事は出来ない。精神世界の自分は、『世界』が形作った物であり、言わば人界の守護者。それが個々の能力に対応する形式で具現化され、修行相手となる。
「身体能力は終了と同時に、桁違いに増幅されているのよ。ただ、どんな能力が現れるかは、選べないのだけれど。でもね、それは後々必要となる物だから、今の内に特徴だけでも掴んでおいて?」
「ちょっと疑問なんですけど。レイルの能力とかって、どういう代物なんです?」
ゲイルの疑問は、誰もが感じている物だった。彼が何か特殊な行動を起こした事は、未だかつて誰も見た事が無いのだから。
「正直、不明って言うしかないわね。肉体強化は自前だって言ってたから、考えられるのは三つ。詠唱短縮による、効果削減の解除、ないし減少。単なる魔法威力の上昇か、はたまた未知の何か、か。いくら親が特殊とはいえ、強化魔法だけで、あれ程の能力は得られないもの。内容はどうあれ、覚醒しているという事だけは、疑いようがないわね」
新生帝国を名乗る軍と、皇国軍最初の会戦が幕を開ける。用意された兵力は、帝国軍五万に対して、皇国軍三万。その物量差に、誰もが帝国の勝利を信じて疑わなかった。しかし―――。
「第三部隊は下がり、右翼と合流。敵兵を包囲、殲滅せよ。左翼前身、中央と動きを合わせ、挟撃せよ」
指揮官は、皇国軍宰相でもあるアッシュが行っていた。リーエは最小限の護衛と共に、クーロンで待機している。この程度の敵ならば、王が出るまでもない、と幕僚全員が出陣を諌めたのだった。
「帝国軍は、将が揃っていないようですね。主力と思われる部隊には、見た顔が少なからずいますが。兵の練度と裏腹に、質が揃っていない。よもや、この程度で我らに戦を仕掛けるとは……」
「油断は最大の敵だと、以前教えたはずだぞ、キリエ。伝令、深追いはするなと、中央に指示を出せ。血気盛んなのは良いが、奴は前に出すぎる。副官らに、体を張ってでも止めろと言い含めておけ」
傍らに控えた兵が、その言葉を聞くと同時に駆け出していく。前大戦で勇名を轟かせた猛将、ヴァンデーラ。当初は別勢力に所属していたが、開戦直後に君主が倒れ、空中分解した軍勢があった。後に当時の魔煉軍に仕官し、その名を大陸中に響かせた豪傑。戦闘狂であるという弱点はあるが、部下にも信頼が厚く、名声を欲するままに手に入れてきた。頭に血が上ってしまえば、周りの話など聞く事はしないが……。




