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Folktale-side DARKER-  作者: シブ
第一部
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第三章

 事務室に戻ると、教室までの地図と数冊の教科書が渡される。また、隣の部屋に制服が用意されているので、着替えるようにという指示も出された。

「教室へは、その道順で行ってください。多少入り組んでいる為、間違えると別の棟に出る事もあります。この時間だと、どの教室も授業中でしょうから―――」

 真新しい制服に身を包んだレイルが教室に着いたのは、それから二十分も経った頃だった。幾度か道を間違え、その度に戻っては確認する、の連続だった為だ。事務室からであれば、通常はその半分程度で着くらしい。案内役を出さないのは、敢えてこの複雑さを体感させるため、そういう事なのだろう。

 ドアに手を掛け、一気に引き開ける。直後、誰かにぶつかる衝撃がした。レイルは何とか踏みとどまったが、相手は転んでしまったらしく、蹲る姿が見えた。

「あいたたた……。どこに目を付けていますの?」

 手を貸そうと伸ばすが、それに一瞥すらせず、その女生徒は立ち上がった。身長はレイルより少し低い、百六十五センチ程度。自然な金色の髪と青い瞳は、生粋の人間であると告げていた。

「見ない顔ですわね。ああ、あなたが例の編入生ですか。席なら用意してありますわよ、後ろのゴミ箱に」

 教室には四十人近い生徒がいたが、笑ったのは取り巻きと思われる、数名の生徒のみであった。レイルはそれを無視し、踵を返す。

「どうやら、教室を間違えたらしい。どうやらここは、保育園みたいだからな。やれやれ、最初から探し直しかよ……」

 歩き出そうとした瞬間、背後から鋭い刺突が繰り出された。レイピア、細身の刀身で作られた刺突用の剣である。彼はそれを見もせず、指一本で弾いた。方向を変えられた一撃は、床に叩き付けられる結果に終わった。

「魔族のくせに、この私を無視して良いとお思いで?私はレイミア・バレンシュタイン、かつて帝国を指揮していた、ムーランド・バレンシュタインの一人娘ですわよ。下賤な種族が、この私の前でそんな―――」

 レイミアの言葉が、そこで止まる。気づかない内に、首筋に刃が突きつけられていた為だ。その剣は、ついさっきまでレイルの腰に収まっていた物であり、それを持つ手は彼女の背後から回っている。

「その口、強制的に閉じる事になるのと、自分から閉じるのはどっちがいい?まだ分からないってなら、それなりの方法を取らせてもらう」

 言いながら、空中に魔法陣を描いていく。円を描き、その内側に幾何学模様のような文字を書き込んでいく。失われた魔法、ロスト・スペルと呼ばれる古代魔法である。当然、それを操れる者は、魔族の中にもそう多くはないのだが……。

「そこまでよ、二人とも。話は聞いているわ。レイミアさんは後で学長室へ。レイル君はさっさと教室へ入って、自己紹介しましょうね。編入したてだからって、甘やかさないわよ?」

 レイルは剣を取り上げられ、気づけば魔法陣すらも消滅させられていた。それを描く為に使用していた魔力以上のそれで、一気に上書きしたのである。

「私はミネルバ・フォレスタ、このクラスの担当です。ささ、その不思議そうな視線はやめて、言う通りにしてね?そこで野次馬している皆も、席に着いてね~」

 両手を叩き、小さな子供をあやすように促していく。誰もがそれに従い、各々の席へと着いていった。レイルを教室の前へと通し、ミネルバはその後ろに続く。まずは自己紹介、そういう事であろう。

「今日から編入します、レイル・トルマンです。魔族と人間、それとエルフの混血ですが、これからよろしくお願いします」

 一礼し、クラスの反応を見る。人間と魔族のハーフは珍しくないが、そこにエルフが加わると、それは前例が確認されていない存在となる。そもそもエルフは、他種族と交わる事が無かった為である。それは子供でも知っている事であり、教室内はざわめきが広がっていた。ただ一人ミネルバを除いて、誰もが驚きの表情を隠せずにいたのだ。彼女はそれを知っていたか、予想していたか。ただ、涼しい顔をしていた。

「それ位で驚いてたら駄目よ?彼の父親、ノイエ・トルマンは旧魔煉軍の将軍でね、現皇帝、リーエ・ファントムの右腕って呼ばれてたんだから。それに、今回の編入生は彼一人だけ。この意味、皆なら分かるわね?」

 学園の編入試験は、かなりの難易度を誇る。それも当然、大陸随一と謳われる教育機関で一年、または二年を過ごした生徒らに後から加わるのである。それ相応の実力が求められるのは、当然の事であった。

「さて、あなたの席を決めないと。どこがいいかしら?」

 現在空いている席は、三か所ある。一つは先刻のレイミア・バレンシュタインの席であり、それは教室の一番後ろ、窓際になる。残りの二つはその真逆、廊下側になり、どちらも隣の席には女生徒が座っていた。その内一人は、レイルが見覚えのある人物であり……。

「うん、リュージュさんの隣にしましょう。彼女はこのクラスの学級委員長だから、分からない事があれば教えてもらってね。ホームルームは特に無いから、授業までゆっくりしてていいわよ」

 そう言い残し、ミネルバは教室から出て行った。おまけに、防音の結界まで張るという丁寧さだ。自由に喋っていい、そういう意味だと誰もが理解していた。

「レイル君、だったよね。私、リュージュ・グロリア。さっき紹介されたけど、このクラスの学級委員よ。これからよろしくね?」

 座ったまま、彼女は握手を求めてきた。この学園での学級委員とは、要するにクラスのまとめ役である。教官らの補佐や学園からの連絡事項をまとめ、各クラスへと伝達する。何でも屋という表現が似合う、いわゆる雑用である。もっとも、彼女はそれを全く気にしておらず、自分からやると申し出てきたのだが……。

「レイル君、私の事覚えてる?覚えててくれたら、嬉しいな」

 彼の席から斜め前、廊下側の真ん中の席から声が掛けられた。当然、レイルはその少女に見覚えがあった。いや、忘れたくても忘れられない、と言った方が正しいのだろう。

「ユウ・ドールマン、だろ?まさかこんな所で会うなんて、考えてもなかった」

「うん、覚えててくれたんだ?小さい頃だから、忘れられちゃったかな~って心配だったんだ。顔を見て、すぐ分かったよ。あ、レイル君だ~ってね。本当に、変わってないね」

 嬉しそうにはしゃぐユウを見て、レイルは軽く微笑んでいた。記憶にある通り、天真爛漫な元気さ。それを見て、彼は胸に痛みを覚えた。封印したはずの、苦い記憶。それを思い出していたのだった。

「ユウ、知り合いなんだ?」

「うん、小さい頃に遊んだ位だけどね。時々、家に泊まりに来てたんだ。十歳位の頃かな、全然来なくなっちゃって。お父さんの友達の子供、って位しか知らなかったけどさ」

 ユウの父親、ルーク・ドールマンもまた旧魔煉軍、現ユークランド皇国の軍人である。レイルの父親であるノイエの副官という立場だったが、実力・人柄共に尊敬しており、彼が軍を抜けた後も、その情を薄れさせる事は無かった。現在は師団長という立場にあるが、彼の副官でいられたという事は、彼にとって最大の幸福であると公言している。

「そうなんだ?じゃ、ユウの事は置いといて……。私の後ろの席、これがテリー・ソフマン君。で、隣がショウ・ムラカゼ君ね」

「ちょっと待て、これってなんだよ?!俺は物か!」

 その席に座っている少年が、声を荒げていた。金色の短髪に銀色の瞳が特徴的な、長身の生徒だ。おそらく百八十センチ近い身長だが、腰に佩びているのは短剣が二本。不釣り合いかもしれないが、それが彼の武器であるらしい。

「あら、だって二人ともまだ先週の課題、提出してないわよね?私がもらってないの、二人だけなんだけどな~。提出したら、ちゃーんと人間扱いしてあげるわよ」

 隣に座っている黒髪の少年もまた、苦い表情をした。この学園において、課題の提出は各自でなく、学級委員を通して行われる。授業毎の物は当然として、毎月行われる定期試験もまた、同様の形式なのだ。

「その様子だと、まだ出来てないな。俺はゲイル・フィーリア、席はすぐ目の前。って、ナギとクロハ、シャルの三人は?ジュンも見当たらないけど、あいつは後回しでもいいだろ」

「呼びました?すいません、今日中に試験を終わらせる為に、シャルと荷物の準備をしていたので。」

 ゲイルの更に前、レイルから見れば三つ前の席から声がした。銀の瞳に、緑の髪がよく目立つ生徒だ。リュージュやユウと同じ年齢のはずだが、彼女からはずっと大人びた雰囲気を感じる。そして、それ以上に特徴的なのは、細く長い、先の尖った耳。誰が見てもエルフと分かる、そんな顔立ちだった。

「初めまして、ナギ・ファンシュバイクです。これからよろしくお願いします」

 微笑みを浮かべながら、髪をかきあげる。その仕草に、レイルの心は何かに掴まれたかのように、大きく鼓動した。

「レイル・トルマン、これからよろしく」

 言いながら、ナギに握手を求める。彼女もそれに応じ、返していた。そしてナギに隠れるように立っている、一人の少女を見つけた。

「シャルとクロハは先に試験場へ行ってしまったので、後で紹介しますね。レミー、挨拶はしたの?」

 レミーと呼ばれた少女は、怯えるようにゆっくりと前に出て、軽く礼をした。その仕草はまるで、幼い子供のようだった。

「レミー・クロークです。あの、これからよろしくお願いします……」

 それだけ言うと、レミーはまたナギの後ろへと隠れてしまう。見事に隠れてしまう程に小さいその背丈は、おそらく百四十センチも無いだろう。思わず、その場にいた全員が笑っていた。

「ごめんね、レミーって恥ずかしがり屋で。慣れればそうでもないんだけど、初対面の人だと、凄く緊張するみたいなの。レミー、この人は怖くないよ?私の友達なんだから」

 ユウがそう言うと、レミーは少しだけ顔を覗かせた。小動物のような仕草に、周囲の全員が思わず吹き出していた。

「今紹介したのが、私達のチームかな。このクラスって結構仲間意識が強くて、幾つかのグループに分かれてるんだ。もちろん一人でやってる人もいるけど、定期試験は協力した方が早く終わるし、連携の練習も出来るから。さっき喧嘩してたレイミアも、取り巻きとでグループを作ってる位だしね。誰彼構わず喧嘩するのは、いい加減にやめさせたいんだけど……」

 リュージュはため息を吐きつつ、そうぼやいた。学園の指導方針として、種族間の争いとなる行動は、一切が禁止されている。先程のレイミアはあからさまに魔族を卑下していたが為に、学園長室へと呼び出される結果となったのだ。

「ムーランド・バレンシュタインって、魔族と人間の共存を訴えて帝国を追放されたんだっけ?それで地位は剥奪、家族がバラバラになれば、嫌いもするって事か。にしても、あれは異常だよな。逆恨みもいい所だ」

 ゲイルが吐き捨てるように言うと、全員が頷いていた。それを聞いたレイルも同情しかけたが、すぐにその心を振り払った。彼の両親は、その人間達によって殺されたのだから……。

「では、私達はそろそろ行きますね。あの二人を待たせると、後が怖いので。また後程、お会いしましょう」

 そう言い残し、ナギは教室を出て行った。周りを見れば、他にも数人の生徒が教室から去っている。その全員が課題、または訓練の為にそれぞれ散って行ったのだろう。

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