第二章
商業都市の街路は、独特の雰囲気に包まれている。多種多様な露店が並び、活気に溢れる。何処にでも店を出せるわけではないが、都市の至る所で買い物を楽しむ事が出来る。中には、露店目当てで訪れる観光者もいる程である。
「しっかし、首都の割には店が少ないな。やっぱモンスターの大量発生が原因かね?」
店を物色するシャルロッテが、一人呟いた。本来であれば、所狭しに並ぶ露店が、そこかしこに空白を作る。行商人でもある彼らは、街道が危険と見れば途端にその足を止める。
「ええ、ここに来る途中でも、何度か遭遇しましたから。基本的に戦う術を持たない彼らでは、この地へ来るのも一苦労でしょう」
大陸各地で頻発する、モンスターによる被害。中には一つの村や町が壊滅したという事例もあり、その周辺地域は恐怖におびえる日々が続く。当然皇国軍や地元名士らが討伐隊を組んでいるが、それでも追い付かない程の頻度。レイルやシャルロッテもまた、時折参加を余儀なくされる程に……。
「必要なのは、これで全部揃ったか。ナギ、薬草の方は?」
「うーん、それがあまり……。種類は豊富でも、質が不揃いで、とても製薬には向かない物が多いですね。効能に不安があるので、あまり無茶はしたくない所です」
大陸情勢のせいか、首都でさえ高品質の薬草を求める事は、無理と言える状況であった。品質の良い物は最優先で被害地域へ送られ、その余剰分のみが露店や各地の商店へ送られる。戦時下と同様の環境に、ナギは辟易していた。
「使えそうなのだけ買っておいて、後は道中で探すしかないか。一旦宿に戻って、荷物を置いてこようぜ。流石にあたいでも、これ以上はキツイ……」
おどけるシャルロッテに、ナギは久方ぶりの笑顔を見せた。学園都市崩壊後、滅多に笑顔を見せなかった彼女が、落ち着いた笑顔を見せる。それはかつて、レイルを動揺させた程の美しい笑顔。
「話は分かりました。ルーク将軍の血縁と言うのであれば、保護しないわけにもいかないでしょう。その友人らもまた、本人の求めがあれば応じます。しかし、俄かには信じがたい話です。魔剣があるとはいえ、そこまで極端な行動に出るでしょうか?」
「陛下、恐れながら申し上げます。確かに数本程度の魔剣であれば、我らが兵は敵いません。しかし、それが数十と束ねられれば、その威力は絶大。そしてその含有魔力を束ねれば、ヒト族の者であっても、禁呪の行使は容易となります。その者が言う事も、現実となりましょう」
レイルから見て斜め左、前方の男がそう告げた。大陸にも数少なくなったバンパイア族、その出身者。吸血鬼といえ、ヒトの血を吸うわけではない。エルフにも劣らない、しかし種族が違う純魔法種族をそう呼び習わす事となっているだけの、古い慣習。
「そう、ですか……。また、あの戦乱が始まると、そう言うのですね?」
「可能性としては、それが一番です。どんな手を使ったか分からないですが、連中の実力は相当でしたから。各地のモンスターと盗賊程度なら、俺達で抑えます。被害が多い、主な地区は?」
広げられていた地図には、既にマーカーが置かれていた。討伐隊が向かった地域は青、未だ人員確保が出来ず、放置となっている地域は赤のマーカー。それを見た限り、半分にも満たない範囲が、解決の兆しを見せていなかった……。
「件数が多いのは、大陸南西部?確かここって―――」
「ええ、旧魔煉軍の領地です。我々の腹心、そして支援者が数多く集まる地。それはほぼ全ての住民が知る事なので、自然と後回しに。山間部が多く、大軍の移動に不向きという制約もありますが」
答えたのは、アッシュと呼ばれた男。鎧を全身に纏い、その素顔は見えない。かつては戦場の死神と呼ばれた男だが、今では単なる副官に甘んじている。そしてそれこそ、リーエが最大の信頼を置くという証なのだった。
「なら、俺達がここに行きます。装備とかは自分で準備しますが、伝令用に早馬だけ貸してほしいですね。って、出城があるんですか?」
「ええ、規模こそ小さいですが、一応は。ところで、そちらの人員は?協力者として報告をしておくので、せめて名前だけでもお教え願いたい」
「シャルロッテ・ウィンダム、それとナギ・ファンシュバイク。どっちも俺が一番に信頼出来る二人です。シャルに関しては、そちらがよくご存じでは?」
シャルロッテの父、ライアス・ウィンダムは、前大戦から皇国軍に参加した、元傭兵でもある。当時は別勢力に参入していたが、魔族至上主義と成り果てた思想に嫌気がさし、皇国軍へ部隊を引き連れて投降。それ以降は遊撃隊として、大陸各地を転戦していた。
「さっきは聞けなかったんですが、父さんは何故、軍を追放されたんでしょう?逃げるように故郷を捨てた、って話は聞いていたんですが、それ以外はどうにも教えてくれなくて」
その問いに、アッシュは深く息を吐いた。話しにくい事、そして今思えば軍にとっては唯一の汚点。
「我々が愚かすぎた、今考えれば、それが最たる理由でしょう。当時、我らが主の血縁である事は、一部を除き全員が知る事実でした。その彼が、組織のトップに重宝される。私もでしたが、それを恨み、嫉妬する者は多くいた。我々が、彼の居場所を奪ってしまったのですよ」
組織のトップ、その側近が血縁者となれば、後釜を狙う者としては不愉快となる。ましてやアッシュは、魔煉軍発足の頃より仕える、将軍の中では一番の古株。序列としては、ノイエの方が下となるのだから、恨みを持つ理由としては十分であっただろう。
「いいえ、そういった事情なら。大変ですよね、権力者っていうのも?」
二人は苦笑し、レイルは一足先にと城を後にする。見送るのはアッシュただ一人、他の将校は全員、これからの対策を行う為、軍議を続けていた……。ゆっくりと、しかし確実に戦争の幕が上がる。その行く末は、如何に。




