第十八章
「外の様子が分からない、って状況はちょっと不安だな。ゲイル、怪我の状態はどうだ?」
ショウ、テリー、ゲイルそしてナギ。四人はレミーの張った結界に避難し、教室に隠れていた。外には人払いと呼ばれる陣が張られ、近寄る全ての意識をその場所から遠ざける。その二重の防御により、彼らは安全な場所へ逃げ込む事に成功したのだった。
「ナギの薬があったおかげで、かなりマシになった。せめて、武器があればな……」
破損したゲイルの斧は、床に打ち捨てられていた。刃は零れ落ち、柄は半分から折れている。これまでに繰り広げた戦闘の形跡を、如実に物語るその姿。
「ナギの消耗も激しい。レミーの結界だって、いつまでも保てるわけじゃないだろ?ゲイル、俺とテリーで道を開く。ナギと二人、そこを突破してくれ」
「多分、突き抜けるだけなら出来るだろ。ナギ、行けるか?」
「ええ、それ位なら。ただ、私のブレイカーも耐久限界です。それに材料は使い切ったので、薬はこれで最後になりますが……」
言って、ナギは数本のポーション瓶を取り出す。手持ちの材料を全て使い、どうにか作り出した回復薬。ユウがいない今、彼らの生命線はそれが握っていた。
「それだけあれば、十分だな。テリー、毎回前衛で悪い。任せるぞ?」
「中等部の頃からだしな、慣れてる。目指す場所は一階、地下通路の階段でいいんだよな?」
「ああ、あそこに隠し通路がある。それに、大型のモンスターは通れないから、逃げるには都合良いだろ」
全員頷き、脱出の準備をしていく。邪魔になる荷物は放棄し、必要最低限だけを携えて。目指すべき場所は、既に見えた。その地へ至る為の戦いが、ここに幕を開ける。
「やれやれ、好き放題に暴れてくれますね。いい加減に諦めていただけないと、こちらとしても不本意な方法で止めるしかない」
ジェノスを捕らえた直後、グリンはレイルの背後へと回っていた。モンスターは彼を避け、レイルとリュージュへのみ向かっていく。絶対不可侵の境があるかのように、綺麗に円を描き……。
「ギアスを使うのは簡単ですが、あなたはその程度では倒れない。少々高価な物ですが、こちらを使わせていただきましょう」
取り出したのは、一枚の札。魔力を封じ、その行動一切を封じる、魔法符としては最高級の一品。縛る対象に例外は無く、魔力の塊と言われる精霊でさえ、完全に支配下に置けると言われる、伝説級の一品。それを製作出来る人物は、この大陸には既に存在しないとさえ言われているのだが……。
報告
本日未明、クーロン魔法学園内にて、大規模な戦闘を確認。首謀者、被害者共に不明。同時期に失踪したと見られるミラン・ローゼンハイム学園長、並びにライラ・ルーカス理事長を重要参考人とし、捜索活動を行う。
また、学園地下に封印されていた魔剣・魔槍の類が全て紛失している事から、何者かが持ち去ったと見て、現地周辺部隊による捜索を、同時に行う予定である。学園の建造物自体、外的損傷はほぼ見当たらないものの、内部においては魔法攻撃の形跡、また多種に渡るケモノの爪痕がある事から、何らかの召喚行使が行われたと見ている。
民間人、及び周辺都市への被害はなく、その規模の戦闘があったにも関わらず、住民はその一切を知らない模様。記憶操作、また情報統制の気配は無く、手法に関しては調査中。
以上、現時点で判明している、学園都市襲撃事件の概要である。
「良かったんですか、グリンを捨て駒にしてしまって?あの道具製作能力は、なかなか貴重な物ですが」
「問題無い。奴の能力は稀有だが、遊びがすぎる。ある程度は自由にさせてみたが、過程でジェノスを排除した時点で、十分すぎる成果だ。これだけの剣が揃ったのだ、損害が奴一人で済んだ点で、戦果としては上等よ」
リエン・ネッテスハイム、そしてライラ・ルーカス。二人は学園を離れ、遠く荒野にいた。グリンが作った転移魔法符。それを利用し、誰にも気づかれる事無く逃亡していたのだった。
「暫く、我らは身を隠す。準備段階の前とはいえ、それなりに戦力を消耗した。資金、兵共に足りていないのでな。リエン、貴様はどうする?」
「当然、あなたに付いていきます。これだけ大きな実験を出来る環境、今の大陸には存在しませんからね?」
ライラは軽く笑い、歩を進めていく。背後には、数百人の兵隊。全員が学園都市の部隊であり、普段は治安維持にあたっていた人員ばかりだった。これだけの人材を、誰に気付かれる事無く用意していた手腕は、脅威に他ならない。
「まさか、学園がこんな事になるなんてな。レイル、あんたはどうするんだ?」
「多分、これは俺のせいでもある。教官達は見つからないし、逃げるが勝ちだな。シャル、お前も多分何処かに隠れた方がいい。ああまで露骨に反魔族を謳ってるんだ、ここにいたら―――」
「ああ、分かってる。でもな、そんな顔で逃げるなんて言っても、誰も信じないぜ?どうせ、一人で片づけようとしてるんだろ」
そう、レイルの顔は苦々しいまでの苦痛と、怒りに満ちていた。血管は怒張し、全身からも禍々しいまでの魔力を滲ませていた……。
「俺がもっと注意して魔剣を持ち帰れば、奴らもここまで大胆に動かなかったはずだ。ジェノス・ダークレイ、この名を過剰に信頼しすぎた、っていうのもある。巻き込む訳にはいかないからな、シャルは両親の所に避難しておけ」
「は、それこそ親父にぶん殴られる。あたいの親はさ、かなり厳しいんだ。あんたらを見捨てて逃げ出したなんてバレたら、殺されても文句は言えないさ」
二人は、崩壊した学園校舎前で、立ち話をしていた。リュージュをはじめとして、クロハやユウ、ゲイルらが無事である事は既に確認している。そんな中一人、ある決意を胸に秘める。
「とにかく、逃げ出した連中の顔と名前は、俺も確認した。皇国と他の独立国、全部に警告を出して、後はゲリラ戦だな。駄目だ、って言っても付いてくる気か?」
「当然。あと必要なのは、支援役だよな。ユウでも連れて行くのか?」
「いいや、あいつは軍に保護してもらう。恩人の大事な一人娘だ、わざわざ危険な場所に担ぎ出す必要も無い。それに、俺はもうあの笑顔を奪うなんて、出来やしないからな……」
ユウとレイル、その間にあった事故を、シャルロッテは聞いていた。彼がいない間のユウの様子を知る身としては、傍にいない事の方が辛い、と言いたい所だったが。その悲痛なまでの決意を前に、彼女は何も言う事が出来ない。
「最有力なのはナギ、かな。教官が見つかればその方がいいけど、これじゃ探す方が手間だ。他も全員、軍に保護させる。渋るようなら父さんの名前でも使うかな?」
皇国軍の前身、魔煉軍において名将として名を馳せたノイエ・トルマン。その名は今もって健在であり、現在の皇国にあっても、将軍の中に彼を知らない者はいない。だからこそ、交渉材料として最適なのだった。
「まあ、それが一番現実的か。それじゃ、あたいはナギを連れてくる。持っていく荷物は、それだけでいいんだな?」
レイルの足元には、編入当日に持っていた背嚢ただ一つ。彼らが何故このような準備をしているのか、その理由は数時間前の出来事に。
「誰だか知らないけど、そんな所でコソコソ動くなよ?程度が知れるぞ」
魔法符を取り出すグリンに、レイルの手が伸びる。振るわれた剣が空気を切り裂き、衝撃波を生む。見れば、床には夥しいまでのモンスターの残骸。行動不能にまで落とされたケモノの、断末魔が響いていた。その状況を作ったのは、目の前の少年と、床に膝をつく少女のただ二人。
「あんたは確か、グリン・マッコネンだったか?そんな物騒な物を取り出してるって事は、俺達の味方、ってわけじゃ―――」
リストを塗りつぶすように話すレイルを、グリンが横薙ぎに殴りつける。取り出したのは、一本の杖。魔法使いの誰もが持つ、精神集中の助けとする杖だった。それ自体は、単なる棒切れ程度の攻撃力しか持たないのだが……。
「私は無詠唱魔法なんて使えませんから、格闘戦は出来ないんですよ。卑怯ですよね、絶対的な血筋というのは。大した努力もせず、才能がその成長を後押しする!ご存じですか?あなたが軽々と終えてきた試験。後ろにいる少女らは幾度となく挑戦し、失敗を重ねて高評価を得ていたという事を?その才能が、その能力が!彼女らを、徹底的なまでに追い込んでいたという事実を!」
レイルも気付いていた、その負い目。彼が好成績を叩き出すと、リュージュらは決まって笑顔で祝福を送る。が、その笑顔には何とも言えない、悲しみと嫉妬が混ざっていた事に。彼らと共に試験場へ行く際は、単独行動を心掛けていたのは、そういった理由もあった。
「私は、許せないんですよ。そんな魔族がこの大陸の覇者だ、という今の状況が。そして、それに同調する彼らも。手始めに、あなたの大切な方に消えていただきましょうか?」
グリンの背後から現れた、ユウの姿。ゲイルらが必死に逃がした彼女が、力なく天井に吊るされていた。
「ご安心を、まだ彼女には眠ってもらっただけです。まあ、魔力は殆どを吸収しましたが。大人しく投降して、抵抗せずここから去るというなら、これ以上手荒な真似はしません」
「下衆が。そいつに手を出してみろ、どんな手を使ってでも、死ぬ方がマシ、って目に合わせてやる」
レイルの殺気が、周囲一面へと撒き散らされる。埃が舞い上がり、ガラスは震える。物理的に影響を及ぼすまでのソレは、彼の隣にある物を形作っていた。
「ほう、流石かの魔王の血族は、そこらのとは一味違いますね。その力、もう少々分析したい所ですが―――」
言う間にも、レイルはグリンの目前に迫っていく。風と見紛うまでの疾走、それは見えない何かに阻まれる。
「やれやれ、ですね。聞かないと言うのであれば、仕方ありません」
不可視の縄が、ユウの体を縛っていく。気を失っているにも関わらず、その表情は苦痛に満ちていった。そして、徐々にそれは頭の方へ向かい、首へと……。
「―――」
阻まれていたレイルが、一足で肉迫する。手も触れる事なく、グリンの体は通路へと叩きつけられていた。圧倒的なまでの魔力、そしてそれを支える為の肉体強化。封印されていた魔剣が、その猛威を振るう。怒りにより外へ出た潜在魔力が、封印を強引に食い破った為だ。
「言ったはずだ、そいつに手を出せば、物理的に叩き潰すって。ユウの拘束を解いて、ここから消え去れ。首から下と、永遠にお別れしたいか?」
発動しているはずの、グリンのギアス。それを上書きする程に強力な魔力で、空間が塗り潰されたが故の、無効化。それ以外にも手札は準備した彼だが、レイルの前ではそれらが全て、完全な無力だと悟る。
「ふふふ、私がそれに従うとでも?それに、こうしている内に彼女の首は―――」
ユウの体が、廊下へ崩れ落ちる。首には青い痣が残っているが、拘束が解かれたわけではない。単に天井から下げていたロープが切れたのみ。それをレイルは、グリンによる物と勘違いした。そしてそれが、学園都市崩壊の序曲となる……。
「来たれ、古の王者。我が身、我が魂を喰らいて、その力をここに示せ。其は闇、汝は光を喰らいし者。契約に従い、その身を我に委ねよ。全て飲み干し、全て滅ぼせ」
学園に来てからというもの、レイルは常に魔法の研究を行っていた。試験は絶好の実験場であり、結果を見るには都合の良い場所。生命の危険は無いにせよ、実戦により近い場所なのだから。
ミネルバが初めて目にした、レイルの魔法。それが古竜種であるダークドラゴンの召喚と、禁呪と呼ばれる《ダークネス・ヘヴン》。共に破壊力は折り紙つきの魔法だが、彼はそれを更に融合させる事に成功した。最も、何度となく失敗し、これ以外に成功した例は存在しないのだが……。
学園の中庭。突如として現れたドラゴンに、ミーアは驚きを隠せなかった。魔力は使い果たし、体力も残り僅か。そこに大陸の王者とも呼ばれる竜王種が現れれば、誰もが同じ表情をするであろう。
「大丈夫、あれはレイル君の魔法でしょう。でも、おかしいですね。ダークドラゴンの召喚であれば、ああまで巨大化するはずは―――」
そう、その大きさは校舎を圧倒的に超え、ともすれば丸呑み出来る程に巨大化していた。それこそが、本来の大きさ。魔法を融合されたソレは、元来の力を取り戻している。
強大な力を持つ竜王が、空を舞う。古来の能力を取り戻し、召喚者が敵と見做した全てを飲み込み、破壊していく。ある時は単純な力で、ある時はそのブレスの一撃で。栄華を誇った学園は、一匹のドラゴンにより、その歴史に幕を閉じる……。
はい、これにて第一部完となります。
以降、学園都市は一切合切無関係になり、学園物というタグが無意味と……。
意外と文字数行かないなー、と思う今日この頃。