第十七章
「クロハを抱えて下がっておけ。俺が見てない所で、よくもこいつらを傷つけてくれたな?」
レイルの疲労は、リュージュらとは比べるまでもなく、溜まる一方である。半日大陸を走り、戻ってからは戦闘の連続。それでも魔力は尽きる事なく、むしろ充溢する気配さえ見せている。それはひとえに、彼の持つ剣の恩恵だけではない。
「ここのすぐ下あたりで、ゲイルとテリーが待ってる。レミーが結界を張ってるから、そこで暫く休んでおけ。その為の道は、俺が切り開く」
襲い来る大量のモンスター達。彼は発生源を把握しておらず、ただひたすらに、それらを駆除してきた。その途中でゲイルらと再会し、取り敢えずは隠れておくように指示したのだが。
「ううん、私にも戦わせて。ずっと守ってもらった。ずっと、後ろから見てるだけだった。たまには、隣で一緒に」
リュージュの、悲しいまでに一途な想い。気がつけば、一つの淡い感情を抱いていた。それが何なのか彼女はまだ知らないが、おそらくはユウと同様の物。今なら少しでも、隣に立つ事が出来る。その為の訓練は欠かさなかった。
「なら、見せてもらうよ。テリーとゲイルも、かなり面白い事になってたからな。クロハは立てそうにないから、俺達で守るぞ。後ろは任せる」
「うん、分かった。ごめんね、クロハ。もう少しだけ、我慢して?」
抱えていたクロハを静かに寝かせ、少女は前を見る。振り返れば、夢にまで見た英雄の一人が。その彼と並んで立つ事を、彼女は心から望んでいたのだから。
一人、未だ舞台に立たない少女がいる。ある事情により学園を離れ、蚊帳の外にいた彼女。目指す方角からは煙が見え、乗っていた馬を全力で飛ばしていた。
「あたいの知らない所で、こんな事になってたなんてな。親父、早速だけど使わせてもらうよ」
守ろうと思う気持ち、それを成すだけの力。全てがこの地に集い、新たな時代の幕開けとなる。
「何だって、これは!街のそこら中にモンスターの群れがあるじゃないか!」
少女が携えるのは、一振りの剣。それを回収する為に、シャルロッテは学園を離れ、ファンブルグ近くの城へ向かっていた。父親が持つ剣、銘は『鋼断ち』。戦場において、相手の装備を断ち切る、という逸話から付けられた、非公式の呼び名。遭遇する全ての武器を破壊した、歴戦の勇士。魔剣のような特殊な力こそ持たないものの、その破壊力から畏怖と敬意を集める、魔力を持たない魔剣。
「古竜種の皮膚でさえ、こいつなら貫ける。お前が守りたい人、傷つけたくない物を見つけたら、これを譲り渡そう」
かつて、彼女が父親から言われていた事。ある少年と出会うまで持つ事のなかった、一つの想い。その居場所を守る為、少女は新たなる力を手に執る。目指す舞台は、すぐ目の前に。遅すぎた英雄が、その牙を剥く。
思い描くは憧憬の空。幼い頃に夢見た、一人の英雄。彼を突き動かすのは、記憶の底に眠るその姿。それが誰なのか、今もって不明なまま。それでも少年は、その背中を目指し、前を向いてきた。
「リュージュ、一旦下がれ!取り敢えず、全部吹き飛ばす!」
二人の間に張られた、たった一枚の結界。無限に沸き続けるモンスターを相手に、彼らの命綱は今、それに委ねられていた。縋るにはあまりに細い糸。しかしそれは、絶対の強度を持って彼らを導く―――。
「『吹き荒れろ、雷鳴。駆け抜けるは嵐。深き森の主よ、呼び声に応え、力を示せ。加護を捨てた者にその光の慈悲を。清廉たるは星々の輝き、渇きを癒し、敵を討て。風を纏い、雷鳴を携え舞い上がれ』」
レイルが使用出来る数少ない風属性魔法、《エウ・コプシル》。ベースとなったのはエルフ特有の魔法であり、完全なオリジナルというわけではない。あらゆる物を薙ぎ倒す風、万物を焼き払う雷。それらが融合し、その属性の中では桁外れの破壊力を持つ。
レイルは全ての属性魔法を使えると言われるが、実際はそうではない。水に関しては基本の捕縛、風に至っては《エウ・コプシル》以外、その大半を習得出来ていないのだから。詠唱は出来るが、発動はしない。それは単に、彼の生まれに原因があるのだが……。
僅かではるが、反撃の灯がともる。しかし、舞台の結末はすぐそこに。
久しぶりの一挙更新中です。
自分で書いていて気づきました。都合よく(?)、次更新でひと段落つきます!
私的な印象のみで章分けをしてきましたが、いかがでしょうか?
自分の意図が少しでも伝わっていれば、それは幸いです。