第十六章
「この敵、凄く硬いにゃ!叔父さん、援護よろしくにゃ!」
ミーアとユーリは二人、大学の校舎内で奮闘していた。モンスターを召喚する魔法陣が、ここにあると読んだ為だ。そしてそれを裏付けるように、先程よりも大量の群れが、二人を取り囲んでいた……。
「ええ、前衛はお任せします。『地を造りし精霊よ、呼び声に応え力を示せ。眠りから覚め、一時の光を』」
精霊魔法。大気中にいる、普段は不可視の精霊らと契約を結んだ者にのみ許される、最上級魔法の一つ。本来なら、十を超える音節だが、ユーリはそれを極端に短縮して行使している。実力の故か、はたまた他の要因かは、誰も知らない。
「来たれ、異界の黒炎。冥府の番人、その下賤なる僕よ。永き眠りから覚め、その姿を示せ。炎を纏い駆け抜けろ。荒野をさ迷い、焼き尽くせ。《カース・フレイム》」
魔法を装填せず、そのまま放つミーア。実はこの時点でかなりの消耗を強いられ、その戦法を使用する事は危険な状態となっていた。黒い炎が、二人の前で踊り狂うように燃え盛る。神が生んだとされる、原初の炎。それをまともに浴び、形を留められる存在は、はたして存在するのか……。
「ミネルバの奴、自分で魔剣の保管場所を教えた、だと?ミレの子孫がいるなんて考えもしなかったとか、何処まで考えなしなんだ!」
複数の教官とモンスターに囲まれつつ、ジェノスは愚痴をこぼしていた。魔剣を届けにきた際、細かい事情を問い質したのだが……。
「奴が持つバスターは諦めるとして、せめて『アヴェンジャー』の所在だけは確かめたいが……。奴が万一回収していたら、学園どころか大陸ごと消し飛ぶぞ」
『担い手』として認められていなくとも、かの剣は全てを薙ぎ払うだけの力を持つ。力任せの魔力解放でさえ、陸地の一部を消し飛ばしたというから、その威力は絶大であろう。その場所は今現在、断崖絶壁と化していた。
「グリンの方も現在地不明、しかも目的すら不明でこの状況か……。せめてユーリがいれば―――」
「ほう、あの一撃を避けるとは。流石、勘の良さは天下一品ですね」
壁越しの攻撃、それを直前で回避したジェノスの前に、グリン・マッコネンが現れていた。ジェノスには及ばないながら、彼もまた旧帝国においては将軍の座に就いた実力者。
「相変わらずだな、グリン。こそこそ裏ではい回るだけのネズミが、表に出るとは、どういう風の吹き回しだ?」
「そろそろ、あなたと彼にはご退場願おう、そういう次第でして。色々と困るのですよ、私達が用意した舞台を、大きく捻じ曲げられてしまうと」
「ふん、貴様とリエンのコンビだろう?大方、魔族を排除して、ヒトだけの学園作り程度か。安心しろ、その目的は決して叶う事はない」
「あなたらしくない、壮大な勘違いですね。それも一興ですが、目的は別にあります。『跪け』」
その時、ジェノスの体が地面へと押し付けられていく。強制の魔法、ギアスと呼ばれる束縛魔法。対象と術者の間に絶対的な命令権を与え行使する、ある種究極の魔法。ただこれは本来、紙、若しくは口頭による契約行為が必要となるのだが……。
「私のギアスは特殊でして。認識圏内にいる者が敵意を向けた場合、ほぼ強制的に発動します。効果範囲外に逃げられれば、自動的に解除されますが。もっとも、効果は上級証文と同等ですから、死ねと命じれば自動的にあなたは、自ら首を落とすでしょうけどね?」
「貴様、これをどうやって……?学園を独立国家にでもするつもり、か」
この魔法は旧帝国の初代帝王、ジャン・ネールブルグにより作られた物。彼の場合、必要な場に陣を刻む事で契約と成し、それに囲まれた空間を『領域』としていたのだった。
「ええ、その通りです。この地を依り代とし、ある魔法の礎とする。魔力の不足は彼が持ち込んだ物で用意出来ますし、ここの地下には大量のソレが眠っています。あれらを利用すれば、必要量は十分以上に確保出来ますからね」
グリンが使おうとしている魔法、それは大陸の全魔導師を動員しても使用出来ないと言われる、とある禁呪。それがどういった効果をもたらすのか、誰も知らない……。