第十四章
「何だ、これ……。」
街に着いたレイルは、そこに広がる景色に、言葉を失っていた。街中に溢れるモンスターの群れ、しかしそれに気付かず素通りする、大勢の住民達。
「こちら側と一般人は、存在の座標軸をずらされているようで。声をかけても反応せず、触れもしません。まあ、被害が出ないという状況は好ましいですが、こうも桁外れな結界を使われるとは、考えもしませんでした」
「いや、俺にとっては好都合です。ミーア、前に出ろ。ユーリ教官は、学園に向かってください。こっちは、俺とあいつで一掃します」
遅れてやってきたミーアに、レイルは前衛を完全に一任する。実力を認めたが故の判断。詠唱に時間がかかり、かつ並行詠唱の出来ない召喚が出来るという事が、レイルの自信を裏打ちしていた。
「叔父さん、レイルっちの言う通りにゃ。ここはミーが引き受けるから、任せてほしいにゃ!」
規格外と反則技、二人による蹂躙がここに幕をあける。しかし、状況の打破にはまだ足りない。決定的な駒が、盤上には不足していた―――。
「来たれ、古代の帝王。我が血肉、我が魂を糧とし、闇に君臨せよ。喰らえ、その牙をもって」
幾度となく使ってきた、上級召喚。そのせいか、幾つかの音節を省略しても、行使は容易になっていた。今回選んだのは、風の竜王種。ブレス自体の攻撃力は低いと言われるが、その速度は天下一品。今は絶滅してしまった種ではあるが、かつてはワイバーンと空の覇権を争っていたという。
「後ろはあれに任せて、ミーア、俺に合わせろ!『契約に従い、我に従え。天空の王。昏き眠りから覚め、その身を我に。迸れ、紅蓮の疾風』」
「『契約に従い、我に従え、灼熱の王。大地を這い、蹂躙せよ。滾れ、漆黒の灼炎!』」
『全て飲み干し、焼き尽くせ。汝、四天を統べる者よ。焼き尽くせ、薙ぎ払え!《アビス・インフェルノ》!』
古代魔法での合成魔法。正直に言えば、ここまで上手くいくとは思ってもいなかった。ミーアが習得している事は知っていたから、成功すればラッキー程度に考えていた。
レイルとミーアによる反撃が始まった頃、ゲイルらは学園内を疾走していた。かろうじてリュージュは説き伏せたが、決定的な好機が見当たらない。せめて、と救出したシャルロッテは、早々に何処かへ姿を消していた……。
「って、こっちもかよ!テリーは大丈夫、だろうな。ユウの支援下であいつに追い付けるの、ワイバーンかレイル位だし」
回り込んだ先に、モンスターの群れ。体力の殆どを使い果たし、武器は度重なる戦闘により、刃こぼれしつつあった。その状況で単身挑むのは、愚の骨頂。方向転換した彼の背後、そこへ―――。
「ごめんなさい、皆。随分待たせちゃったみたいね」
抑えていた魔力を全て解放した、ミネルバの姿。初めて見るそれに、リュージュ達は驚きを隠せなかった。伝え聞くだけの天使、それとヒトが入り混じった姿に、誰もが言葉を失っていた。
「おい、長くは保てないぞ。それに、お前のそれもあと五分もつかどうか、だろう?説明は後にして、さっさと抜け出す準備をしておけ」
後ろから入ってきたのは、ジェノス・ダークレイ。英雄級の人物を前に、リュージュとショウは口を開けて固まっていた。残した逸話は数知れず、戦場では『黒い疾風』とも呼ばれた、生きる伝説。
「あ、彼は私の旧友だから、安心して?色々説明したい所だけれど、今はここを突破しましょう。ジェノス、危ないから下がっててね?あ、ついでに暫く歩くのがやっとになるから、前衛もよろしく~」
直後、ミネルバの背中から、巨大な渦が発生する。単なる羽ばたきが、一種の攻撃。左右の翼を時間差で動かす事により、竜巻を起こしているのだった。一陣の風が、押し寄せる群れを薙ぎ払う。
「ゲイル君とテリー君なら、大丈夫。皆が待っていたあの子が、間に合ったみたい。彼ならきっと、二人を見つけてくれるわ」
言いつつ、ミネルバは両膝を地面につけていた。彼女にとって、魔力の解放は心身共に、少なくないリスクを背負う。強力すぎる力に、体が耐え切れない為だ。それ故に普段は、自らにかけた封印でそれを抑えていた。