第十二章
珍妙な同行者が出来てしまったが、どうにか剣の回収には成功した。俺が学園都市に戻ると言うと、付いてくると言い張ったが……。
「ミー、一度でいいから行ってみたかったにゃ。自慢じゃないけど、かなりの方向音痴にゃ。荷物持ちでもなんでもするから、連れてってー!」
連れていけ、と連呼するミーアに根負けし、背嚢だけ預けてみる事にした。すると、数日分の食糧と野営道具一式を入れている荷物を、まるで重さを感じないかのように持ち上げてしまった。ドラゴンを吹き飛ばしたのは素手だって、本当だったのかよ……。
「あんなの、簡単にゃ。詠唱した魔法を一旦固定させて、自分の腕に撃ち込むだけにゃ。ミーのお父さんは、いつも使ってるにゃ」
「攻撃魔法を、自分に撃ち込むって……。自爆じゃないのか、それ?」
元来、魔法とは相手に向けて放つ物だ。それを自分に使うなんて、正気の沙汰じゃない。なのに、ミーアは信じられないという表情で、俺を見つめていた。
「にゃ?それなら、実際に見せてあげるにゃ。うー、にゃ!」
叫び、ミーアは荷物を一度俺に投げ渡してきた。同時に、魔法の詠唱準備に入っていく。
「来たれ、異界の黒炎。冥府の番人、その下賤なる僕よ。永き眠りから覚め、その姿を示せ。炎を纏い駆け抜けろ。荒野をさ迷い、焼き尽くせ。《カース・フレイム》」
詠唱の長さから見ると、古代魔法。しかも、俺が知らない種類の。呼び出された炎はミーアの腕に絡みつき、傍から見れば失敗と思える状況だった。
「収束・固定完了、吸収」
同時に、ミーアの両腕に真紅の炎が生じ、その肌も色を変えていた。全身から立ち上るのは、夥しいまでの魔力の渦。
「ふう、こんな感じにゃ。ミーはまだこれと風属性しか使えないけど、お父さんは四属性全部、扱ってるにゃ。って、何でそんなに離れるにゃ?」
解除したのか、ミーアは今までの状態に戻っている。俺はと言えば、凄まじいまでの迫力に恐怖を感じ、その場から退いている。一瞬、かなりの殺気を感じたからな……。
「火は破壊力、風はスピード。土は防御力で、水は回復力を増強するにゃ。でも、レイルっちには無理にゃ。お父さんもミーも、これを使う為だけに十年以上は修行したにゃ」
それは俺も感じた。あれだけの魔力を体内に放り込めば、その負担は想像するだけで恐ろしい。見た限り、単なる能力強化に留まらない、他の追加効果もあるように見える。古代魔法であの効果なら、もし完成したあの魔法を、自分で取り込めれば……。
「察しがいいにゃ。今はミーの家に伝わる魔法を使ったけど、大抵の魔法は取り込めるにゃ。中級程度だと意味は無いけど、最上級魔法とかロスト・スペルなんかを吸収したら、殆ど反則技にゃ。例えば、レイルっちが使おうとしてたやつとか」
まさか、あれを知ってる……?いや、あの魔法はもともと、母さんが開発したオリジナル魔法だ。無関係なミーアが知るはず―――。
「知ってるにゃ。最初のダークエルフ、レクトリア・ブライトネスが開発した風属性の最高峰、《エウ・コプシル》。意味までは伝わってないけど、古代エルフ語だったかにゃ?」
―――知ってる。つまり、あの研究書が外に出回っていた、という事。無邪気に見えたミーアの瞳が、今は俺を見透かすように、黒く淀んでいるようにも見える。喉は渇き、両手には汗が滲んでいた……。
「ミーの親戚が、本人から教わったって言ってたにゃ。当時は学園の生徒だったから、卒業してから行方不明だって嘆いてたにゃ。レイルっち、学園には色んな魔法資料があるんでしょ?あれが書いてあるなら、ミーも読んでみたいにゃ!」
どうやら、あの魔法に関する研究書が、学園都市に保管されている、と思い込んでいるようだった。後ろ手で掴んでいた剣の鞘を、気付かれないように手放しておく。速くなっていた鼓動が、徐々に収まるのを感じていた。
「ああ、一杯あるぞ。海の様子次第だけど、半日あれば着くだろ」
朝からほぼ全力で歩いてきたせいか、気付けば道中の半分近くが過ぎていた。向かうのは港町アークラ。ユークランド皇国首都、ルーカスから近い場所にあり、クーロン近隣の港へ直行の船が出ている為だ。