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「あたしがやってみるよ」
ジャレッドの文字通りのムーンサルトを見届けた後、ミナミナが指を舐め舐め言った。
「だいたいリズム感のないジャレッドには無理な話なの」
立ち上がり上着を脱ぎ捨てるミナミナを見て、僕の頭の中にパチっと小さなスパークが散った。Tシャツ姿になってくいくいっと腰を捻るミナミナは、顔こそ丸っこい童顔だがその身体つきはまさにブラジリアンのそれだ。軌道港管制オペレーターの中でもそのボディはトップクラスだ。そこらのグラビアアイドルなんて比較にならない。桜子の横に並べればもうそれこそ月とノコノコだ。
「おい、マサムネ。わかるか?」
そっとマサムネに耳打ちする。
「ああ、ジャレッドもたまには役に立つ」
僕とマサムネは小さく頷き合い、僕はミナミナが動きやすいようにぐったりと転がったジャレッドの身体をどかし、マサムネはコントローラの正しい使い方を解説した。
「ミナミナ、スーパーマリオのBダッシュはアナログじゃなくてデジタルだ。実はオンとオフしかない。さっきのジャレッドの動きを見る限り、両足をその場で交互に足踏み、早い足踏み、両足揃えて垂直にジャンプ、その三つの動作で操作は完了する」
「その場でぴょんぴょんすればいい訳だよね。大丈夫、いけるいける」
ミナミナは足を揃えてその場で軽くジャンプして見せた。ぴょーんとゲーム的な効果音が聞こえてきそうな軽やかで伸びのある跳躍で、結んだ髪が優雅に跳ね上がり、そして、そして、期待通りにミナミナの大きな胸はゆっさゆっさとそれこそゲーム的に揺れてくださった。
「イエスッ! いい感じだ、ミナミナ」
マサムネが小さくガッツポーズを作る。僕もぐっと拳を握りしめようとしたが、ゾッと背筋が冷たくなった。刺すような、いや、えぐるような視線を感じ、見ると、桜子の真顔がそこにあった。まったく表情を作らず、まるでポリゴン初期のゲームキャラのような能面顏だ。
「サクラコ、どうかなさいましたか?」
「いいえ、どうぞ、続けて」
桜子は真顔のままロックグラスを傾ける。いつの間にお酒がワインからウイスキーに変わったのやら。
「マリオは、マリオは、危険だ!」
と、復活したジャレッドが声を震わせながらよろよろと立ち上がった。いやいや、危険なのはスーパーマリオではなくジャレッドの考えなしの行動だ。
「スーパーマリオではジャンプコントロールが極めて難しい。何か、他のゲームで試そう」
だからジャレッドよ、おまえはもっと空気を読むべきなんだ。僕とマサムネがジャンプゲームを身体で操作するに至っての最重要事項を正しい方向へと修正しようとしているのに、今更コンセプトを変えるんじゃない。低重力下でのジャンプより、低重力下での揺れの再現の方が我々若く健康な成年男子にとって重要だろうが。
「マリオのジャンプはボタンの押し具合によって高さが異なるから無様な結果になる。ジャンプの高さやキャラの移動速度が変わらないゲームならいいんじゃない? たとえば、スペランカーとか」
理論派のルピンデルが静かに言った。ゲーム史上最も虚弱体質な主人公の登場に僕とマサムネは思わずルピンデルを睨んでしまった。
「その目は何よ、二人とも」
「もっとこう、あるだろっ! 僕達の熱い何かがこみ上げてくる何かがっ!」
「俺にはあるがルピンデルに足りないものはチャレンジ精神、フロンティア精神、マザー・テレサ的精神だ!」
「ちょっと二人とも意味わかんないんだけど」
ルピンデルが口をとがらせる。彼女も褐色の肌に黒い瞳、長い黒髪に似合うなかなかエキゾチックなスタイルをしているが、ルピンデルのスタイルを地球が誇るヒマラヤ山脈と例えたら、ミナミナのスタイルは火星の最高峰オリンポス火山だ。もう次元が違うんだ。ちなみに桜子のスタイルは月の静かの海かな。
ジャレッドがストレージ型ゲーム機を何やらいじり出した。
「スペランカーならすぐにダウンロードできるよ」
だからおまえは空気を読め、ジャレッド・アクロイド。スペランカー。いわゆる15ドットのタイトロープダンサーじゃシビアな操作が求められて、まったく揺れないじゃないか。却下だ、却下。
「あたしは別にどっちでもいいよ。早くやろうよ」
ミナミナが前屈運動しながら一点の曇りもない無垢な笑顔で言った。その胸の動きを、腰のくびれを、スキニージーンズのせいでくっきりと解る脚のラインを、僕とマサムネは汚れきった濁りのある目で見てしまう。だってしょうがないじゃないか。目の前に格闘ゲームのデッドオアアライブ的な健康美があれば、僕達ゲーマーはそれに逆らう術は持っていないんだ。
「じゃあコータもマサムネも何のゲームだったらいいの?」
ルピンデルが首を傾げながら聞いてきた。手にはカラオケのタブレット端末を持ったまんまだ。いつでも曲を入力できる体制を取っているな。
「う、急に言われると、何だろ」
マサムネが動きを止めた。ちらっと僕に助け舟の出港を要請する。
「マイティボンジャックは、足踏みコントローラではジャンプが複雑過ぎるか。ハイパーオリンピックはどうだ?」
と、僕はとりあえずジャンプや走るという要素の強いゲームを思いつくまま言ってみた。
「いや、逆にシンプル過ぎて足踏みコントローラの面白味を潰してしまう。アイスクライマーなんかは?」
「ジャンプはよく揺れ、いや、跳びそうだけど、走る要素が少なくてもったいない」
そこへ沈黙を守っていた桜子がついに口を開いた。
「……メトロクロスよ」
僕の頭の中で本日二度目のスパークが弾けた。それだ。ランニング、ジャンプ、まさに攻守のバランスが取れた足踏みコントローラに最適なゲームだ。桜子、君はやっぱり最高だ。
「イエスッ!」
マサムネも本日二度目のイエスッだ。
「あー、メトロクロスなら遊んだことあるよ。リズムに乗ると楽しいよねー、あれ」
ミナミナが両手を広げて腰をくねくねさせてスケボーに乗るような仕草をして見せた。
「オッケー。じゃあメトロクロスをダウンロードするよ。ちょっと待ってて」
ジャレッドがハードの小さな液晶画面を見ながら操作を始める。その隙をついて、ルピンデルはメインディスプレイをカラオケに切り替えて速攻で曲番号を入力した。
「じゃあ、ダウンロードが終わるまで一曲お聞きくださーい」
イシカワサユリの『天城越え』が始まる。相変わらずルピンデルのセンスは渋い。いぶし銀だ。
ふと、桜子が僕を真顔で見ているのに気が付いた。桜子も僕の視線に気付き、人差し指をくいくいと折って僕をソファの隣へ誘う。
「どうした? 飲み過ぎた?」
何杯目のウイスキーだろうか。空になったグラスの中を氷の塊がカランと転がる。
桜子はデニムシャツの胸のボタンを一つ外して、隣に座った僕を斜めから見つめた。
「暑いね。酔っちゃった」
黒縁眼鏡の奥に潜むその瞳は据わっていた。
残念ながら、桜子よ、君は決して揺れないだろう。日本の前方後円墳で言えば、ミナミナがあのこんもりと盛り上がった円形部で、ルピンデルが前方の角張った丘で、桜子は周囲に広がる平原だ。
「無理するな」
「メソポタミアもエジプトもインダスも平野だからこそ文明を築けたんだ。マチュピチュのような高山地帯の文明はただ静かに滅び去るのみ」
「知らないよ」
「私にだって、まだ成長の可能性は秘められてるはずだ」
「秘められたまま解き明かされない謎は多いぞ」
「うるさい黙れ」
桜子は僕に胸を押し付けるようにしてヘッドロックをかけ、さらに膝を使って割と本気で締めてきた。
「あぁまぎぃいいごぉおぅえぇぇ」
艶やかな声で歌うルピンデル・川崎。演歌に合わせて踊るミナミナ・デ・シルヴァ・宮地。空気の読めないジャレッド・アクロイド。足踏みコントローラの素材が気になるマサムネ・ガードナー。酔う那須野・ヴィーシュナ・桜子。そして僕、神原航太。以上がG.O.T.のメンバーだ。
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