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第3話 告白はシーフードとともに 1 ダライアス2

 那須野・ヴィーシュナ・桜子。本人曰く、三分の一ロシアの血が混じってるとのことだが、いったいどんな家族構成ならそんな数字を叩き出せるのやら。


 国籍は日本。北海道で生まれ、ロシア人の祖母と一緒にシベリアで狼を撃ちながら暮らしていたこともあると言っている。軌道エレベーターで三歳児でも眠ってる間に宇宙へ行けるこの時代に狼撃ちとか。


 今でこそ月のメイドカフェでメイドロイドのオペレーターをやっているが、軌道港で管制オペレーターとして働いていた頃はそれはもう軌道港のアイドルだった。


 日本人のアルカイックな微笑みとロシア人の強い意志を感じさせる薄い灰色の瞳、そして少し低くてまるでエコーがかかったような深みのある声は、任務開始当初から宇宙船パイロット達を虜にするにはそう時間はかからなかった。


 スタイルは残念ながら日本人らしく全体的に起伏がなだらかでロシア的な爆裂感は見られなかったけど、社交的で人懐っこいキャラクターには、軌道港に寄るパイロット達みんながすぐに彼女を食事やお酒に誘いたくなるには充分な愛嬌があった。


 そして桜子は誘われたら断らない女の子だった。相手が誰であろうと快く食事の誘いを受け、人気絶頂期には彼女とのデートの予約が2ヶ月先までいっぱいだなんてこともあった。


 しかし、彼女を二度誘えた男は誰一人としていなかった。


 桜子に関して良くない噂が立った時期もあった。あの女は男を品定めしている。可愛い顔してとんでもない悪女だ。必ず夜9時になると一人で帰ってしまう。夜の職業に就ているんじゃないか。誰も彼女のプライベートのアドレスを知らない。彼女は何か秘密を隠している。


 僕は知っている。那須野・ヴィーシュナ・桜子は何者なのか。彼女の正体は……。




 僕も桜子のファンの一人だった。管制オペレーターとしてのスキルの高さはもちろんのこと、何より彼女の声が好きだった。


 だから、桜子にデートを申し込んだ。彼女の深みのある甘い声である台詞を喋って欲しいと言うものすごくピンポイントな目的のためだが、噂通り桜子は笑顔でデートの申し出を受けてくれた。


 まあ、それはいい。目的なんて後付けだ。桜子の悪い噂を確かめたいと言う気持ちもあったし、何より彼女と一緒にごはんを食べたいって若く健康な青年男子らしいストレートな欲求もあったし。


 それが僕と桜子の付き合いのきっかけとなったのは間違いないことだ。あの悪夢のようなゲーセンデートが。




「おまたせ」


 あの声でおまたせだなんて言われるなんて。待ち合わせ場所の月面都市のモノレール駅前時計台で僕はドキドキしながら振り返ったんだ。


 噂通りにプライベートの連絡先は教えてもらえず駅で時間を決めて待ち合わせだなんて、しかも約束の時間をきっちり15分遅らせての登場だなんて。オープニングからドキドキさせてくれるじゃないか、と桜子の姿を探した。


 しかし彼女を見つけられなかった。


 優しさと慈愛が溢れる笑顔。馬頭星雲のような艶やかな黒髪のポニーテール。グレーを基調としたミリタリーロリータ調のオペレーターの制服がとてもよく似合う小柄な身体。彼女はどこにもいない。


「ごめんねー。何着ようかって迷ってたら遅くなっちゃった」


 しかしあの声はする。少し甘みがある低めの声。声はすれども姿は見えず、だ。


「何キョロキョロしてんのさ」


 目の前のこんもりとした真っ黒いのが僕に喋りかけている。少し目線を下げて黒い小山を覗き込んで見れば、黒縁眼鏡の奥に見覚えのある薄い灰色の瞳があった。


「サクラコ、さん? いつからそこに?」


「わざとか? それともほんとに見えてなかったのか?」


 ポニーテールを解いた黒髪はもっさもさの寝癖状態で、眉毛にまで前髪がかかっていてさらに黒縁の眼鏡をかけ、黒いジャージのファスナーを目一杯アゴにかかるまで上げているので顔の肌色率が異様に低い。


「いや、違う人かなーって。視界に入ってはいたけど」


 視力回復手術とか生体レンズとかあるのに普通の眼鏡をかけているだなんて。拡張現実対応のスマートグラスでもないし。ヴィンテージとかそういう気配が全然しない黒地に白いラインが入ったジャージを着込み、フェイクレザーのボディバッグを肩にかけ、ダメージジーンズの擦り切れた隙間から黒いストッキングを覗かせる桜子は、いつものミリタリーロリータ調の制服をびしっと着こなすさりげないエレガントさを微塵も感じさせなかった。


「背ってこんなに小さかったっけ?」


「会社では高いヒール履いてるし、いまはほら、これ」


 桜子はそう言って裾を捲ったジーンズをくいと引っ張って、ぺたっとした踵を踏み潰したスニーカーを見せてきた。身に付けているものでこうも印象って変わるものなのか。


「低重力下でハイヒール履きこなすの実は大変なんだよ」


「いや、そういうことじゃなくて……」


「何か文句でもあんの?」


 あの声でそんなこと言われたって。


「ううん、いつもと印象が違うから新鮮でいいよ」


「ほーう。まあいいや。さ、まずはお昼ごはん食べちゃお。この格好でも入れてくれるイタリアンあるかな?」



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