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   3 ファミコンロボット

 ブリギッテは四人掛けの丸テーブルの空いている席にちょこんと座り、テーブルに両腕を投げ出すようにしてGBAで遊び始めた。ゲームはポケモンか。なかなか筋はいいな。


「……この子、誰?」


 突然の乱入者に当然の質問を投げかける桜子。


「あたしはブリギッテ。コータくんのゲーム友達よ」


「そう。ブリギッテ、私はサクラコ。よろしくね」


 桜子はパンケーキにフォークを突き立て、僕をジロリと睨む。そして低い声がさらに低くなる。


「説明を」


「はい。長距離バスの中で会った子だよ。あまりに暇そうだったからゲームがインストールされたGBAをプレゼントしたんだ。サクラコはずっと寝てたから気付かなかったろうけど」


「あら、そう」


 パンケーキからフォークを抜き去り、声をいつものトーンに戻してブリギッテに言った。


「ブリギッテ、朝ごはんは食べた?」


「一人で食べた」


 そう言ってからブリギッテは桜子の方をじっと見つめて、ふと思い出したように言葉を続けた。


「でももうちょっと食べたいから、ヨーグルトとジュース取ってくるね」


 そのまま僕と桜子の返事も待たずにGBAをテーブルに置きっ放しにしてドリンクコーナーにパタパタと駆けて行った。まだ月面の低重力に慣れていないようで走り方がぎこちない。


「何あれ。ひょっとして、状況説明の時間をくれた、とか?」


 桜子がブリギッテの背中を見送って言った。僕は置いてけぼりを食らったGBAを手に取って、ゲームの進行状況を確認しながら桜子に同意する。


「僕もそう思う。戻って来るまでサクラコに説明しとけよって言われた気がする」


「ご丁寧にGBAを置いといて、ちゃんと戻って来るからねってところか」


「たぶん。恐ろしく頭が回る子だよ」


「で、どこの誰なのさ」


 桜子はパンケーキをメープルシロップに浸す作業に戻って言った。


「ブリギッテ・ハルトマイヤー。10歳。ドイツ籍。地球生まれ、地球育ち。母親と二人で月旅行中。父親はそこのマスドライバー施設で働いてる。単身赴任で別居中」


 僕はバスの中でブリギッテから聞き出した彼女に関する情報を並べた。


「で、月旅行の目的は、父親に離婚届にサインをさせるため、だとさ」


 ちょっと出汁が足りない味噌汁を啜る。ブリギッテのことを思うとただ味噌の味がするだけのお湯がどうにもしょっぱくなってしまう。


「そんな状況でお母さんはブリギッテを放置してるっての?」


「そこまでは知らないよ」


 広々としたレストラン内を見回しても、相応の年齢の女性一人客は見当たらなかった。確か、ブリギッテは朝ごはんは一人で食べたと言っていたっけ。ブリギッテはたった一人でこの広いレストランで朝食を食べていたのか。10歳の女の子が寒々しい月の世界で、一人で朝食を。


「少々首を突っ込み過ぎな気もするけど、私もゲーム友達になったげようかな」


 ブリギッテはトレイに僕と桜子の分までオレンジジュースを乗せてゆっくりとこっちに歩いていた。そして僕の顔をちらっと見やって、もういい? とでも言うかのように小首を傾げた。


 僕は鼻先を動かすように小さくこくんと頷いて見せて、桜子に向き直ってあと少しだけ残ってたごはんを急いで掻き込んだ。


「月のごはんとオレンジジュースって合うかな?」


「全部飲んであげてよね」




「宇宙人捜索機動隊?」


 桜子が低い声で唸るように言った。


「宇宙人なんかいないって言ってるのはコータくんだろ」


「そもそも機動隊って意味がわかんない」


 ブリギッテも桜子側についた。何を言ってるんだ、この二人は。何もない月の荒野に飽きてきた桜子と、不遇の環境に置かれるブリギッテを少しでも退屈させないように企画を立ち上げた僕の気持ちをもう少し察してくれ。


「いるかいないかはともかく、夕べ僕は謎の人影と遭遇しているんだ。そいつの正体を突き止めない限り安らぎの夜はやって来ないぞ」


 「安らぎの夜ねえ。どうせゲームしてるだけだろ」


「そもそもここら辺はあと12日間夜が続くのよ」


 なんだか初対面とは思えない雰囲気の桜子とブリギッテ。桜子はフレッシュオレンジジュースで唇を潤し、ブリギッテはヨーグルトのフルーツソースがけを上品に口に運ぶ。その動きと言葉はシンクロして、僕の提案を丁寧に叩いていく。


「せっかく宇宙人の攻略の糸口を掴んでるってのに何にもしないのはつまんないだろ?」


 二人が食いついてくるようにエサを撒いてみる。


「宇宙人の攻略って、ギャルゲー的に言うなら宇宙人を口説くの?」


 と、桜子はメープルシロップを舐めながら言った。だからそれは直接舐めるものじゃないぞ。


「攻略の糸口って、攻略し終えてから結果だけ教えてくれれば十分よ」


 と、ブリギッテはヨーグルトで口の周りを汚しもせずにきれいに食べ終えて言った。君はもう少し子供っぽく顔をヨーグルトまみれにすべきだぞ。


「もういいよ。一人で謎解きする」


「あー、わかったわかった。付き合ってあげるから拗ねないの」


「話は聞いてあげるわ。評価はその後でしてあげる」


 何だか哀しくなってくる展開だが、しょうがない、謎解きのキーワードを披露しよう。


「謎のキーはファミコンロボットにある。何故、あの夜ファミコンロボットが動いたのか」


「ロボットって、カジノで手に入れた例のアレ? 古そうな物だったから早速壊れた?」


「そもそもあたしファミコンロボットって何か知らないんだけど」


 二人とも、いちいち突っ込まないでくれ。


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