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   2 ファミコンロボット

 月の荒野には薄ぼんやりとした光が降り注いでいるようで、レゴリスがまるで降り積もった粉雪のようにキラキラと輝いて見えた。見上げればそこには満地球。真っ黒い空に鮮やかな青色が真ん丸く浮かんでいる。


 あの地球の光は太陽光の反射だ。地球での満月の夜が明るいように、やはり月でも満地球の夜はほのかな光が月の大地を照らしている。


 もう見慣れてしまった荒野の風景は、何も動くものがないから時間さえも作用しなくなって、いつから眺めているのかわからなくなる夢を見ているような感覚に陥ってしまう。入眠時のような意識が溶けていくこの感じはヴァーチャルでは表現できないだろうな。これこそがリアルな月世界というものだ。リアルにいるのに同時に夢の中にいる。そんな奇妙なくせにやたら居心地がいい雰囲気を醸し出すのが月の風景だ。


 これが夢ではないと言う証拠に、ベッドの隣に眠っている桜子の顔がある。少しだけ口を開けて白い前歯がちらりと見えて、くーかーくーかーと小さく響く規則正しい寝息とわずかに上下する胸が、この月世界で時が流れているとわかる現実的な物証だ。


 あと一つ、動いているものがある。これのせいで、僕はリアルにいるのか、夢の中にいるのか、わからなくなってしまっている。


 月の荒野が見渡せるコテージの窓を、一体の宇宙人がこちらを覗き込んでいるんだ。


 僕は長距離バスの中で中途半端な時間に眠ってしまったせいで妙に寝付けずにいた。隣で桜子はすとんと電源を落とすみたいにすぐに眠ってしまった。


 よく寝る人だなーと寝顔を眺めつつ、とろんとまどろみ、ファミコンで遊んでいたつけっぱなしのディスプレイがオフタイマーで消えてしまい、部屋が常夜灯だけのぼんやりとした暗さに包まれてようやく眠気が本気出してきた頃に、ふと窓を見ると、そこに宇宙人がいたという訳だ。


 ああ、僕はすでに夢の中にいたんだな、と思おうとしたけども、桜子の寝息がそうはさせてくれない。僕はリアルに踏みとどまる。


 ちょうど窓に常夜灯が反射してる辺りに宇宙人がいやがるんではっきりとは見えないんだが、船外宇宙服のヘルメットよりも小ぶりな丸い頭がこっそりとこちらを窺っているように見える。船外宇宙服の下に身に付ける与圧服くらいの小さめの頭だが、与圧服で夜の月面を歩き回るなんて自殺行為だ。まさか普通の人間がそんなことするとは思えない。ウエットスーツで凍った海に落ちるようなものだ。低体温症で動けなくなってしまうだろう。


 じゃあこいつは何者だ?


 宇宙船パイロットとしての経験上、宇宙人なんていないと思ってる。いや、ちょっと違うか。宇宙人は存在するかも知れないが、この広過ぎる宇宙で人類と出会うことはないだろうと思ってる。五つの海にばら撒いたテラクレスタの五つの自機が潮の流れに乗って五つ全部合体するくらいのレベルの偶然が必要だ。遭遇できないと言うことは、それは存在しないことと同義だ。


 だからこそ、こいつは何者だ?


 その丸いシルエットがゆっくりと動く。目だろうか。やけに離れた二つの大きな白い光点が窓から室内を覗き込むように迫ってきた。


 僕はベッドで横になったままでいた。隣には眠っている桜子がいる。こいつは僕が眠ってるものと思って部屋の中を観察しようとしているのか。


 どうする? 動かないで寝たフリしてやり過ごすか。それとも、スマホを手に取って一枚でも地球外知的生命体の存在証拠写真を撮っておくか。


 二つの白い光点が窓に接した時、突然室内でやけに軽い機械音が鳴り響いた。僕は思わず声を上げてその音がした方を向いてしまった。


「わっ」


『ギィーギィー』


 その音の原因はさっき遊んでいたファミコンロボットだった。カジノで手に入れたのを早速遊んでいたんだ。ディスプレイはオフタイマーで消えてしまっているが、ファミコンはまだ電源が入ったままだった。そのファミコンロボットが急に動き出し、嫌に軽いモーター音とプラスチックが擦れる音を撒き散らした。


 なんで急にロボットが動き出したんだ?


 あっ、と僕はすぐに窓に向き直った。しかし、そこにはもう何もいなかった。月の荒野が地球からの光を受けてぼんやりと輝いているだけだった。




 僕と桜子が泊まっている静かの海のコテージホテルはマスドライバー射出港や観光施設群に隣接しているホテルの一つで、客室が独立した環境のコテージとなっている。地球の太平洋に浮かぶリゾートアイランドのコテージホテルをイメージした感じだ。


 地下トンネルで連結されたコテージはメゾネットタイプの室内になっていて、ホテルに食材を発注すれば自炊も出来たりする特に家族連れに人気のあるなかなか予約の取れないホテルだ。


 コテージの生活環境は完全に独立しているし、窓からの景色もマスドライバー施設や他のコテージが視界に入らないよう絶妙に計算された角度で設計されていて、月の原風景だけが楽しめるデザインとなっている。


 人気の観光スポットにいながらにして、他の観光客と誰とも顔を合わせることもなく月での生活を楽しめる仕様だ。


 僕と桜子、月世界に二人っきりでしばらくここで過ごそうか、と思っていたんだけど、二日目の朝にして「自炊がめんどくさい」ということが発覚して、ホテルの混み合ったレストランでモーニングビュッフェだ。


「で、コータくんの結論はどうなのさ?」


 朝ごはんをいただきながら、夕べの未知との遭遇を桜子に話してみたが、予想通り鼻で笑われた。


「僕としてはヒントが少な過ぎてまだ答えが出せないような気がする」


 桜子は僕の曖昧な意見を聞くと、パンケーキを切り分けてメープルシロップのボトルにとぷんと沈めた。シロップはかけるもので沈めるものではないぞ。


「見ひゃんでしょ? はっひり言いなさいよ」


 メープルシロップでヒタヒタになったパンケーキのかけらを口に放り込み、にやあっととろけそうな笑顔になって桜子は言った。


「部屋を覗き込んでいる丸い頭と白く光る大きな目の人型を見たんだ。宇宙人だと限定するには材料が足りないが、宇宙服を着た人間だと言う決定的な証拠もない」


 僕は醤油まみれの卵焼きを白いごはんの上でバウンドさせてから食べた。そして卵焼きがまだ口にあるうちに醤油がついたごはんをいただく。まさか月のホテルで和食が食べられるなんて思ってもいなかった。明日も自炊じゃなくてここで食べよう。


「どっちにしろ、部屋を覗かれてたんだ」


 桜子がフォークでホイップクリームをひとすくいし、少し俯いて、やっぱりメープルシロップに浸してから口に運んだ。


「覗かれてたんだ」


「覗かれてたな」


 桜子のひどい寝癖が寝相の悪さも物語っている。ヘソだしくらいは当たり前だ。


「今夜も覗きに来るかな?」


「そこが問題だな。人間だったら、たぶんまた来るだろう。刺激的なのが覗けるからな。そして宇宙人だったら、もう来ないだろうな」


「なんでよ?」


「僕と目が合ったし、ファミコンロボットが反応して動き出したんだ。人類に自分達の存在がバレた。それはまずいことだ。きっと姿を消すよ」


 桜子は今度はスプーンでメープルシロップをすくって口に運んだ。それはあくまでも脇役であってそれメインで食べるものじゃないぞ。


「さあ、どうかな。目撃者を消しに来るかも」


「……怖いこと言うなよ」


「コータくんにも怖いのあったんだ」


「人間相手ならどうとでもなるけど、相手が宇宙人だったら、どうしたらいいかわからん」


 と、結局どうしたらいいか、宇宙人に対する傾向と対策がなされないまま朝ごはんが進んで行くと、突然の乱入者がやって来た。


「おっはよー、コータくん! ねえ、このジムリーダー倒せないんだけど、どうすればいいの?」


 ブリギッテとの短い再会だった。



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