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第19話 バキュラ256 ゲームボーイアドバンス

 豊かの海から静かの海へ。バスは走るよ、18時間45分。地球の夜行バスでこんな長時間拘束されるのってあるのか。月の六倍の重力で座席に縛り付けられ、さぞかしお尻が鍛えられることだろう。


 桜子の「宿泊費及び交通費獲得作戦」はその後奪還作戦へと名称の変更を余儀無くされ、最終的にはベッドで枕に顔を埋めてすっぽりと毛布に潜り込んで足をバタバタさせる彼女を何とかなだめる「天の岩戸開放オペレーション」が僕の手によって展開されたのだ。


 で、豊かの海からまた静かの海へ帰るこのバスの中でも、桜子はようやくどこか吹っ切れた感じで、車窓から見える真っ暗い砂漠のような景色を見つめて即興の詩人みたいな薄っぺらい言葉をつらつらと並べていた。まあすぐに飽きてGBAで僕と対戦ゲームを始めて、やがて寝落ちしてしまった。


 そんな桜子の知られざる一面を知れただけで、それでよしとできる程度負け額だったし、この苦行のような長距離バスの旅路も元々予定通りのことだし、特にその件には触れずに放っておいた。そうしたら、いつの間にかバスの中は静まり返り、乗客のほとんどが眠りに落ちたっぽかった。


 宇宙船パイロットである僕は、航行中は完全にルーチン化した行動パターンにはまって生活しているのでこんな中途半端な時間では眠れずに、ぼちぼち一人でゲームに勤しんでいた。

 

 バスと一言で言っても月面長距離移動を目的とした乗り物だ。地球の夜行バスとはまるで違う乗り物になっている。その大きさは地球の大陸間飛行機ぐらいある。その巨体が三両連結されていて、まさに舗装路を走る超巨大列車のような車体だ。エコノミーシートで乗客一人に割り当てられる床面積は畳一枚分くらい。ファーストシートになるとホテルの一室分くらい占有できるはずだ。


 僕と桜子は三席並びのエコノミーシートを貸し切って通路とをカーテンで仕切り、小さなコンパートメントのようにしてシートをフルフラットに倒してゴロゴロとだらしなく寝そべっていた。


 ふと、遊んでいたGBAから顔を上げると、カーテンの隙間からブラウンの瞳がこっちを覗いているのに気付いた。


「うわ」


 思わず声が出た。その声に驚いたか、ブラウンの瞳もびくっと少しばかり収縮して見えた。それでもその瞳はカーテンの隙間から消えることなくこっちを見ている。


「……やあ。どうした?」


 僕は口に人差し指を当てて、こそこそと小さな声で話しかけてみた。ブラウンの瞳は一度大きく瞬きしてすっと見えなくなった。代わりに細い指が四本きれいに並んで現れて、カーテンをそっとつまんで音を立てずに開けた。


「何してるの?」


 それはやたらおでこが広い焦げ茶色した長い髪の少女だった。


「眠れないからゲームで遊んでたんだよ。君もバスの中じゃ眠れない人?」


 十歳前後くらいのブラウンの瞳の少女はカーテンから顔だけを突き出した状態で、コンパートメント内をキョロキョロと見回して言った。


「うん。退屈で死にそう」


「それはいけないな。ゲームはいかが?」


 僕は桜子が握っていたゲームボーイアドバンスSPを深い眠りに落ちている彼女の手から奪い取って少女に見せてやった。曇りがちだった少女の顔がよく晴れた笑顔に変わった。


「いいの?」


「君さえ良ければね」


「それがゲームなの? ずいぶん小さいのね」


 少女はカーテンの向こう側から姿を現して、僕の手元を珍しそうに見つめて言った。ぱくんと閉じればスマホよりもコンパクトになるし。確かにGBAなんてこんな小さな子は知らないだろうな。


「もっと小さいのもあるよ」


 そう言って僕はバッグにしまい込んでいたゲームボーイアドバンスミクロを取り出して見せてやった。これこそスマホよりも小さい機体だ。クレジットカードをちょっと引き伸ばしたような片手にすっぽりと収まる小ささだ。


「そんな小さいのまで」


「これだと小さ過ぎてボタン押しづらい時あるんだよ。やっぱりこれくらいがいいかな」


 お次はノーマルGBAをバッグから引っ張り出す。もちろん全部販売ライセンス取得の正規品だ。劣化コピー品はとにかくボタンの効きが悪過ぎて遊んでてストレスが溜まるんだ。


「いったい何個持ってるの?」


「うーん、何個あったかな。見つけたらとにかく手に入れるからわかんない」


「お兄さんはゲーム屋さん?」


「いいや、僕はレトロゲーマーさ。遊んでくかい?」


「うん!」


 少女の名前はブリギッテ・ハルトマイヤーと言った。


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