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第7話 泥人形は不思議なおどりを踊った 1 PSP

 この瞬間だ。


 僕の両手よ、最上級の脳外科医のように精密に走り、最高峰のピアニストのように繊細に踊れ。


 僕はただただ無心に、迷わず、躊躇わず、美しさを求めて心が赴くままに指を動かせばいい。そうすればおのずと美が完成する瞬間が訪れるはずだ。これっぽっちの歪みも澱みもない完璧なる調和、完全なる融合がそこに現れるんだ。


 サラブレッドが見せる黄金比の勇姿のように1:1.618の約束された絶対の理が、甘い果実が実る天上の楽園へ僕を導いてくれるはずだ。いや、導いてもらわなければならないんだ。僕は是が非でも楽園へ行くんだ。


 この瞬間さえクリアすれば僕は楽園へ迎えられるんだ。


 しかし、楽園にて安らぎとともに幸せと言う名の果実を噛み締めている自分を想像した途端に一瞬で気が緩み、張り詰めた緊張の糸がぷつんと切れ、ふひっと変な音を立てて鼻から空気が抜けてしまった。


 その空気の塊は無重力状態によりあまり拡散することなく、塊のまま宙に浮く液晶保護フィルムに直撃してしまい、フィルムは斜めに捻れるようにしてプレイステーションポータブルにひっついてしまった。


「ふあっ」


 さらに喉から自分自身聞いたこともない声が漏れて、慌てて差し出した手でPSPを掴み損ねてしまい、弾かれたPSPはくるくるとゆっくり回転しながらこたつ蒲団に保護フィルムを下にしてぽふっと軟着陸した。


「ああっ」


 恐る恐るPSP拾い上げて、くるり、ひっくり返してフィルムを見れば、細かいホコリクズがもう諦めろと言わんばかりに付着しまくっていた。まさに食パンが落下する時は高確率でバターを塗った側を下にして落ちるとか言うアレだ。



 

 月の軌道港に何のトラブルもなく貨物を下ろして無事に往路の仕事を終えたものの、タイミングの悪いことに次の仕事の貨物積込みまで6時間も空いてしまった僕は、ソルバルウ号の居住区でPSPの液晶保護フィルムを2枚もダメにしていた。


 6時間あれば軌道港内のショッピングモールとかパイロット用のホテルとか遊んで回れる余裕は十分にある。でもあえて船に残り、この6時間を仮眠とゲームに当てようとしたのがそもそもの間違いだったのかもしれない。


 誰がやっても気泡が入らないフィルムとかって謳い文句に騙されるのはこれで何度目のことか。僕がやればどんなフィルムでも確実に気泡や埃を潜ませることができるぞ。


 せっかくPSPを手に入れたと言うのに。もちろんオリジナル機じゃないが。実機で未だに稼働している機体はもう存在しないだろう。今回手に入れたのは初期型を忠実に再現したモデルだ。機体の制作会社のこだわりでUMDも復活させての再販だったんだ。これを手に入れなくて何がレトロゲーマーか。


 同時に注文したPSP初期型専用液晶保護フィルムは3枚。そのうち2枚はもうなかったことにしたので、残りは1枚。ラスト1枚だ。なんとしてでも気泡の混入を最小限に抑えなければ。



 

 僕はまず貨物区を宇宙空間に晒した。ここは軌道港の真空域ベイドック。外はすぐ宇宙空間で、貨物区は一瞬にして真空になった。貨物区は船外部からも貨物の搬入が出来るようにと独立した換気機構と空調システムを持っている。いったん貨物区内の空気を完全に抜き、船内で生成した新鮮な空気で再び満たす。これでチリ一粒もない完全なクリーンルームの出来上がりだ。


 そしてタブレット端末で管制にしばらく船の操縦ができない旨を連絡する。今回担当についてくれたのはミナミナ・デ・シルヴァ・ミヤジだ。


『ハーイ、コータ。どうかしたの?』


 ミナミナはスマートグラスを装着して仮想キーボードを使っているのか片手を何もない空間でカタカタとやりながら現れた。


「いやね、一つやり残した仕事があってさ、少しの間船を操縦できなくなるんだ」


 ミナミナのバストショットが映るタブレットを空間に置いて喋りかける。相変わらず童顔とミリタリーロリータ調の制服がよく似合う。ミナミナはスマートグラスをくいっとやって何やら空間を指で突っつき、ページをめくるような仕草をして言う。


『うんっとね、コータの次の積み込みは、あと5時間ちょいか。たぶん他の船が出る時にちょこっと動かさなきゃなんないかなー』


「そうか。すぐに片付くと思うけど、あと仮眠とっておこうと思ってたんだ」


 ミナミナが空間をあれこれ動かすように手を右へ左へやっている。スマートグラスやAR眼鏡で拡張現実や仮想現実で作業している人間を見ると、どうにも踊っているように見えてしまう。リズム感があり音ゲーが得意なミナミナならなおさらキレキレのダンスに見える。


『オッケー。じゃあ見えざる神の左手を使うよ。少しでも眠っておきなー』


 軌道港を利用する宇宙船の数は多い。そのため貨物待ちや出港時間調整している船はそれ用のベイドックに係留される。大きな船、小さな船、それこそテトリスのようにピッタリと隙間なく空間を埋めていく作業をするのがAI管理のタグボートロボット、通称「見えざる神の左手」だ。


 同期された六体のタグボートロボットが船体のバランスを崩すことなくシンクロした動きで移動、係留していく。その様がまるで目に見えない神様の巨大な六本指が船を掴んでいるようで、見えざる神の左手なんて仰々しいニックネームを与えられたロボット達だ。そのロボット達がベイドックを移動する様子はまさにグラディウスのオプションそのものだ。


「うん、頼むよ。じゃあな」


『はーい。じゃーねー』



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