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満月と新月  作者: ミノマ
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 幼い頃一緒に遊んだ幼なじみである、満月と新月。新月が急に姿を消してから十年後、二人は再会する。弟分のように思っていた新月が、ふとした瞬間に男の子を感じる存在になっていて戸惑う満月。お互いはいずれ惹かれ、想いを確かめ合う。けれど彼らには別れが約束されていた。

 新月は、過去からやってきた異邦人だったのだ。



 試験週間が終わり、夏休みがやってきた。いまどき誰も読まないような「夏休みの生活」のプリントを鞄に押し込めて、彼らは意気揚々と学校を出る。役者、機材、撮影場所、脚本。必要なものは一学期のうちに全て揃えた。撮影ともなると、それまでの会議にさぼりがちだった部員も顔を出してきて、一気ににぎやかになる。

 「じゃ、よろしく頼むねノゾミ」

 「うん、まあ、うちで良ければ」

 「まあ、実際のモデルがいるんだから、その人の家を利用しない手はないわな」

 別に、彼女と月代が『満月』と『新月』のモデルだと言った覚えはないが、月代が望を「満月」と呼んだ時点でリツカたちにとってそういう認識になってしまったのだろう。間違いではないので否定できない。

 広い庭の緑の中、『新月』はふらりと現れて、『満月』と言葉を交わしては去っていく。そんな場面の撮影で、撮影場所のほとんどは、望の家になった。当然ながら、部活動のことを秘密にしている彼女は、家に学友を上がらせることについて親戚たちに許可をとっていない。どうせ、誰も訪ねてなど来ないから、ばれはしない。

 それでもなんとなくきょろきょろとあたりを見回しながら、家へと部員を案内した。



 主役の二人が衣装に身を包んで現れた。月代は浴衣姿だ。そんなに日本人然とした顔立ちではないのに(どちらかというとぱっちりしている)、妙に似合っていて、部員たちからため息まじりの声が上がる。望は家では見慣れていたから、特に反応しなかった。薄いブラウスにスカート姿の佐東を見て、あんなのが似合う女の子ならなとため息をついた程度だ。


 折りたたみの机と椅子を出して、三脚にカメラをセットすれば、立派な撮影現場のように思える。形から入るのが好きな桂子が少し興奮気味に記録写真を撮っていた。

 「じゃあ、撮るか」

 カメラテスト、アングルチェックを終えて、カントクがメガホンを手に取った。意外と彼も、それらしい格好をするのが好きなのかもしれない。

 「はい、スタート!」

 撮影が、始まった。



 望が遠目から見ても、月代の演技はうまいとはいえなかった。笑顔は硬く、台詞は棒読みだ。何度も演技にだめ出しが入る。見た目だけで選んだ素人の演技なのだから当然か。彼がこの映画に関わることになったのは彼女のせいなので、あまり求めすぎないでやってほしいと若干罪悪感を感じながら思う。

 ちょっと休憩するかとの声が聞こえて、直後、

 「満月—っ」

 ご機嫌な月代の声が聞こえた。

 「なに」

 「別に何もないけど。あ、それ、何?」

 スポーツドリンクだと答えると、ちょうだいと手を伸ばしてきた。

 「苦戦してる?」

 「うーん、台詞覚えるのに精一杯で」

 この男の苦笑を見ることはあまりない。なんとなく顔を眺めると、気恥ずかしげに肩をすくめた。

 「カントクってさ、もしかしてスパルタ?」

 望は付き合いがまだ浅い、けれど。

 「スパルタだよー、もう呼んでるよー」

 「う、うわ、浅井さん」

 リツカがぬっと顔を出して、月代を連れて行ってしまった。付き合いは浅いけど、知ってる限りではスパルタっていうか、完璧主義者なんだよね、カントクは。リツカは良い補佐役になっている。

 「私にもちょうだい」

 声の方を見ると佐東がかわいらしく微笑んでいてどきまぎする。女にときめいているようじゃ、本当に男みたいだ。軽く頭を振って、紙コップにドリンクを注いだ。

 「ありがとう」

 その可憐さに似合わない勢いで飲み干すと、しかしコップは丁寧に置いてカメラの方へ戻っていった。


 「きゅうけーい」

 「まんげつーっ」

 「ちょっと!」

 毎休憩の度に望の方へ向かおうとする月代に、佐東が声をかけた。

 「『満月』は私でしょう?」

 立ち止まった月代は、驚いた顔で佐東を見たが、やがて微笑んだ。

 「君は、『太陽』だよ」

 言葉の意味が掴めずに止まった佐東をよそに、月代は去っていった。間をおかず、望の彼を疎ましがる声があがる。

 むうと佐東は頬を膨らませた。


 三脚の足を縮めて、たたむ。しゃがんで袋を取り出そうとした望の顔に影がかかった。

 見上げると、佐東が立っていた。逆光で見ても十分可愛いなあと彼女は思う。同性から見てもかわいいのだから、男子からはさぞ人気があるだろう。

 「この家、園原さんちなんだって?すごいね、こんな豪邸」

 「…ただ古いだけだよ」彼女の人間性には何の関係もない。彼女の出自には関係してしまっているが、不本意なことに。

 話は終わりかと思いきや、佐東は彼女の側にしゃがみ込んでなおも話しかけてきた。

 「ね、ね、新くんさ」

 「うん?」

 「かわいーね」

 「…そう?」

 「私、タイプだなあ」

 どうしてそれを彼女に言うのか。望はちらりと佐東を見た。佐東は意味ありげに微笑んだ。

 「どうして満月と新月っていうの」

 「さあね」

 きっと、あいつは覚えていないだろう。幼い望のわがままと、百科事典。

 「佐東さーん、ちょっとー」

 「はあい」

 答えながら佐東は髪をまとめているクリップを外して立ち上がった。少しウェーブのかかった髪がふわりと揺れる。手に持ったクリップは食虫植物みたいに見えた。


 「『久しぶり、満月』」

 「『…新、月?』」

 同じような台詞なのに、言う人物が違うだけで全然印象が変わる。シーンの意味が違うから、当たり前か。ここでは、初恋の幼なじみとの運命の再会であり、現実は、けんか別れした幼なじみとの気まずい再会だった。

 ある程度時系列を追いはするが、基本的に効率重視で同じ撮影場所でとれるシーンは一気に撮ってしまう。素人出演の映画でこの手法は、演技にぶれが出るとかでカントクは渋ったけれど、時間と資金と場所の都合上仕方がない。

 望は時計を確認した。もう少しで昼休憩を挟む予定だった。

 「私、買い出し行くけど、なんかいる?」

 「あ、ちょっと待って、書くから」

 「一人で大丈夫?」

 大丈夫大丈夫と答えながら、彼女は撮影風景を眺めた。さっきまで冒頭のシーンだったのが、いつの間にか中盤のカットの撮影に移っている。

 女性らしい佐東と並べば、月代も立派に男に見える。不思議だ。

 佐東はどこかで演劇でもやっていたのかと疑ってしまうほど、熱演を見せている。今だって、泣きそうな表情で、『新月』に訴えている。

 「『無理だよ、一緒になんていられないよ』」

 「はい、ノゾミ、これだけよろしく。大変そうだったら、そこらの、ほら高橋とか連れてけばいいし」


 「『だって満月と新月は、同じ空に居られないんだよ』」


 「ノゾミ?」

 「……うん、行ってくる。大丈夫、一人で」メモを受け取って、望はその場を離れた。ちらりと佐東が視線をやったのにも気がつかず。


 見えないところまで離れると、彼女は走り出した。

 息があがるまで、何も考えられなくなるまで。

 (なんで、こんなに動揺してるんだろう?)

 同じ空に居られないって。

 そんなこと、わかっていた。

 いつの間にか、足は止まっていた。

 自分がどこにいるのかわからなくなった。

 (私、ばかだ、今でも…)


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