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満月と新月  作者: ミノマ
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 望の所属している映画研究部は、のんびりとしてはいるものの毎回きちんと話が進む。これまでまともに部活動に出たことのなかった月代には新鮮で、楽しい。これまで屋敷の中で二人きりで遊んできた望の(しかも当時は二人とも幼かった)、成長した外の顔が見られるのも面白かった。

 「満月、一緒に帰ろう」

 「…おばさんち行くから」駅から走って帰るということだろう。彼女の習慣を邪魔する気はない。

 「そう、明日は?」

 無邪気を装って聞く月代に、望は気まずそうに目を伏せた。自分の顔立ちが地味だと思っているらしい彼女のまつげはけっこう長い。

 「…明日、なら」

 望はけれど、自分と月代が一緒に帰ることは拒否しない。なんらかの負い目を感じているのか、彼女が、月代のことをそう嫌ってもないのか、後者だとしたら嬉しい。

 「じゃあ明日ね」

 単純な脳みそだと分かっているけれど、明日は一緒に帰れると知って、笑みがこぼれた。

 「あたらし!」

 バス停に向かおうとした月代を望が呼び止めた。彼女に対して不満があるとすれば、学校で会って以来、彼のことを『新月』とは呼ばないことだ。

 振り向くと、望があきれた表情で彼を見ていた。

 「明日、休みだ」

 「あ、そうだった」

 …なんらかの負い目を感じているのか、彼女が、本当は月代のことを嫌っているのか、再会以来望は彼に笑顔を見せていない。

 曜日を勘違いしていたことに苦笑してみせたけれど、望はやはり笑うことなく背を向けた。


 敷地はただただ広いが、屋敷の建物自体はそう大きくない。二階建ての、いかにも古そうな木造の建物だ。離れはその横に立っている。母屋ほど大きくはないが、かつて月代たち家族が住んで広すぎたくらいの広さはある。二つの建物に渡り廊下はなく、同じ敷地に住んでいると言っても母屋は「お隣さん」といった感覚だ。昔から使用人家族が住むために建っていたというから、現在まで正しい使われ方をしているといえる。

 月代が足を止めたのは、望がその離れの前に立っていたからだ。

 うつむき加減で、後ろ手に手を組んでいる。月代の接近に気がついて、ほんの少し顔を動かしたけれど、まっすぐ彼の方は見なかった。

 「満月。どうしたの」

 「違う親戚のおじさんがいたから。車で送ってもらった」

 「どうしてここにいるのか」と問いたかったけれど、彼女が答えたのは「どうして月代より早くここにいるか」だった。言われてみれば確かに、学校から直接この近辺までくるバスに乗った月代の方が、わざわざ駅を経由して、しかも走って帰ってくる望より早くここに帰ってくるはずだ。服装だって、走って帰ったなら着替えているところが、実際は別れたときのセーラー服のまま。

 車で楽に帰ってこられたはずなのに、不満げな顔をしているのは、「美智子おばさん」のところで小言を言われたか、本当は走って帰ってきたかったけれど「とんでもない」と言われてしまったのか。彼女が親戚たちに制限されて、自分のやりたいことや言いたいことが思う通りにならないことは、知っている。

 女の子であるように、彼らは強いるし、

 彼女は女の子である前に人間であろうとしている。昔から。二人が何も考えずに遊んでいたときから、本当は彼女は戦っていた。月代は、知っている。

 「…黒くて、長い車?」

 「まさか」

 しかしいい車には違いない。

 「…家、入んないの」

 後ろを気にした様子で望が言った。そもそも彼女がそこに立っていなければ、月代は何のためらいもなく帰宅していたはずだ。

 「満月は、なんで?」

 「……」

 ふてくされたようにいっそううつむいた。どうにも言いたくなさそうだ。

 「さきに、制服脱いできていい?」

 望をすり抜けて、鍵を取り出したところで、

 「…新」

 控えめに呼ぶ声。固い。少し不安を覚えながら、それは出さないように月代は明るく聞き返した。

 「なに?」

 「明日、おばあさまのところへ行くから、ついてきて」

 「…なんで?」望の祖母は、月代と彼の両親を快く思っていないはずだ。彼に何の用があるんだろう。

 「いいから」

 彼女は理由を話してくれる気はないらしい。そっちがその気なら、と月代はわがままを言ってみた。

 「…新月って呼んで」

 「はあ?」

 「………………」

 「………………」

 「………新月」はー、とため息まじりに呼んだ。嬉しい。

 「はーい」

 「明日の九時ね。車が来るから」

 「わかったよ。じゃあ、明日ね、満月」

 微笑んでみせると、望は不機嫌そうに顔をしかめた。そのときようやく月代の顔を正面から見た。



一話一話が今いち短いですが、切りが良いので。

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