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満月と新月  作者: ミノマ
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 木々が早朝の日差しを浴びる。裏山へそのまま続く園庭は、小さい家なら二、三軒建つくらい広く、よく手入れされていた。敷地には建物が二棟。母屋と、少し小さい離れがある。

 母屋から出てきた人影が、木戸を押して外へ出ようとした。

 すらりとした体躯にさっぱりした顔立ち。けっして美形ではなく、どちらかというと地味だが、中性的な雰囲気とさばさばした性格、それと体育の授業で見せる抜群の身体能力は、少なくない数の女子高生たちのあこがれの視線を集める。その名前を園原そのはら のぞむという。

 今は長身をかがめて、あたりを伺っている。誰の人影も認められないと思ったのか、ようやく歩き出そうとした矢先、


 「満月ーっ」


 がさりと目の前の茂みから、新たな人影が飛び出してきた。

 びくりと身をすくませた望は、その影が知った人物のものであることを視認して肩を下ろしたけれど、その人物に会いたくないがために隠れていたのでそのまま肩を落とした。

 「新月」

 「おはよう、満月」

 望が新月と呼んだ人物はにっこりと笑った。どうして同じ人間なのにこうもかわいらしい顔立ちになるんだろうと望は思う。化粧も何もしていないのに、下まつげまでぱっちりしている。うなじを隠すくらいの長さの髪は、色素が薄く、ゆるくうねっている。

 「お、おはよう…」

 「ランニング?」

 と、新月が聞いたのは、望がタンクトップと短パンを着用していたからだ。実際その通りだったので頷く。

 「駅まで走って行って、着替えて学校」

 「美智子おばさんのとこ?」

 「そう」

 望たちがいる家から駅まで、ランニングで一時間くらいかかる。バスももちろんあるけれど、体力作りも兼ねて、毎日走り込んでいる。駅の近くには親戚が住んでいて、毎朝立ち寄ってはシャワーを浴び、置かせてもらっている制服と鞄を持って学校に行くのが常だ。何かと世話を焼かせている叔母夫婦も、望の監視を命じられているのだからギブアンドテイク。毎日顔を見せることで彼女らの目的は果たされている。

 「学校かあ、そろそろ行かなきゃだよねえ」

 と、新月が上を向いて言った。

 「学校行ってないの!」

 そう言えば、望がいつ帰っても家にいる。一体何をしているんだろうと思わないではなかったが、それ以上にできるだけ関わるまいとしていたから、取り立てて気にしていなかった。

 「うーん」

 しばらくうなる新月を見ていたが、そんなことをしている場合ではないと気がつく。

 「じゃ、じゃあ、行くから」

 「うん、行ってらっしゃい、満月」

 天使の笑みってこういうものだろうか。新月本人に言うと、多分嫌がるけれど。


 旧家の跡取りとして、何不自由なく育った。幼くして母親を亡くした少女に、父親が引き合わせたのは同じ年の男の子だった。入り婿の父親が同郷のよしみだと言いながら、住み込みで雇い入れた庭師の、一人息子。彼らはすぐに意気投合し、毎日のように一緒に遊んだ。

 数年後、少女が父親の仕事の都合で家を離れることになって、あいさつもできずに二人は別れてしまった。後に少女が屋敷を訪ねてみても、離れもろとももぬけの殻。もう会うことはないんだろうと、なんとなく思っていた、けれど。

 やがて高校生になった少女は一人暮らしをすることになった。もともと屋敷が空き家なままであることを彼女の祖母がよく思っていなかったのもあって、叔母のもとに頻繁に顔を出すことを条件に、いまだ仕事で遠方にいる父親をおいて、屋敷に一人で住むことを許されたのだ。

 彼女がそこを訪ねたのは五年ぶりだった。業者による手入れは頻繁にされていたらしく、屋敷は、住んでいたときと少しも変わらない。これから一人でそこに住むのだと、想像もつかなかった。

 この木、あの子と背の高さを競ったあとがついている。

 刃物で削ったあとが、まばらについている木の幹を少女が撫でた、そのとき。

 「満月?」

 聞こえた声に顔を上げた。そこに立つ人物は、一瞬では分からなかったけれど、彼女を満月と呼ぶのは一人しかいない。まさかという気持ちで、目の前の少年を当時のあだ名を呼んだ。

 「…新、月?」

 庭師の一人息子(・・)あたらし 月代つくよは、屋敷の跡取り()である彼女、園原 望に向かって、にっこりと笑いかけた。

 「ひさしぶり、満月」



 「……それ、脚本の話、だよね?」

 冷静に尋ねられて、はっと望は我に返った。こんなところでこんな話をしてどうする。

 「そ、そうそう!突然再会した幼なじみ二人、魔法のように現れた少年の正体は!?って感じ、どう?」

 慌てて取り繕ったが、目の前のリツカと桂子かつらこはどこかじとっと彼女を見ている。もともと望は脚本の話なんて一度もしたことなかったのだ。彼女が手伝うのは撮影と編集だけ、内容について話し合うのは別の部員の仕事。いきなり整然としたストーリーを語る彼女を不審に思っても無理はない。

 「良い。」

 「お」

 助け舟は望の背後から現れた。

 「それ、良い」

 「カントク」

 実際監督なのだけれど、あだ名がもはやカントクになってしまっているその男子生徒は、字がびっしりと書かれた手帳を取り出して、何やらメモをしながらぶつぶつ呟き始めた。

 「新月は、過去から来たんだ」

 どうやら、本格的に次の映画の構想に取り入れてくれる気らしい。

 「いつかは過去に帰ってしまう」

 「月でもいいかもよ、せっかく名前が月にちなんでるし。男女逆転版かぐや姫、みたいな」

 「あー最近流行ってるよね、男女逆転」ドラマとかでさ、といくつか作品名を列挙しながらリツカたちが話に乗っかった。

 「……いや、過去がいい。暦は月に関係している。ラストシーンで二人はそれぞれの場所で月を見上げるんだ」

 「そう?ならそれでもいいけど」

 いろいろはしゃいで案を出すけれど、基本的に決定権はカントクにある。カントクが立ち上げて、カントクが監督をする部活だからだ。

 「も、もうラストシーンまで考えてるんだ…」

 「うん。園原、これで撮るぞ、いいな」

 お得意の、眼鏡をくいっと押し上げるポーズで念を押されては、彼女が否定する余地などありはしない。

 「う、うん…」

 さきほどまで不審に思っていたことも忘れたように、リツカと桂子は彼女の背を叩いた。

 「やったねノゾミ、クレジットに載るじゃん」

 「『原案 園原望』、いいねえ」

 なんだか妙な話になってきたぞと、望は心中穏やかではない。


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