第7話 アホの子襲来(後編)
そんなわけでエルと一緒に崖を登る人間二人をぼうっと眺めているわけだが、よくよく考えてみるとここで見てていったいなんになるんだろ言う気分になってくる。
見れば彼らが登っている崖の上には洞窟のようなものがあり、おそらくはあそこに何かありそうだからそこを目指しているのだろう。
ダンジョンの中にはゴブリンたちが経営してないものも存在し、そういうところには人間が隠した宝物などがある場合がある。
それに、魔物の隠れ家、特にドラゴンなどは宝物を収集する習性があり、特に高山に住むものが多い種なので高い山の洞窟と言うのは結構いい稼ぎ場であることも多い。
ただ、必然的に冒険者もそういうことをよく知っているので低ランク地域の高山は荒らされてしまっているのが普通だ。
だから洞窟を狙う場合は高ランク地帯に出かけなければならないということになるが、今回彼らが来ているここは上級者向けの高ランク地帯だからその最低条件はクリアしている。
洞窟の中になにか残っている可能性も高い。
貴族少年も執事青年もその登り様から見るにかなりこういうところに慣れてそうではあるが、命綱などは使っておらず素手で崖を登っている。
地球で見たら正気かと尋ねるようなそんな姿も、この世界では相当な実力さえありさえすれば問題はないと判断される。
チートなのは貴族少年だけかと思っていたのだが、やはり執事青年の方も微妙にチート補正が入っているのかもしれない。
だからきっと問題なく登りきるだろう。
と、思っていたところ、
「あっ」
とエルが声を上げた。
見ると執事青年の方が足を踏み外し落ちかけているようで、頑張って貴族少年がなんとか一発状態で踏ん張っている。
「……ここで彼らもおしまいか」
そう私が言うと、
「いやいやいや! だめ! 助けに行くっ!」
と言ってエルが突然変身して貴族青年たちの方へと飛んで行った。
その態度は非常に正しいし、出来ることなら助けてあげたい、という気持ちは私にもある。別にいくらチートに関わりたくないとは言っても率先して死んでほしいわけではないし、エルの想い人なのだからまぁ、私にかかわらない範囲で妹とうまくやってほしいものだとおもう。
ただ、エルのとった行動はただ一点、大きく間違っていると言えた。
なにせ……、
「エル……皇竜の姿で行ったら攻撃されるって考えようよ……」
シリアスになるべきこんな事態に至っても、やっぱり妹はアホの子だった。
◆◇◆◇◆
「……おねえちゃん……どうしよう……」
案の定、近づいた途端に警戒され対空用魔法攻撃をこれでもかというほど浴びせられたエルは服をぼろぼろにして帰ってきた。
皇竜は大概の攻撃を無効化する皮膚を持っているが、服については変身しても伸縮して透明化するように作られているだけの強度的には通常のものである。
それなりに強力な魔法スキルで攻撃されれば燃えたり破れたりするのは至極当然の結末だった。
「次は良く考えようね」
頭を撫でながらそう言うと泣きながら「だって……ひっく……」とか何とか言っている。
まぁ頑張れ妹よ。
ちなみに貴族少年たちは突然の皇竜の襲来に驚き、一通りのお約束を果たして現在最後のお別れをしかけている途中であった。
端折りすぎ?
仕方ない。詳しく話すと、こんな感じである。
執事青年の腕を引っ掴みながらぎりぎりともう片方の手で崖のでっぱりを掴み耐えていた貴族少年は、ふと手元が陰ったのに気づき、何者かの存在かに気付いた。
上を見ると、
「……!? 皇竜!? 俺は皇竜になんか恨まれてんのかよ!」
残念。愛されてます。
貴族少年の叫びを聞き執事青年も皇竜エルの存在に気付いた。二人とも気付くと同時に攻撃魔法を放っている。いい判断だと言えた。相手が皇竜でさえなければ。
そして魔法が効かないと気付いた時点で恐慌に陥ったり自分の持っている武器を投げたりするのが通常の冒険者の反応なのだが、この執事青年は少し違った。
皇竜に自分も主も勝てないという事実を魂の深いところにトラウマとして刻み込まれている彼はその瞬間に諦め、主に逃げることを勧めたのだ。
「坊ちゃま……ここで私の命は終わりです。手を放してください」
「そんなのだめだ!お前は言っただろう!俺がこの国を変えるのを、見たいって!お前だけなんだ、俺には!」
「いいえ。坊ちゃま。私は見ております。空の上から、あなたの本当のお母様と共に……きっとフェリス様はお喜びになりますよ、あなたは、強くなったと」
「……!?何を言ってる!俺の母上はリリス母様じゃ!」
「いいえ。リリス様は……坊ちゃまのことを深く愛されていますが、あなたのお母様とは違います。本当の坊ちゃまのお母様は、天の国よりお館様に嫁がれた特別な方……七年前の闇の軍勢との戦争で自らの命を犠牲に……」
「そ、そんなっ」
以下割愛。
だってなんだかチート風貴族少年の出生の秘密とかいろいろ明らかになっていって面倒くさいんだもん。
ともかく、いろいろあって絶対に手を離さない覚悟を決めてしまった貴族少年に「坊ちゃまに仕えられて幸せでございました……ご使命を果たされませ」と非常に美しい笑顔で言った執事青年は自分の腕を隠し持っていた暗器で切り取り、崖の真下へと落ちて行った。
エルは次々と展開されていくチートストーリーに呆けていたが、落ちて行ったのを見届けてやっと正気に戻ったのか、「やっちまったー!」という顔をして慌てて地面に落ちた執事青年の行方を追った。
崖下の執事青年はまだ死んではいなかった。息はあったが、残念なことにエルはアホの子である。さらに皇竜という種族はすさまじいまでの治癒能力を持っているから、自らのために治癒魔法を習得すると言うことがない。したがってエルには彼を治すことが出来ず、焦ったエルは私のところにばっさばっさと飛んできて慌てている、というわけである。
ちなみに私は竜魔法以外に人間の魔法も極めていたりする。平凡な村娘Aとしては人間の魔法を覚えているのは極めてふつうであり、平凡なことだ。
だからエルは私を頼った。
「お姉ちゃん、どうにか助けて……」
「仕方ないなぁ」
いつもなら平凡な村娘Aなので、と言って断るところだが今日は妹のお願いである。
断るわけにはいくまい。
しかしだからと言ってこのままの姿で行くのもあれだ。いくら私がものすごく平凡な村娘Aに見えるとはいえ、こんな高ランク地帯にいたら明らかに平凡でなくなってしまう。それはまずい。しかも記憶は消したとはいえ一度はチート風貴族少年に顔を見られている。もう一度私の顔を見ることで思い出したりする可能性もなきにしもあらずだ。
私は仕方ないから変装して向かうことにした。
ちなみに変装は一瞬で済む。
私の指にはちょっとした指輪が嵌っており、これにはいろいろな服を収納出来て念じるだけで着替えが可能なのである。
どうしても姿を隠して人助けをせざるを得ないときになど使ったりしているこの道具、今使わずしていつ使うと言うのだ。
そうして神官風の長衣をまとって変装した私は彼らからかなり遠くのところから観察していたので、執事少年手前まで疾風のごとき速さで速さで近づくと、そこから急にスピードを緩めて手に錫杖を持ちつつ近づいた。
そして執事少年の横で泣きながら彼の名前を呼んでいる貴族少年に話しかける。
「オーウ。大ジョブデースカ? ワターシ、旅ノ神官ネ!」
「し、しんかん!? じゃあ治癒魔法なんかできるか!」
「出来ルーヨ。コノ青年ヲ治スネ? チチンプイプイホンニャカフンニャカ~」
訳のわからない呪文を唱えつつ、執事青年に治癒魔法をかける。無詠唱で出来るが流石にそれは怪しい。
ちなみにこの魔法は瀕死の人間も鼻血を出すくらい元気になる神聖治癒魔法最大奥義と言われる魔法である。
使える人間は現在この世界には私と、そしてこの世界で最も栄えているガートランド聖教会の大教皇と言われる人物しかいないが、まぁそんなことこの少年にはわからないだろう。
ちなみにこんな言葉遣いなのは悪ふざけではない。聖教会所属の神官は皆このようなしゃべり方をする。なぜなのかはよくわからないが。
ともかく、魔法を使うとキラキラとした星のような光が執事青年に降りかかっていき、血だらけの傷だらけでもういくばくもなかっただろうと思しき彼の命の灯が突然燃え上がったかのようにもとに戻り始める。
そうしてしばらく経つとすべての傷はふさがり、執事青年が奇妙な顔をして起き上がった。
「……? 私はいったい……死んだのですか。これは夢、なのですか!?」
そんな青年に対し、貴族少年は泣きながら言った。
「馬鹿……生きている。お前は生きてるよ……!」
そうして事態を把握した執事青年は信じられないような顔で貴族少年を見た後、おそらく原因だろうと思しき私の顔を見て何があったのかの説明を求めようとした。
しかしそんな空気を敏感に感じとった私は、さっさとこの場から去るべく、
「オーウ、神サマガ呼ンデルネー!ジャアネ!」
と言って走り去った。
まぁ、もう大丈夫だろう。また崖を登るのかもしれないが、何が悪いってエルが近づいたのが悪い。それすらなければ彼らは普通に登り切ったはずだ。
だからエルの下まで戻った私はエルに言った。
「帰るよ」
「え、なんで!」
「いや、今日はさすがに日が悪いでしょ。また余計なことして同じことになったら気分悪いじゃん」
「……うん」
エルはアホの子だけど聞き分けはいいし素直なのである。自分の責任でああなったことは誰よりもよく分かっているだろう。まぁ、全体を把握してるのは私とエルだけなのでそれは当然だが。
「まぁ、ショタ攻略はまた今度ね」
「……違うのにっ」
「そうなの? まぁ、元気にしてあげたいって言っていたのが本当ならもうそれは達成できたんじゃない? 執事青年が復活して泣きながら笑ってたし。貴族少年」
「……そっか」
それに納得したのかエルは皇竜に戻って「家に帰る……」と言った。
私は飛ぶのが面倒なのでエルの背中に乗っかる。嫌とは言わせない。というかエルは言わなかった。
まぁ、事態解決のおだちん変わりだと考えているのだろう。
家――つまりは私の村の小屋――に帰るまでの間、私は考える。
「結局、貴族少年たちは何を求めてたのかしら……」
しかしそれはひょんな事から明らかになる。
◆◇◆◇◆
あれから何か月か経ったとき、エルから王都に行こうと誘われた。
そろそろ薬の材料ストックも切れてきたことだし、と思った私はそれに了承してエルの背中に乗って王都までやってきたのだが、王都中心の商店街で繰り広げられていたのは考えもしなかった光景だった。
そこは戦場だった。
たくさんのおばちゃんたちが恐るべき勢いで一軒の店に押しかけていた。
そしてその店の店先にはなんとあの執事青年が立って客を呼び込んでいるのだ。
驚いた私は首を傾げてエルにどういうこと、と目で聞く。
するとエルは興奮気味で言った。
「あれが、あれこそが今、王都一と言われる漬物専門店、『つけもの貴族』だよ!!いろいろ珍しい野菜を漬けてて、それが全部すごくおいしいんだー。でもちょっと前に店主がダンジョンに行って体調を崩しちゃったらしくて、しばらく閉めてたんだよね……。でもあの漬物の味はあの店しか出せない!だからどうしても、どうしても元気づけたくて!」
唖然としながら店をじっと眺めていると、執事青年だけではなく、貴族少年も出てきた。
つまりあれはあの二人の店なのだ。そしてエルが貴族少年を元気づけたいとか言っていたのは性欲の発現としての恋愛感情によるものではなく、食欲に基づくもので……。
あきれてエルの方を振り返ると、すでにそこにエルの姿はなく、店のおばちゃんたちに交じって漬物購入に奮闘していた。
店先に貴族少年の声が響く。
「これは新作!新作だよ!!あの高レベル高山、ツーラス山の黒竜の巣にしか生えない野菜から作った漬物だ!!今なら金貨二枚から!どうだ奥さん、買わないか!!」
見ると、茄子によく似た形をした漬物の入ったビニール袋を持って少年が叫んでいるところだった。
エルが「買った!!」と金貨を投げたところまで見てため息をついた私は、そのまま薬の材料の仕入れのために王都の中心部に向かう。
エルのことは放っておこう。
だってアホの子なんだもん。
今回のことを通じて、私は心底そう思ったのだった。まる。