第6話 アホの子来襲(中編)
……ガサゴソ。
……ガサゴソゴソ。
「……ねぇ、本当にアレ?」
「あれだよっ!」
「えー……うっそー………趣味わるー……」
さて、私とエルが何をしているか。気になるところだろうと思われる。
それについては詳しい説明をすることは吝かではないのだが、その前に私とエルの恰好と、いる場所から説明しよう。
まず、エル。
服は全身まだらっぽい模様の深緑のもので、そのところどころに草や枝がくっついて伸びている。
また顔には服と同色のペインティングがほどこされ、エルの生まれ持つ美しさは見る影もなく残念なことになっている。
このままだと彼女は森に同化してしまうか特殊部隊への入隊を目指すかのどちらかの道を選ぶことになるだろう。私としては前者の方が面白そうだと思うので、彼女の足に土をかけてつつ根が生えてくることを祈ってみる。
「……なにしてるの?」
「根が生えないかなって」
「妹に言うことじゃないよ……」
「そんなことよりあれって何してるところだと思う?」
「……なんだろ」
草むらに隠れる私とエルの視線の先にはもうここ数週間ですっかりと私の人生の準レギュラーと化してきているあのチート風貴族少年とそのお付である美貌の執事青年が急峻な崖の上を一生懸命登っているところだった。
その様子は一昔前のエネルギー補給型飲料のCMのようで今にもあの言ってはいけないセリフを言わなければならないようなシチュエーションに置かれそうである。今のところは危なげなく上っているが、いつそのような状況に至るのかと気が気でない。もっというと楽しみで仕方ない。
「人の不幸を願っちゃいけないんだよ」
「そんな純粋な少年少女のようなセリフを言われるとは思わなかったわ……で、どっち?」
「え?」
首を傾げるエル。
「どっちかと付き合いたいんでしょ?そういう話だったじゃん」
「そそそそそんなこといってないよっ!なんでそんな話に!?」
そう言ってエルは物凄い勢いで首を振り出した。もうすこしでぽーんと首だけ空に飛んで行って飛頭蛮になってしまいそうなだ。もしそうなったらちょっと楽しいかもなぁと思わないでもない。
なんで彼女がこんなに慌てているかというと、私の発言故なのは間違いないだろう。
ついこの間のエルのお願いとやらを聞いてみたところ、なんと最近気になる人がいるのなどと言い出した。
その明らかに恋する乙女風の物言い。
これは私に恋のキューピッドになれとかそういう前ふりなんだろうなと思った私は根掘り葉掘りかわいい妹を誑かす馬の骨の骨密度などに至るまでの情報を聞き出した。
曰く。
彼はとっても美男子で、魔法的才能も剣技の才能もずば抜けている将来有望な男なのだという。最近随分気落ちしているようで、それではとても困るからどうにかして彼の心を慰めて以前のような元気な姿を見せてほしい、そのためにどうにか協力してくれないものかと、つまりこういうことなのだ。
もうどう聞いてもフォーリンラブな妹に、相手の記憶をにょーすることばかり考えていた私は自分の心の汚れ具合を反省した。
純粋無垢とはこのことである。私は妹のラブと愛と恋とに協力することに決めたのだった。
ところでどこらへんにその噂の“彼”がいるのかと聞いたところ、現在、非常にランクの高いと言われている山岳地帯に出張中らしいということがゴブリン会社情報部の方々からのリークにより明らかになった。
まだそれについて相談する前に私に直接もたらされた情報と、その内容の質に正直驚愕を隠すことは出来ない。
妹は私に「こんなこと話すのはおねえちゃんがはじめてで……」などと頬を赤らめながら打ち明けてきたのである。つまり妹はその情報を私以外にまだ何も話していないのだ。にも拘らず……
いや。深く考えてはいけない。ゴブリンさんたちはそのようなものなのだ。きっと妖精さんなのだあの人たちは。たしか堕ちた妖精がゴブリンになるとかそんな説もどこかにあったような気がするよ……うん。
ともかく、そんなわけで私とエルは皇竜のちょっと人間離れした人外すらも外れきった驚異的な視力を行使して、噂のチート風貴族少年たちを観察していた。
「で、結局どっちなの?」
私の結構なしつこい質問に、とうとう妹は根負けして答える。
「……小さい方」
「ショタか……」
妹の性癖に驚愕を隠せなかった。
そんなことになっていようとは。
家出してからあんまりかまってやれなかった姉の責任を感じずにはいられなかった。
妹がいる人は、ちゃんと正道に進めるようにしっかりと教育を施してほしいものだ。
残念ながら、うちは手遅れだけど。
ちなみに妹の見た目は少なくとも前世地球でいうところの女子高生くらいの感じである。見た目迫力美少女なのでもう少し上に見ようと思えば見えなくもないし、実際そう見る人も少なくはないだろう。
それなのに、ショタか……。
私は妹を見ながらため息をついた。
妹はそんな私を見て焦りながら「ち、ちがう!ちがうよっ!!」などと言っている。
怪しさ爆発だった。