第5話 アホの子来襲(前編)
「おねええええぇぇぇぇぢああああぁぁぁぁぁぁんんん!!!」
ずるずるずる。
「びえええええぇぇぇぇんん!!!!おねええええぇぇぇぇぢああああぁぁぁぁぁぁんんん!!!」
ずるずるずる。
……え?
足もとから女の子の泣き声が聞こえる?
いやいや、気のせいでしょ。
確かにさっきから足がちょっと重いし、スカートも伸びてるけどさ。
それはほら、ちょっと私の足元だけ局地的に重力が増したとかそういう理由だよ。
決して村で私がお出かけするときに助手として働いて貰っている私の妹のエルフローネ・ベルンシュタインが泣きながら私のスカートと足にしがみついている訳じゃないんだって。
そもそも私には皇竜の妹なんていないよ。だってほら、私は平凡な村娘Aだからね!
とはいえ……、
「びえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「うっさいわああああああああああ!!!!!!!!!!!」
バコォン!!!!
流石にそろそろ五月蠅くなってきた私は、思い切りフライパンで頭をたたいた。
「いだいぃぃぃぃぃ!!!!いだいようぅぅぅぅ!!!!」
エルはたたかれた部分を抑えてしゃがみこみ、泣いた。
ざまあみろ。ふふん。
しかしそれにしても私のあんまり手加減なしな殴打を受けて形を保っているどころかちょっとしたたんこぶが出来たくらいで済むとは流石に世界最強種族皇竜の血を継いでいるだけある。
丈夫さは魔王よりもあるらしい。
魔王はフライパンで叩いたら死んじゃったからね。いや、昔の話。いやいや、そもそも私が魔王なんて倒せるわけないしね。一般人だし。
「で、なんだったっけ?」
そろそろ無視するのも飽きた私はやっとのこと妹であるところのエルに向き直ることにした。
こんなアホの子でも一応は血を分けた可愛い妹である。
いくら私でも妹はそれなりに可愛い。
エルは涙を浮かべたまま、上目づかいでこちらを見た。
彼女の容姿は平凡な見た目の私とは全く異なる。
最高級の絹すらも霞むほど艶のあるさらさらの銀髪に、一目見ればどんな生き物も魅入られるだろう碧眼。雪よりもなお白い白磁の肌に、華奢でいながら出るところはしっかり出ている美しい曲線を描くスタイル。声は囀るナイチンゲールのようであり、また仕草はどこに出しても恥ずかしくない気品を備えている。
まさに絶世の美少女。神の創り上げた最高の芸術であると言っても過言ではない、そんな子なのである。
「しかし内面は残念ながらアホの子だ。さっきからビエビエ私の足元で泣きわめいていたことからもそれは明らかである」
「ちょっと!お姉ちゃん!声に出てる!声に出てるよっ!」
「聞かせるために言っているんだから、ちょっと黙ってなさい」
「理不尽!!理不尽すぎる!!遠路はるばるこんなところまでやってくる妹のこともうちょっと労わってくれても!!」
そんな風に姉妹漫才をしていると微妙に心が和む。
なにせ私にはもう両親はいない。
この妹だけが私の肉親なのだから……。
「……お父さんもお母さんも生きてるよ。ねぇ」
「……意外」
「いやいやいや!!!確かに一時、危なかったけどね!!主にお姉ちゃんのせいで!!!」
「一体何の話を……」
「家出するって言った時に立ちふさがった二人を完膚無きにまで叩きのめした上で止めにとブレスを五発放っていったのは誰だったか忘れたのかな!?」
「覚えてるよ。だから生きてるの、意外だなって」
「血も涙もないよ!!!」
そういえばそんなこともあったなぁと遠い目になった私。
いや、私は悪くないのだ。そりゃあ、肉親を手にかけるなんてことはあってはいけないだろう。
けど、私は平凡に生きていきたかったのだ。山奥の山村とかで。
それを滔々と両親に語ったところ、二人そろって大反対した。
曰く、「貴女は皇竜一族始まって以来の力の持ち主なのよ!大きくなったら竜王になるんだから、平凡なんて言っちゃダメ!」とか「お前は歴史上最強と言われる俺の力をすら超える可能性のある皇竜中の皇竜なんだぞ!何があっても家からは出さん!!」とかなんとか。
そんなの私の知ったこっちゃない。
私は平凡な村娘Aなのだから。
なので私はゴブリンにいろいろなアイデアを売ったお金が銀行に振り込まれたのを確認した時点で家を飛び出ることにした。
ちなみに家は浮遊大陸とかいう伝説の大陸にある。
そんなの見たことないけどね。うん。一般人にそんなもの見る機会なんてあるわきゃない。
そんなわけで私は家出を敢行したのだが、ここで問題が発生したのだ。
両親とも本気で私のことを止めにかかってきたわけである。
「こうなったら貴女の手足をもいででもこの場に留めるわ!」とか、
「今なら俺の力でもお前を止められるだろう……すまない!!」とか言って本気で。
なんて酷い両親なのだろう。子供に攻撃を加えようとするなんて。
けれど残念ながら、私は生まれたときから力を抑えながら生きてきた。
それでも漏れ出ている力で両親とも私の可能性とやらを感じていたらしい。
そして未だ開花していない今なら私を止められる、とちょっとした勘違いをしてしまったらしい。
まぁ、気持ちはわからないでもない。
だから私はあきらめることにした。
両親と言う存在を。
「本当に戦うの?」
そういう私に両親は言ったのだ。
「命を懸けてでも止める!」
そうかそうか。じゃあ、ここでさよならだ。
そう思った私は二人を瞬殺した後、まだギリギリ息のあった二人に向けてブレスを放った。
浮遊大陸ごと消滅させるつもりで放ったので、もうきっとここでさよならだろう。
二人とも、生まれ変わりってほんとうにあるから、死んでも大丈夫だよ……。そんな気持ちでブレスを放った。
思い出してみてもあのときほど優しい心持になったことはない。
実際大陸はその日をもって消滅したから、二人とももうこの世界に影も形もないものと思っていたのだが……。
「確かにお家――浮遊大陸はもうないけど、お父さんもお母さんも生きてるよ」
「ふしぎー」
本当に不思議そうな顔をしてそう言った私に、エルがため息をついて言った。
「なんだかんだ言いながら手加減してたよね」
「え?そんなことはーないよ」
しらばっくれる私。
けれどエルは続ける。
「皇竜消し飛ばすには威力が足りなかったって二人とも言ってたよ」
まぁ確かにそうなのだ。
本気ではなかった。家は消滅させたけど。
恥ずかしくなってきた私は話題を逸らすことにする。
「そうだったかもね。で、結局何の用なの?」
そう、本題はそれである。
身代わりの店番なんて頼んだ覚えもないのに、なぜか今日やってきた。
そして足もとに縋り付いたエル。
何か用があるはずなのだった。
「あのね、お姉ちゃんにお願いが」
「却下」
「早っ!!」
がびーんという顔をする美少女なエルに私は精一杯の嫌な顔をして言う。
「だってめんどくさそう」
「いやいや、ほら、そこは可愛い妹のためにさ」
「こんなアホは私の妹ではない」
「ひどっ!!それはひどい!!」
「もう……一体何なのよ。早く本題に入れないの?」
「話題ずらしてるのお姉ちゃんだよっ!」
ぜーはー、と息を荒くするエル。
全く。アホな子ほどかわいいというのは本当かもしれない。
結局私はいくら渋っても言うことを聞いてしまうのだろう。
「だから妹でちょっと遊ぶくらい許されるはずだ」
「また声にっ!!」
そうしてエルは本題に入った……。