第4話 平凡なアルバイト(後編)
「………」
「………」
「………」
私たちは睨み合っていた。
互いの出方を窺い、予測し、そしてさらにその予測を予測し……。
お互いの持てるスキルのすべてを使ったその戦いは、あと数瞬、息を二つもつかぬ間に終わる……そんな緊張感が漂っていた。
「……じゃあ、いかせてもらうわ」
静寂を破る私の言葉。
私と相対するように構えていた二者は、ごくりと息を飲みこんで構えた。
私はゆっくりと手を伸ばし………、
「……これだぁーーーーーーーー!!!!!!!!」
――そのカードを抜きはなった。
見ると、それはスペードの3。
わたしの持っていた最後の一枚はハートの3。
そう、トランプは私の勝ちだった……!
「おいおい、またかよ……」
「フローリア姉ちゃん強すぎだよ……」
トランプを構えていた二人はため息をついてカードを投げた。
一匹はゴブリンメイジAさん、もう一匹はスライムA君である。
五階層ボス部屋で私たちは探索者たちが来るまでの暇な時間、トランプ(ババ抜き)をして過ごしていたのだ!
ちなみにトランプは私がゴブリンに提案し、生産してもらっており、魔物業界では一般的な娯楽として広く楽しまれている。人間は実のところこんな遊びがあることなど全く知らない。たまに魔物を倒すとカードを落とすことがある、ということは知っているし、カードを集めている者も少なからずいるのだがその用途を理解できていないのである。
私たちが使っているカードの数字は私が提案した関係上、アラビア数字で印字されている。だからこの世界の人間がよくわからなくても無理はない。それに数字は図柄がしっかり書いてあるのでまだしも予想くらいは出来るだろうが、それに更にキングやクイーンが混ざってきたらもう全然わからないだろう。
なぜ王様?
なぜ女王様?
しかも王子様も?
なぜなんだぁー!!なぜ魔物はこんなもの後生大事にもってるんだぁー!!!
という気分に彼らは陥っているだろうことは想像に難くない。
だからある程度研究も行われていて、
王族を侮辱しているのか!
とか、
いや、これは彼ら魔物の王を示しているのではないか!?
などと言った説も提唱され喧々諤々とした議論が王都の研究所で繰り広げられているらしいが、それでも未だ“ただの娯楽用品である”という結論に至った者はいないのである。
事情を知っているとばかばかしいというか笑えるというか面白いのだが、彼らはものすごく真剣だ。
そのうち私が村で広めようと思ってるのでまぁいいんだけどね。うん。
「お、嬢ちゃん。そろそろ探索者がきたっぽいぞ」
「相変わらずゴブリンメイジAさんは耳がいいよねー。何人?」
「足音からすると……男二人、だな」
ゴブリンメイジAさんは耳をぴくぴくさせてそう言った。彼は実は絶対音感の保持者で足音の特徴から性別、身長、そして筋肉の付き方まで判別してしまう天才なのだ!
ちなみに迷宮モンスターは副業で、本業は魔物医師をしている。治癒系魔法をもっとも得意にしており、つい先日『本職魔物医師が選ぶ、冒険者に瀕死にされたときに治癒魔法をかけてもらいたい魔物医師ランキングTOP100』で3位を獲得した非常に優秀な人なのである!
なのになぜ迷宮モンスターなどやっているかというと、薬を造るのに人間の血が少し欲しいらしい。マッドなサイエンティスト風のゴブリンメイジでもあるのである。
「男は服溶かしても楽しくないからなぁ……僕休んでていい?」
ゴブリンメイジAさんの台詞を聞いて、そう言ったのはスライムA君だ。
彼はエロい。とにかくエロい。女の子と見たら服を溶かしにかかることに命をかけている。
なぜ異種族である人間の女の子の服溶かしにそれほどまでにこだわるのかと聞いたところ、「――そこに女の子がいるからだよ」と答えたときは戦慄が走った。
しかし魔物の女性は彼の興味からは外れているらしく「フローリア姉ちゃんには興味ないから」と言われたときは安心を覚えたのと同時に妙に納得できない気分になったのを覚えている。
そんな彼はまだ成人に至ってないのでまだ家庭で養われている身分にある。しかし自分のお小遣いくらいは自分で稼ぎなさい!とのスライムママの申しつけに従い毎週日曜日にお仕事にやってくるのである。ちなみに曜日制も私が取り入れてもらった。カレンダーの見にくさに悩んでいたゴブリン会社カレンダー製作部の人に地球のカレンダーのレイアウトなどを教えた際についでにと取り入れてもらったのである。主に私の慣れた環境を確保するために!
「男でも戦闘不能にしたらボーナスが出るでしょー。頑張って働きなさい!私だってやりたくもないのにボスモンスターなんだかね!」
「フローリア姉ちゃんはバイト代5倍につられたんじゃん」
「………人助けのために私はやってるの」
「うわっ、しらじらしい~」
そんな心温まるやりとりをやっていたら、
「おい!来たぞ!構えろ!」
とゴブリンメイジAさんが叫んだ。
ボス部屋入り口の扉がごごごごご、とゆっくり開いていく。
すべて開ききったとき、そこには男性が二人立っていた。
一人は執事風の美形青年、そしてもう一人は、
「……あれ? なんか見たことある」
私がロボトミー手術よろしく記憶をいじり倒したチート風貴族少年Aだった。
*
いくら私がどこからどう見ても平凡な村娘Aにしか見えない普通の人間なのだとしても、このままの姿で戦う訳にはいかない。
なぜって、服が汚れるじゃないか。
だから私は彼らが入ってくる前にちょっとした変身を終えている。
どんな変身かって?
それはあれですよ。魔法少女的な。そう、魔法少女的なあれです。
決して本性を現すモンスター的なあれではない。
だから私の目の前で、
「な、なんでこんな低階層に皇竜がいるんだ!?おかしいだろう!?さすがに俺だって皇竜はまだきついって!」
「ぼぼぼぼっちゃん、逃げましょう!これはもう逃げましょうよ!!」
などと私の足もとでぎゃーぎゃー騒いで大わらわの二人の台詞など全部気のせいなのだ。
だって私は平凡な村娘A、皇竜などという下手をするとラスボスよりも強い超危険生物などではないのだから……。
ちなみに昔、転生勇者らしき青年が率いるパーティが魔王を倒したことがあったのだが、その後、皇竜一匹にあっけなく全員殺害されたという逸話がこの世界には残っていたりする。
こわいね!皇竜!私は普通の人間だけど。
ボス部屋で混乱に陥る二人に、地味にスライムA君とゴブリンメイジAさんが攻撃を加えている。
ぜんぜん効いていないところを見る、普段の彼らならこんな五階層なんて低階層など簡単にクリアできるのだろう。
それもそのはず、私はともかくスライムA君とゴブリンメイジAさんはもともとこの階層担当ボスモンスターであるゴブリンロードさんの取り巻きモンスターなのである。
だからぶっちゃけ超弱い。
もう、ちょっとした棒で頭を叩かれたり低レベル魔法で焼かれたりした時点で致命傷になりかねないレベルだ。
ゴブリンメイジAさんは治癒魔法については神の手クラスなのだが、五階層は高レベル魔法禁止区域だ。魔物はここではあまりレベルの高い魔法を使うことは禁じられているのである。だから彼は持っている能力を使う訳にはいかず、粗末な棍棒で必死に戦わなければならない。
まぁ迷宮モンスターの賃金は定期的にシフトに入っている人の場合はもともと持ってる能力を基準に決められるので、たとえ低階層で戦っているにしても彼のお給料は本気で戦ってる場合と同じだ。だから彼も文句はない。
そんなことを考えながらしばらく傍観していると、貴族?と執事?の二人は徐々に冷静になってきたようで、
「なんだかあの竜、動かないぞ……これはチャンスだ! さっさとゴブリンメイジとスライム倒して逃げるぞ!」
「お、おお、そうですな!その手がありましたな!」
……逃げる算段らしい。
ダメダメ。そんなのだめ。
私はボスモンスター権限を使い、部屋のディティールを途中逃走不可に変更する。
すると先ほどまで開け放たれていた部屋の扉はごごごご、と大きな音をたててしまっていき、完全に閉じるとそこには緑色のフィールドが形成されて触ることもできないようになってしまった。
これは探索者によく知られている現象で、主に迷宮深部の強力なボスモンスターがいる部屋で見られるものである。
決して五階層で見られるようなものではない。
本来ならこれもやってはいけないのだが、私は親方から厄介ごとを頼まれた関係上、ある程度は好き勝手にふるまってもいいと言われていたりする。まぁそこまで無茶をする気はない。通常の探索者にはこんなもの使わないし、いい感じに手加減して負けてあげたりしているのだ。
とは言っても今目の間にいる彼らについては別で、逃がすつもりはない。
執事の方はどうでもいいのだが、チート風少年については完膚無きにつぶすつもりだ。
できれば彼にはかかわりたくないのだが、ここまで来てしまった以上はそれは無理だ。
次善の策として、彼の未来をはく奪することを私は選ぶ。
大体チートに負けると仲間になるフラグとかが立ったりするのだ。
そんなフラグは力いっぱい叩き折っておきたい。
「ぼっちゃま……ここは逃走不可領域のようです……」
「そんなわけ……うわ、扉閉じてる!」
やっと気付いたのかそんなことを言っている。
すでにゴブリンメイジAさんとスライムAくんはぼこぼこにされており、体が徐々に消滅していっているところだった。今から裏方に転移するのだろう。うん。君らは頑張ったよ。あとは私に任せておくれ。
「……人間よ、我が住処を騒がせたのは貴様たちか!!!」
そんなことを言って、がおー、と吠えてみる。
びりびりと部屋が震えた。
ボスモンスターにはそれなりの演技力も必要なのである。私の住処、迷宮じゃなくて辺境の山村だからね。うん。
貴族と執事はその私の咆哮で動けなくなってしまったらしく、目を見開いたまま止まっていた。
私は容赦なんてするつもりは一切なく、そのまま攻撃を開始する。
――平凡なファイアブレス。
ぼおおおおおおおお。
――平凡な氷結系竜魔法。
かっきぃぃぃぃん。
――平凡な前足の爪による薙ぎ払い。
ぱりぃぃぃぃぃん。
「……あれ?」
いつの間にか、目の前にいたはずのチート系少年は粉々になっていた。
目の前で行われた所業に絶望的な表情を浮かべる執事青年。
「ぼ……ぼっちゃま……」
そしてぎらりと私の方を見ると、憎しみの目を向けて私にかかってきた。
見ると暗器を多く駆使した戦闘スタイルで、お前は本当に執事か?と聞きたくなるくらい洗練された戦いぶりだ。
まぁ私は一切ダメージを受けないわけだが、頑張りは認める。
そんな彼は戦いながら言う。
「よくも……よくもぼっちゃまを!あの方は……あの方はこの間ようやく回復されたばかりだったのに!」
「……回復とは?」
気になった私はそう聞く。
「……どこかの村に行ってから、ぼっちゃまはおかしくなられてしまった。平凡な村娘を見ると酷く怯えたり、心の平穏のためなどとおっしゃりながら糠漬けを漬け始め、毎日糠を混ぜるときだけが心が安らぐと……あの方は、あの方の精神はやっと最近よくなってきたばかりだったのに!!」
どうやら、にょーしたことが彼の精神に深刻なダメージを残したらしかった。
にょーしない方がよかったのだろうが……まぁ私の平穏な生活のためには仕方のない犠牲だったのである。
あきらめてほしい。それに言葉を発することができるだけよかったではないか。
ほら、廃人になる可能性も結構あったわけだし……。
そんな気持ちを込めて、私は執事に言ってやった。
「それはおめでとう」
その一言がひどく彼の気に障ったらしく、額に浮かんだ血管が更に濃くなる。
いや、言葉の選択を間違えたと思うけど、本心だったんだよ。
決して馬鹿にしようとかあざけろうとかそういうつもりはなくて……。
言葉って難しいね。
「この魔物め! 貴様など私が倒してくれるわ!」
そうして彼は渾身の力を振り絞って向かってきた。
けれど、
――平凡な前足による薙ぎ払い。
「ぐぼっ」
――平凡な前足による薙ぎ払い。
「げはっ」
――平凡な前足による薙ぎ払い。
「ぐげっ」
……そうして、彼はスプラッタな感じになって、迷宮の闇に消えていったのだった……。
力なき正義は虚しいものだって、誰かが言ってたような気がするよ……。
もとに戻った私は、それから回復したゴブリンメイジAさんとスライムA君を再度召喚し、トランプを始めたのだった。
ちなみに、だけども。
殺してないよ?
どう見ても死んでたよ!粉々とスプラッタじゃん!
という声が聞こえてきそうだが、声を大にして言いたい。
それは違うのである!
前に迷宮で魔物は死なない、と言ったが、低階層のボス部屋における探索者も似たような状況にあったりするのである。
つまり、五階層のボス部屋で致命傷を負っても探索者は死なない。
五階層ボス部屋で殺されると迷宮の外、迷宮都市中心街に存在するハルモニア神教会というところで『おお勇者よ死んでしまうとは情けない』状態で蘇るのである。
ちなみにハルモニア神教会には許可を取らずに勝手に蘇生・転移させている。初めて迷宮で死亡したはずの探索者が教会で復活した時はハルモニア神教会の信徒たちは神の奇跡だと涙を流して祈りをささげたという。なので迷宮都市ではハルモニア神教会の信者が比較的多かったりする。
昔は……というか私が迷宮清掃員として働き始めるまでは例え五階層でも負けると死んでしまうのが普通だった。しかし、あんまりにも初心者死亡率が高いので私がおお勇者よシステムを提案したところゴブリンのオーバーテクノロジーで実現されてしまったのだ。
実際このシステムを取り入れてから迷宮探索者の平均レベルが上昇し、質のいい神力をより多量に回収できるようになったので概ね好意的に受け入れれられている。
そんなわけで、ここでどれだけ探索者をズタズタにしても大丈夫なのである。
ただだからと言って探索者も無茶にボスに挑んだりはしない。
蘇りはリスクゼロではない。記憶は飛ぶし下手をすると精神に多大なる影響がある。また集めたアイテムもなくなる。さらにハルモニア神教会より毎回寄付を求められる。
曰く「神の御慈悲により蘇ったのです。寄付は当然」だということらしい。
神は守銭奴なのである。
そういう訳なので適正な強さになるまでは無理はしない、というのが賢い探索者である。
あの執事がブチ切れたのはこの辺に理由があるのだろう。
精神がどうにかなってしまって回復したばかりなのにまた記憶が飛んだり精神がどうにかなる危険をあの少年に負わせることにるのが耐えられなかったわけだ。
気持ちはわかるがだったら迷宮なんかもぐらなきゃいいのになという気がしないでもないが……。
まぁいっか。
今度もチート風少年の精神が正常のままであることを切に願う。
漬物を漬けるくらいいいじゃない。
それから私は何組かの探索者を相手にした。
と言っても勿論無茶はしないで手加減してちょうどいいところで敗北してあげた。
いくら攻撃されても傷は負わないからこう、血糊的なものとか、「ふっ……やるな……ぐふっ」的な演技を披露したりとかして結構うまくやった。
新米冒険者が「皇竜をこんなにレベル低い状態なのに俺勝っちまったぜヒャッホー!」と調子に乗られても困るので最後の最後に「実は皇竜は幻覚で本当のところ君たちが戦ったのは大変弱っちいモンスターだったんだよ☆それなのに苦戦しちゃってかっこわるぅ!てへ☆」的な演出をするのも忘れない。
私、女優。いや、平凡な村娘Aなんだけども。
そうしてすべての業務を滞りなく終えた私は迷宮裏方に戻ってお昼を食べ、賃金をもらった。
「また頼むわ」
などと言う親方に、
「平凡な村娘はふつう、ボスモンスターなんてやりません!」
と言って丁重に断っておいた。
すごく微妙な顔をしていたがあれは「お前のどこが普通なんだ」とかいう顔ではないのである。
きっと私の口にお弁当に入っていた海苔がついてたとかそういう感じなのである。
蛇足かもしれないが、ゴブリンが通貨として使用している貨幣は古代に人間が鋳造したもので、今の世にはなかなか出回っておらず、地上ではかなり価値が高い。これがこのバイトが割のいい理由だ。
ゴブリン製品についてはこの通貨でないと購入できないのだが、私はモニターとか製品開発とかに結構かかわっているので殆どただで貰えるのでそういう心配はいらない。
よし、午後からはお買い物をすることにしよう。
労働の対価のじゃらじゃらと入ったお財布を手に持った私はそうして迷宮を後にしたのだった。まる。