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竜姫はチートを望まない  作者: 丘/丘野 優
第2章~迫害系チート少女編~
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第29話 どれほど強くなったか

 そして気づけばそこは王都だった。

 意識を張ってみれば、そこら中に戦乱の気配が漂っていることが分かり、あぁ、ここはなんて面白そうなところなのだろうかと、以前では考えられないような高揚した気分をしている自分に戸惑った。


「……どうだ、王子さま? 気分は」


 アルバスがそう尋ねたので、答える。


「最高ですよ……」


 言葉に歓喜と震えが宿り、それを聞いたアルバスは満足そうにうなずいた。


「これで修行も完了ってな。お前は自由だ。俺は俺で用事があるからちょっと離れるが……おっと、その前に、近くにいるな・・・・・・。とりあえずあれをどうにかしてからにしようか」


 目的語の削られた会話だが、それが何を示しているのか今のアルイードにははっきりと分かる。

 王都に満ちるいくつかの怪しい気配。

 以前ならそれがなんなのか、いや、そもそもその気配にすら気づくことは出来なかっただろう。

 しかし今のアルイードにはありありと理解できる。

 あれは、自分と同じものだ。

 人には備わっていない魔力の理を身に宿した化物たち――魔物である。


 あれを倒せるのは、強者と、そして人ではない何者かだけだ。


「どれからいくか……あぁ、どうやら他のところにはお前の友達連中がいっているな。近場の奴にしよう。行くぞ」


 アルバスがそう言ったので、アルイードは霊の理の力を発動し、その後を追った。


 ◆◇◆◇◆


 それからのことは、もう既に語ったところだろう。

 アルイードは妖魔――吸血鬼の攻撃を受け、そして戦い始めた。

 

 途中、吸血鬼はアルバスを馬鹿にしたが、アルバスは今のアルイードから見てもはっきりとそれと分かる化物だ。

 あの人を鼻で笑えるものなど、今に至っては一人しか・・・・思い浮かばない。

 本来なら一人いる、と言うだけでもおかしい気はするが、しかしその一人は今さらながらに認識したが、紛うことなき化物だ。

 彼女から感じていた気配、動き、存在感。

 以前なら分からなかったそれは、今のアルイードにははっきりと理解できる。


 その気配は強大で、恐ろしく、そしてどこまでも無軌道で――善悪すら宿していない方向性のない力の集約点である。

 そんなものがこれほどまでに近くにいたとは、考えもしなかった。


 感覚が伝える。


 彼女は・・・今、空にいる。

 上から自分を見ている。

 笑いながら。

 人ならざる者にのみ許される余裕ある微笑みを浮かべて。

 そのことが、アルイードには分かっていた。


 アルイードは学院において、彼女とは同じ班に所属する学友である。

 普通だったら、助けてくれてもいいはずだ。

 しかし、実際には彼女は手を出さないだろう。

 彼女はそういう人なのだ。


 ただ、それでも――彼女ほどに、アルイードにとって望ましい友人もいなかった。

 彼女が、たった一人、それまでのアルイードの人生において一人も存在しなかった、対等に接してくれた人なのだから。

 そして、彼女のお陰で、同じ苦しみを抱える二人の友人を得て、さらにアルバスと言う師を頂くことが出来、さらに……シノという、想い人まで持つことが出来た。

 彼女に対する感謝の念は、どこまでもやむことが無い。


 そんな彼女が、アルイードの戦いを見ているのだ。

 情けないところを見せるわけにはいかない。

 

 そしてその想いに一つ付け足すとすれば、ここであまりにも情けない戦いをして、アルバスとシノにがっかりされるのも嫌である。


 だから、アルイードは本気で、戦うのだ。


 身に着けた霊力を十全に使い、本気で。


 霧のようにアルイードの体から噴き出す、薄い白色に染まったその力は、アルイードを包み込み、その体表に薄く伸びて張り付く。


 この状態こそが、霊力によって最も効率的に戦える状態――霊纏イマゴ・カプレとアルバス達、霊魔が呼ぶ基本的な霊力操作技術であった。


 その効果は単純にして絶大であり、身体能力の大幅な増加である。

 厳密に言えば、身体能力を増加させている、と言うよりは、時間に干渉して身体に時の経過が及ぼす影響を減少させているらしく、その結果として身体能力が上がったかのような状態が生み出されているということなのだが、アルバスが言うには「細かいことは気にすんな。とにかく強くなるんだ」ということらしい。

 実際、武器を振るえばその速度は恐ろしく速く、また敵の動きを見ればまるでわざとゆっくりと動いているかのように思えてくるほどに遅く感じるほどだ。


 通常の人間相手にこれを使用すれば、まず、負けることはないだろうと思ってしまう程度には、優秀な技術であった。


 しかし、アルイードの目の前にいる存在は、決して普通の人間などと呼べるようなものではなかった。


 ――妖魔。


 あやかしの理に身をひたした、一種の幻影のような存在であるとアルバスは彼らを評した。


 不変を求めるのが霊魔であるならば、不存在を求めるのが妖魔なのだと言うのだが、その意味のはっきりしたことはアルイードには分からなかった。


 ただ、アルバスは言った。


「あいつらは、どこにでもいて、どこにもいない。攻撃を当てたと思っても、そして倒したと思っても決して気を抜くな。あいつらを認識するのは・・・・・・難しいぞ」


 と。

 どういう意味なのか、詳しく聞こうと思ったのだが、こればかりは実際に戦ってみなければ難しい、とアルバスは言った。


 今、その機会が訪れている。


 今まで一度も戦ったことのない性質を持つ相手に、アルイードの心は躍っていた。


 剣を構え、そして向かっていく。


 目の前の妖魔は、自分にかかって来いと、そう言ったのだ。


 先手は自分が取るべきなのは当然の話だった。


 ◆◇◆◇◆


 空から、金髪天使少年VS吸血鬼ヴァンパイアくんを見ていると、中々に面白そうな様子であるのでつい、観戦に熱が入ってしまう。

 特に、金髪天使少年の腹の座り具合、その変わりようには拍手を送りたい気分だ。


「あんなにおどおどしてたのに、随分と勇ましい性格になっちゃって……」


 今、金髪天使少年の表情は満面の笑みである。

 吸血鬼ヴァンパイア、と言えば人間社会で言う所のいわゆる化物という奴に該当する。

 したがって出来る限り戦ったりはすべきではない、と言われる。

 そんなものに面と向かって相対できるようなド度胸を、金髪天使少年は以前、持っていなかった。

 なのに今はどうだろう。

 強い相手と戦える喜びがその表情のあらゆる部分に垣間見え、また実際にその表情が張ったりでないことは彼がたった今発動した力――霊の理の力――魔力と対比して、理力とも呼ぶことがあるそれを身に纏っていることからも理解できる。

 数日しか経っていないのに、よくあれを身に着けることが出来たものだ、と他人事のように思うのだが、不死者の王ノーライフ・キングを含め、そういう無茶な強化を期待して送り込んだのは私である。

 一応、「優しくお願いね☆」と言うようなことをそれぞれに言いつけておいたのだが、この調子ではそのお願いは真面目に受け取られていないのだろう。

 私もまともに受け取ってもらえるなどと思っていないし、そもそも受け取るような奴らではないことはよく知っているので何の気休めにもならないことは承知で言ったのだ。


 そして、金髪天使少年は吸血鬼ヴァンパイアに向かってその剣を振りかぶり、向かっていく。

 中々の速度だ。

 剣自体が非常に高度な技術で作られた魔剣であることが分かったが、それはどうでもいい。

 それよりも金髪天使少年の速度は、かなりのものなので、驚いた。

 霊の理力、というものは基本的に時間に関わる現象を操ることをその本質とするのだが、自らの時間を周囲よりも時の進みを早くすることによってあの速度を生み出しているのだろう。

 実際、体形自体は何一つ変わっていない金髪天使少年である。

 純粋な筋力でもってどうこうしているわけではどう考えても無い。

 あれは、不死者の王ノーライフ・キングが彼に教え込んだ技術なのだとはっきりと分かる。


 そんな金髪天使少年の速度に最も驚いたのは私ではなく、彼の対戦相手たる吸血鬼ヴァンパイアの彼であった。

 何の予備動作もなく、唐突に恐ろしい速度で自分に向かってくる相手に驚かない者はいないだろう。

 とは言え、吸血鬼ヴァンパイアの彼も棒立ちになることはなく、きっちりとその爪を立てて金髪天使少年の動きについていった。

 やはり、経験的には吸血鬼ヴァンパイアの彼の方が上らしい。

 それに、金髪天使少年もまだ、自らの力を使いこなせてはいないようである。

 彼の方が分が悪いことが分かる。


 その一合で、いざとなったら助けてやろうかなとぼんやりと考えつつ、しかしすぐに手を出しても面白くないからと私は見物を続ける。


 彼らもまた、その一合でもってお互いの力の底と言うのを何となく感じ取ったらしい。

 さきほどまで慌てっぷりの激しかった吸血鬼ヴァンパイアの彼は、途端に自尊心を取り戻したようにドヤ顔で金髪天使少年を見つめて言った。


「おや、おや……霊魔と言えば目にもとまらぬ速度をその大きな武器とする、と聞いたことがありましたが……妖魔である私にすらついていける様子。もしや貴方は……半人前ですね?」


 その余りの変わりように私はこいつ噛ませにも程があるだろと突っ込まずにはいられなかったが、言っていることは基本的に的を射ていると言わざるを得ない。

 金髪天使少年が霊魔となったのは間違いなくここ数日のことだし、そんな期間で理力をまともに扱えるようになるはずがない。

 おそらくはひたすらにスパルタ教育でもって付け焼刃的に一応の戦い方を身に着けされられた感じに近いと思われ、それが吸血鬼ヴァンパイアの彼に見抜かれてしまった、というわけだ。


 実際、明らかに金髪天使少年の方が不利であって、こういう場合において、人というものは焦りが出てくる。

 けれど、金髪天使少年は一味違った。

 彼は、ドヤ顔の吸血鬼ヴァンパイアに向かって笑いかけて言うのだ。


「ええ、貴方のおっしゃるとおり、僕は半人前ですよ。でも、僕はそれがとても嬉しい……貴方はどうやら、今の僕よりもずっと強いようだから」


「……? なぜ貴方より私が強いと嬉しいのですか? 貴方はここで死ぬのですよ? 怯えなさい! そして許しを請うのです! さぁ!!」


 強者の余裕か、自分に頼めば命は助かるかもしれないと提案する吸血鬼ヴァンパイアである。

 けれど金髪天使少年は首を傾げて、


「……? 死の何が恐ろしいのですか? いずれ誰の身にも訪れるものですよ、それは。それに僕は幾度となく死んでいます。今さらもう一度死んだところで――また経験が一つ、増えるだけです」


 心底不思議そうな顔で、彼はそう言うのだ。

 その瞳には自分で言ったように、一切の恐怖が宿っておらず、本心からその言葉を言ったことが分かる。

 彼は、何一つ嘘をついていない。

 全て、本気である。

 そのことが分かった吸血鬼ヴァンパイアは、自分の方が強いことを理解しているにも関わらず、知らず、足を一歩後ろに後ずさってしまった。


「な、なにを言っているのですか、貴方は。死ですよ!? 死ねば、そこで終わるのです……あぁ、そうか、霊魔は死んでも蘇るから怖くは無いと言うのですね? なるほど、それならこれも教えてあげましょう! 魂になった存在を滅ぼす術がこの世に存在しないわけではないのです。貴方が肉体を失ったそのあと、私はその術を探しだし、そして貴方にそれを使う事でしょう。……これでどうです? 少しは死が、恐ろしくなったのでは……」


 しかし、金髪天使少年の表情は変わらない。


「……命のある限り戦え。決してあきらめるな。僕はそう、師匠に言われました。しかし、死んではいけないとも、死ぬことが恐ろしいとも教えられていません。僕は今までの人生で、幾度も死んだ方がマシだと思いながら生きてきました。むしろ、僕にとって死は救済であり、喜びです。出来ることなら生きて掴みたい幸せも今はいくつかあるのですが……限界まで努力した結果、命を失うのであれば、僕はそれはそれで幸福ですから……。そろそろ、おしゃべりも終わりにしましょう。僕は、貴方のその命が欲しい。刹那の戦いの中で、僕は喜びを感じられることを知ったのです。貴方を、僕の手で命を奪う者の第一号にしてあげます」


 そう言ってぎらりと輝いた金髪天使少年の瞳は信じられないほどに暗く、闇に染まっていた。

 言っている内容も中々クレイジーであり、以前の甘々だった彼はもはやそこにはいないようである。





「なんか怖い子になっちゃった……」


 空に浮かびながら、私は他人事のように、そう呟いたのだった。

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