第28話 見えた生き甲斐
それからのアルイードはひたすら、アルバスに霊力の使い方を身に着けるべく扱かれまくった。
時間の感覚は徐々になくなっていき、思考すらも遠ざかっていく。
けれども、自分の中にある新たな力をどのように扱えばいいのか、そしてどんな風に戦えば敵を倒すことが出来るのか、そのことが何故なのか直観的に理解できるようになっていく。
その理由をアルバスに聞けば、
「……王子様には俺の霊力を注ぎ込んだからな。力には記憶が宿っている。それを、王子様は徐々に引き出せて言っているわけだ」
と答えた。
つまり、アルイードが“理解”をしている、と思っている行為は、実際のところは理解ではなく、“思い出している”という行為に近いらしい。
そして何を思い出しているかと言えば、アルバスの経験なのだと言う。
言われてみれば、剣筋が徐々にアルバスのものに近づいていっている気がする。
もともと王族として研鑽してきたのは王国の正統剣術であったが、それはアルバスが考案したものだという。
それが何百年と伝えられ続けるにしたがって変容し、大本のそれとはかなり異なるものになってしまっているようだ。
アルバスの剣術を身に着けていくにしたがって、王国で教えられたそれが、敵の命を刈り取るためには非常に不合理で非効率なものだということが理解できていく。
おそらくだが、アルバスの剣術が元となり、それが騎士の剣術として発展していった結果、儀礼的なものや命を奪う前に降参の機会を与えたりする必要が出てきたため、改良と言う名の改悪をしていったのだろう。
そういう部分が、今のアルイードには見えてきていた。
ただ、それでも剣を合わせているアルバスにはまるで及んでいない。
霊力を活用し、高速度での戦いを出来る様になったアルイードの強さは以前とはまさに段違いと言っていいものとなっているが、それでもアルバスはかなり手を抜いたうえで十分に余裕をとれるくらいの強さなのだ。
霊魔の王なのであるから、それも当然なのだろうが、それでも、アルイードは悔しさを感じた。
そして、戦いにおいて、力及ばないことを人生で初めて悔しいと思う自分に驚き、そして喜んだ。
――こんなところに自分の喜びがあったのか。
そう思って。
今までの人生を振り返れば、そこには後悔しかなかった。
生まれてきたこと、生きていること、そして何も出来ないことに、後悔していた。
そして諦めていた。
自分など、この世にいなければいいと。
何もしないのが一番いのだと、そう思って。
しかし今はどうだ。
充実している。
傷を負わされ、強力な威圧に体がカタカタと震え、さらには腕を切り落とされ、足を切り裂かれて。
それでも。
「……楽しい!」
そう言ったアルイードにアルバスは笑い、
「くははははは!! それでこそ俺の力を受けた者だ……おい、アルイード。戦いは、楽しいか!?」
剣を暴風のように振りながら、アルバスは言った。
アルイードは答える。
「楽しいです……すごく! どうして今まで、避けてきたのか分からないくらいに……」
「俺の力を少しでも取り込んだからか、それとも元々の資質か……まぁ、どちらでもいい。アルイード。その気持ちを忘れるんじゃねぇぞ。命の続く限り、戦え。諦めるな。それだけ、覚えておけよ……」
機嫌よさそうに、そう言って、アルバスは振りかぶった。
その瞬間、アルイードの首は飛び、そして意識を失った。
◆◇◆◇◆
目を開くと、豪華なシャンデリアの見える天井が見えた。
これで何度目だろう。
ここに連れてこられて、何日経過しただろう。
そして、自分は一体何度死んだのだろう。
普通に生きていたらあり得ない問いが、いくつも頭の中を過る。
シノとの戦いを経て、それから睡眠も一切取らずにアルバスと何度となく戦った。
そして、その度に、普通の人間であれば確実に死んでいると思われる致命傷を与えられているのだが、目が覚めると五体満足の体が目に入るのだ。
初めてその現象を経験したとき、アルバスとシノが何の気なしに、
「霊魔はそう簡単には死なない。たとえ肉体を完全に失っても、数年経てば蘇る」
「……申し上げたではありませんか。アルイード様は人を超越したと。つまりはそういうことですわ」
そう言われて頭を抱えた。
ここまで人間離れしているとまでは流石に想定していなかったのだ。
首が回るとか、腕が取れてもある程度は大丈夫とか、不思議な力が使えるとか、せいぜいがその程度だと思っていた。
しかし首が飛ばされても問題なく、さらには完全に肉体を失っても多少の問題はあっても復活が可能、までのレベルだとは流石に思っていなかった。
アルイードはあんぐりと口を開けながら、
「……子供とかは、作れるんでしょうか……?」
と、聞いた。
自分でも今の話を聞いて一番初めに出てくる質問がそれか、とは思ったが、王族として、そしていずれは望まずともつかざるを得ないだろう王位のことを思って、それだけは聞いておかなければならないと言う義務感があった。
アルバスもアルイードの立場を理解してか、そこは茶化さずに教えてくれた。
「あぁ。問題ないぞ。ちなみに、生まれてくる子供は相手の種族にもよるが……人間相手なら人間になる。それ以外だと、相手の種族か、人間かのどちらかが半々の確率で誕生することになるな」
それを聞いてアルイードはほっとした。
王族の血を残したい、などと今まで一度も思ったことが無かったので、その自分の心の動きには驚きを感じた。
それからアルバスは少しにやりとして、
「……シノ相手なら霊魔か人間ってことになるな。しかし、そうなると霊魔が生まれても王位を継ぐのは難しいか……」
と付け加えたので、なんと言って良いものか分かなくなり、
「な、なにをいってるんですか……!?」
と慌てると、当のシノは、
「その場合でしたら、王子殿下でいらっしゃるアルイード様としては霊魔だけだと困ってしまうでしょうから……人間の男の子が生まれるまで、頑張ればいいのではないでしょうか?」
と、捉えようによっては前向きに思える台詞を言ったので、アルイードはシノをまじまじと見つめてしまった。
見つめられたシノは、にっこりとほほ笑んでアルイードを見つめるばかりであり、その意味を説明しようとはしない。
これは、脈あり、というやつでは?
そう思って心の奥底で歓喜していると、突然、アルバスが真面目な顔になって、
「……おい、王子様。嬉しそうなところ悪いけどよ。ちょっと戻らなきゃならなくなったぞ」
と言い始めたのでアルイードは首を傾げる。
「……戻るとは?」
そんなアルイードに呆れたようにアルバスは言う。
「決まってるだろうが。王都だよ、王都。なんか変な奴らに襲われかかってるぞ。まぁ……フローリアがいるから何の心配もないと言えば無いんだが……あいつはあんまり率先して他人を助けようとしないからな。少なからず王都の民に被害が出る可能性があるぞ。救いたいなら行った方がいい」
そんな風に。
変な奴らとは何か、と尋ねたかったが、何にせよ、いかなければならない、とアルイードはその瞬間に思った。
王都の民は、アルイードが守らなければならない存在である。
アルイードはこの時、初めてそう思った。
そんなアルイードを見てシノは、アルイードが覚悟を決めたことを理解したのだろう。
「……お気をつけて行ってらっしゃいませ。いずれ王都をお訪ねしますので、その時は一緒にお食事でも致しましょう」
そう言って頭を下げたのだった。
アルイードはその言葉に頷き、
「……約束ですよ」
そう言って、アルバスに頷いた。
それからアルバスは、来たときと同じようにアルイードの体を掴み、魔力を集約し、長距離転移を発動させたのだった。