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竜姫はチートを望まない  作者: 丘/丘野 優
第2章~迫害系チート少女編~
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第27話 力の扱い方

 アルイードの中から噴き出したその力は、霧のように酷く希薄に、けれど闘技場全体を覆い尽くすように広がっていった。


 何が起こったか、それをアルイードははっきりとは理解できたわけではなかった。

 けれど、本能がそれを教えてくれた。

 その霧のような力は、それの広がった場所にまるで触角を広げる様な性質を持っていた。


 今この場において、どこに何があるのか、どんな風に動き出そうとしているのか、今のアルイードには全て自明のことなのだ。

 その上、自分の体内にも力が宿っているのが感じられた。

 そちらは、霧を凝縮したような、たぷりとした重みのある水のような力で、それはどうやらアルイードの知覚を高めてくれているようだった。


 そうだ、その証拠に、先ほどからシノの動きが止まって見えている。

 ずっと……いや、完全に止まっている訳ではない。

 少しずつ、少しずつ、アルイードの方に刀は迫ってきている。

 けれど、ぼんやりとしていても問題ないような、目の前の、直前1センチほどに来たころに、やっと回避行動をとったとしても間に合いそうな、そんな速度にしか感じられないのだ。


 つまり、これが魔力の一側面、霊の理――霊力の持つ力だということだろう。

 時を留める力、そしてその付随的効果としての知覚の極端な上昇。

 そう言ったところだろうか。


 アルイードはそれをしっかりと理解できたとき、やっと動き出した。

 そうなるまでに費やした時間は、短かった。

 通常の時間であれば、一秒も経っていない。

 瞬きをするよりも短い刹那のような時間の中で、アルイードは全てを理解したことになる。


 そして動き出したアルイード。

 その速度は、先ほどまでとは比較にならないものであったが、アルイードの体験している極端に遅くなった時の中では、それすらもゆっくりとした、スローモーションのような動きに見えた。


 けれどそれでも、シノの刀よりは速かった。


 シノが振り降ろしてくるその刀に添える様に自らの剣を合わせ、そして流しながらシノの懐に入っていくアルイード。

 極めてゆっくりとした、一つ一つの動きを丁寧に進めていく余裕があるほど、その作業は簡単だった。


 懐に入ったアルイードはそして、シノの剣を弾き、上に跳ね上げる。

 がら空きになったシノの体。


 驚いたように目を見開き、そして美しく笑った彼女の首筋に、強力な魅力を感じた。


 ――斬りたい。


 なぜか、強くそう思ったアルイードは、迷わずに剣を振り上げ、そしてその首筋に向かって剣を振り降ろした。


 綺麗な軌跡を描く剣に、アルイードは感動を覚えた。

 果たして、これほどまでに滑らかで、これほどまでに速く剣を振れたことが今まであっただろうかと、そう思いながら。


 シノを斬ること自体に、何の躊躇も覚えない自分に疑問を感じずに。


 そして、その白い首筋に吸い込まれるように進んだアルイードの剣は、正しく彼女の首に侵入していき、そして滑らかな断面を見せながら、彼女の首はごとりと闘技場の床に落ちたのだった。


 その瞬間、さっと周囲の速度が元に戻り、先ほどまでの超知覚が終わったのを感じた。

 改めて深く息を吸い込んでみれば、辺りや体の中に感じていた霊力の脈動が感じられない。

 いや、小さくではあるが、深く奥の方に息づいているのは分かる。

 ただ、それを広げるのはしばらくは無理そうであると言うのは分かった。


 そして、それから自分が何をしてしまったのかということを、冷えた頭で理解する。

 

「……シノ……!!」


 はっとして、落ちた首の方に近づき、アルイードはそう叫んだ。

 人を、殺した。

 そのことを思って、アルイードは酷く衝撃を受けた


 だが、


「……やれやれ。これほどまでにあっさり敗北してしまうとは思いませんでした……」


 そんな声が聞こえて、アルイードは驚く。

 見れば、シノの落ちた首は微笑んでアルイードを見ていて、未だに生きているようだった。

 それから、こつこつと歩く音が聞こえたので振り返ると、そこには首なしのシノの体が立っている。

 シノの首なしの体は、シノの地面に落ちた首に手を伸ばすと、それを持ち上げて、自分の首に合わせる様に置いた。


「首を落とされたのは久しぶりです。アルイード様、やはり霊魔の王から直接、力を注がれた方は一味違いますわ……はて、そんなに不思議そうな顔をして、どうされたのです?」


 まるで何事も無かったようにそう言ったシノに、アルイードは肩の力が抜けるのを感じた。

 そう。

 よくよく考えてみれば、首を落とされてもシノは死なないだろう、ということは予想しておくべきだったことなのかもしれない。

 何せ、首をまるで骨など存在しえいないかのようにぐるぐる回しても何の問題も無い人である。

 首と体を切り離されようと、ぴんぴんしていても何も不思議なことは無い。


 自分にそう言い聞かせ、やっと心の底からそのことが受け入れられるようになってから、アルイードはシノの言葉に答えた。


「いや……僕は、君を殺してしまったんじゃないかと不安で。生きてて、良かった……」


 そう言いながら立ち上がり、アルイードはシノを抱きしめた。

 こうの良い香りに落ち着くものを覚えた。

 本当に安心しての行動であったが、一部、役得であると思っている部分もないではなく、しかしそんな雰囲気を察せられないように優しく触れたアルイード。


 けれど、いつの間にか現れたのか目の前に立っていた霊魔の王――アルバスが豪快に笑って言った一言で、そんなアルイードの計略もおじゃんになる。


「おい、王子様。どさくさ紛れに手を出そうとしてんじゃねぇよ。男なら直接当たれ。そして砕けろ」


 身も蓋もない台詞であったが、シノには意味がよく伝わっていないらしい。

 首を傾げて流れた黒髪がしゃなりと音を立てた。

 アルイードはアルバスの言葉に何というべきか、慌てて悩んでいたが、純粋無垢そのものの瞳でシノから見つめられて、なんだか肩の力が抜けてくる。

 それからシノが、。


「アルイード様。アルイード様は私に何か当たることがあるのでしょか?」


 と、言い始めたので、これは素直に言った方がいいのかもしれないと思い、アルイードは思い切って言ってみた。

 まさに、当たって砕けろ、の心境であり、ダメならダメでいいかという気持でもあった。

 それにダメなら長期戦で行こうとも。

 ここに至って、アルイードは自分の気持ちに自覚的になったのである。

 アルイードは、シノにほとんど一目ぼれと言ってもいい状態にあったのだ。


「あの……シノ。僕は、君のことを……」


「私のことが?」


 シノが、信じ切ったような瞳で、アルイードを見つめた。

 そして、緊張が緊張を呼び……。


 結果として、アルイードは日和った。


「……尊敬してるんだ。今度また、修行に付き合ってくれないかい?」


 するとシノは微笑んで、


「もちろんですわ!」


 と言った。

 その一部始終を見ていたアルバスは、自分が焚き付けたからか、それとも余りにも情けない結果に業を煮やしたのか、仕方なさそうに言った。


「……はぁ。王子様。もっとなかったのかよ……」


 その言葉にアルイードはがっくりと肩を落とすが、仕方ないものは仕方ないのである。

 何も言い返せずに項垂れてる。


 そして、アルバスはそんなアルイードを見て、シノに呟いた。


「……シノ」


「はい。なんでございましょう。主」


「たまに王子様と食事にでも行ってやれ」


 それはもしかしたら弟子に対するせめてもの情けだったのかもしれない。

 シノは不思議そうに自らの主を見つめていたが、


「食事などいつでも参ります。アルイード様、そのときはおっしゃってくださいね」


 と微笑んでアルイードにそう言ったので、アルイードはまぁ、いいかと思う。

 いつでも誘う許可が出たのだから、仲はこれから深めればいい。


 そう思って。

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