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竜姫はチートを望まない  作者: 丘/丘野 優
第2章~迫害系チート少女編~
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第26話 霊仙

「……着いたぞ」


 朝食を終えたあと、アルイードを食堂からどこか連れて行こうと「いくか」と言って引き出したアルバスの足がやっと止まった。

 これから一体何をするつもりなのか分からないが、どうやらここが終点らしいと言うことが分かる。

 目の前にある扉は、他の部屋と同じく、いや、それ以上に巨大で、重厚なものだった。

 よく見てみればこの扉自体が魔道具のようで、近づくと魔力を感じる。

 扉を観察するアルイードの視線に気づいたのか、扉に手をかけたアルバスが説明した。


「この扉はな、魔力や衝撃を遮断する働きがある。この部屋の内壁も同じだよ。つまりこの部屋はな……」


 ぎぎぎ、と重い扉が開いていく。

 部屋の広い内部が明らかになっていく。

 部屋の中心には、シノが剣を持って立っており、静かにこちらを見つめていた。


 アルバスが言う。


 ――闘技場だよ。


 ◆◇◆◇◆


 扉の中にはいると、そこはまさに闘技場、と言った雰囲気で、円形に作られたステージと、それを囲む観客席とに分かれていた。

 どれも石材で作られているように見えるが、やはり部屋全体が魔力を帯びているように感じられる。

 闘技場という事だから、ここで戦う者の魔法や技などの衝撃を減衰するための工夫なのだろうと思われた。


 そんな空間に、自分を連れてきてどうしようというのか。

 アルイードはそんな疑問を瞬間的に抱く。

 ただ、そう思いながらも、答えは殆ど明らかであることも分かっていた。


 案の定、アルバスはどこかからか剣を取り出し、そしてアルイードに渡してきた。

 鞘から抜いてあらためて見れば、それは中々の業物で、強い魔力が宿っているのを感じられる。

 どう考えても魔剣であり、こんな風に気軽に渡すものではない。

 それなのに、アルバスは何でもないことのように言った。


「それくらいのもの、この城にはいくらでもある。気にしないで受け取っておけ。それに、普通の剣じゃシノと戦うのは厳しいぞ」


「え」


 闘技場の中心にシノが立っていたことからすでに予想していたことだが、アルイードは改めてそう言われて驚いた。

 線が細く、重い真剣を振るって戦う姿の想像できないシノ。

 その彼女が自分の対戦相手なのだという。

 アルイード自身、自分に大した実力がないことは、もちろん分かっていたが、それでも何となく抵抗を覚えるのは、視覚から受ける情報による先入観というものだろうか。

 そもそも、よく考えてみれば、シノは人間ではない。

 人から恐れられる魔物であり、その中でも死を超越して存在していると言われる不死者の一人なのである。

 そのことを考えれば、アルイードと戦うことなど、シノにしてみれば暇つぶしにもならないのかもしれないと考えるべきだった。


 実際、改めてシノが剣を持って立っている姿を見てみれば、そのどこにも隙は存在しないように感じられる。

 近づけば、間違いなく、どこであろうともあの剣が走る。

 そんな想像しかできないような鋭さがそこにはあるのだ。

 冷や汗が一筋、アルイードの額から流れる。


「恐くなったか?」


 アルバスがにやりと笑ってアルイードにそう言った。

 アルイードは首を振って答える。


「いえ……でも、僕は弱いですよ。シノは……たぶん相当な実力者なんでしょう? 一撃でやられてしまいそうな気すらしているのですが……?」


「まぁ、そうだろうな。だからシノが手加減をする。死ぬか死なないかギリギリのところの手加減をな。ま、頑張れよ。シノ! 始めろ!」


 そう言った瞬間、アルバスはその場から消えた。

 闘技場のステージの上には、アルイードとシノだけが残される。

 見ると、遠く観客席の真ん中辺りにアルバスが偉そうにふんぞり返ってこちらを見ていた。

 手を振って、「頑張れよ~」などと言っているのがなんとなく腹立たしいのはなぜだろうか。


 眉をしかめているアルイードに、シノがふっと笑って言う。


「あんまり怒らないであげてくださいな、アルイード様。あれで悪い人ではないのですよ」


 その表情と言葉には、アルバスに対する信頼と絆が感じられた。

 なぜかは分からないが、アルイードは少しだけ微妙な気持ちになる。


「別に怒ってないよ……ただ……」


 だから、何かを言おうと思ったのだが、うまく言葉にできないことに気づく。

 少し逡巡し、考えては見たけれど、どういっていいのか分からずに、アルイードは諦めた。

 首を傾げるシノ。


「ただ?」


 アルイードは首を振って、話を進める。


「いや、なんでもないさ。それより、これから戦うんだよね。どうすればいいのかな?」


「あぁ、そうでしたね。では、これからのこと、お話しましょう」


 そうしてシノが始めた説明は極めて単純でわかりやすいものだった。


 けれど、決して甘いものではなかった。


 これから、アルイードとシノは戦う。

 ただ、それだけ。


 それは模擬戦であり、本当にただそれだけなら普通のことだ。

 それによって実力をつけて、また学園に戻る。

 そのためにあの平凡な女学生にここに送られたのだから、何も不思議なことはない。


 けれど、シノが言うには、模擬戦だからと言って油断していると痛い目を見る、という話だった。

 それがどういう意味か、説明を受けたそのときにはよく分からなかったが、実際に戦ってみて、その意味が分かった。


「では……霊仙イザヨイ=シノ、参ります」


 シノがそう言って、剣を構えた。

 その立ち姿には一つたりとも隙はなく、そして優雅ですらあった。

 着ているのはアルイードの知識にはない不思議な服装、つまりは日本風の着物である。

 だから、大きく動くことは出来なさそうで、とてもではないが、戦いに向いている格好とは思えなかった。

 構えている剣にしても、アルイードが持つ片手剣とは異なり、随分細く、薄い。

 あれでは一合でも打ち合えば折れてしまうのではないか。

 アルイードはそう思った。


 けれど実際に戦ってみれば、そんな印象は間違っていたことがよく分かった。

 シノの振るうその細い剣ーー日本刀は、恐ろしいほどの速度でアルイードに迫ってきた。

 しかも、切れ味が半端ではない。

 魔力的強化の施されたはずのステージがまるでチーズのように滑らかに切れるのだ。

 避けるだけで精一杯であり、アルイードは模擬戦が始まってすぐに、剣を振るう余裕もなくなってしまう。


 シノの動きは素早く、また全く無駄がなかった。

 歩幅は狭く、また手の可動域も着ているものの関係で極めて狭いはずなのに、気づいたときには正面にその美しい顔が迫っている。

 そして次の瞬間には、刀が振るわれ、アルイードの体に一筋の傷を作り出して追撃が始まるのだ。


 これでは、戦いとすら呼べないではないか。

 永遠にこのまま、やられ続けるしかないのではないか。


 必死にシノの猛攻を避け続けながら、そんなことを思う。


 けれど、シノは違った印象を持ったようで、刀を振るいながら話しかけてくる。

 それだけの余裕が彼女にあり、自分にはないということに、アルイードは悔しさを感じた。


「アルイード様。そうではありません。あなた様は、すでに人間ではない……人の尺度で戦っていては、いつまでも私に追いつくことはできませんよ」


「それは……どういう……っ!」


 必死に体を捻り、避けるのだが、シノの刀はそんなアルイードの努力を笑うようにその体を切り裂いていく。

 剣で打ち合う以前に、避けることすら、出来ていない。

 これでどうやって勝てというのか。


 シノの言葉からも何のヒントも受け取れなかったアルイード。

 それを理解したのか、シノは攻撃の手を緩め、アルイードから少し距離をとって、言った。


「分かりませんか? あなたさまは、主や私と同じく死を超越されました。人を超えたのです……ですから、出来ることにも幅ができたのですよ。つまり……こういうことです」


 そう言って、シノが見せたのは驚くべき光景だった。

 その首がぐるりと一回転したのだ。

 体は全く動いていない。

 なのに、首だけが、360度回転した。


「分かりますか? こういうことも出来ますよ……」


 シノは自分の右腕をぶちり、と引きちぎって見せる。

 なのに、その右腕は完全に彼女の体から離れたにも関わらず、稼働している。

 空中に浮かび、刀を握って振り回している。

 それから、ゆっくりとその腕はシノの右側に近づき、そして元通りつながった。

 腕をまくってみせれば、先ほどちぎれたとは思えないほど滑らかな腕がそこにはあった。

 恐ろしかった。


 そんなアルイードの表情を読んだのか、シノは少し微笑み、それから言った。


「恐いですか? その気持ちは分かります……私たちは、おそらく、魔物の中でも最も闇に近しい種族です。混沌を司るあの方々を除いては、生き物という存在からは最も遠いものでしょう……」


 けれど、と言った。


「アルイード様。自分のお体をご覧ください。私にあれほど切り裂かれたあなた様の体は、いま、いかなる状態にありましょうか?」


 言われて、アルイードは自分の体を見つめた。

 着ている服は、どこを見ても刀によって切り裂かれていて、本来ならその下には赤い肉が見えていてしかるべきだった。


 けれど、ほんの数瞬前まで感じていた、ずきずきとした痛みがすでに亡いことに気づく。


 見れば、傷は完全に消えていた。

 どこにも、傷はなかった。


 それを確認したアルイードを見つめて、シノはあらためて微笑んだ。


「もう一度言います。あなた様は、すでに人ではございません。その体も、そして力も。だから、自分の力に限界を設けようとしないでください。そうすれば……あなた様は強くなれるでしょう。お教えします。あなたの体に宿る力の全て、その使い方。私の知る、霊術の全て。そのときこそ、あなたさまは霊術理師から、仙師へと……霊仙へと至ることが出来るでしょう。そして、それが出来なければ……」


 ――死ぬだけです。


 それから、シノは話は終わったと、アルイードに向かってくる。

 その速度は、先ほどまでとは明らかに違っていた。

 本気ではなかったのだ。


 死を前にしたからか、引き延ばされた時間の中、シノの動きがゆっくりして見えた。


 よく観察してみると、彼女の体からは、先ほどまで感じなかった強大な魔力の鳴動が感じられる。

 ただ、通常の魔力とは違う。

 立ち上る霧のような薄く、透けるような性質のあるその魔力。


 あれが、霊力、というものなのだろうか。

 ただ、薄いとは言っても、力が弱いというわけではなさそうである。

 極限まで研ぎ澄まされた、シノの持つ刀のような印象が、その力からは感じられた。


 あの力が自分にも……?


 集中して、感覚を研ぎ澄ます。

 何か感じられないかと、あの力を自分のものにできないかと、深く集中する。


 すると、体の奥底、腹の辺りで、今まで感じたことのなかった、熱いものが、どくり、どくりと脈打っているのが理解できた。


 なんだこれは、これが霊力なのか。


 そう思ったのもつかの間、その力の脈動は、アルイードの意識とは離れたところで、勝手に大きくなっていく。


 どうにか制御しようと集中するが、うまくいかずに、その力は体中へと送られていく。


 そうして、とうとう限界に達したのか、体の中だけでは押さえきれなくなった。

 ゆっくりと、体の外へと押し出されていく。

 その様は、さながら何かが爆発する前に、空気が以上に張りつめた様子と似通っていた。


 もうダメだ、もう押さえられない。


 そう思った瞬間、目の前にはシノの刀が迫っていた。


 アルイードの体の中から、その力が放出されたのは、シノの刀の振り下ろされたそのときと、同時だった。

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