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竜姫はチートを望まない  作者: 丘/丘野 優
第1章~チート風貴族少年編~
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第3話 平凡なアルバイト(前篇)

 私は言うまでもなく平凡な村娘Aである。


 私のスペックの大体のところをABC評価するなら!


 容姿C、仕事力B、コミュニケーション能力C、胸……ヒミツ。


 と言ったところか!


 実にふつうである。


 しかしそんな私もずーっと村の中でぼんやりしてるわけではない。


 薬師としてそれなりに村のために頑張っているので、たまに都会に出て新しい知識を学んだり薬の材料を仕入れたりすることもある。


 今日はまさにそんな日だ。


 本当なら王都まで足を延ばしたいのだが流石に遠すぎてなかなかいけない。


 あの村に薬師は私しかいない。助手は一応いて、私の不在時にもどうにか対応できるようにはしているのだがあまり長期間空けるのは難しいのである。


 ただそれでも私のお出かけは村では割と好評である。


 これは別に私がドジっ娘過ぎて不在の方が村の仕事が進むとか思われているわけではない!


 ……たぶん。


 そうではなく、きっちりとした理由が存在する。


 その理由とは、まず村娘友達には都会の服など様々なものの仕入れを頼まれるし、村のおじさんたちには珍しい酒やつまみなどの買い出しを頼まれる。お母さん方には反物や最新のお掃除魔道具などを頼まれるのである。


 つまり私の遠出は村の人たちへの買い出しも兼ねているのだ。


 お金もきっちり渡されるので、断るという選択肢は存在しない。そもそも私はあの村で楽しく行きたいのだから断ろうなんて全く思わない。


 ただ彼らは凄く気のいい人たちなのだが、ほとんど都会に出たことがない正真正銘の田舎者である。だから……非常に言いにくいのだがお金が全く足りないのだ。

 もうこれが本当に全く。


 どのくらい足りないかと言えば不良にジャンプさせられてまだあるじゃねーかと言われるくらいの小銭程度の額しか渡されていない。


 何が買えるって、こんなの都会じゃジュース一本で終了だよ……。


 したがって普通の平凡な村娘である私は非常にいつも困るのだが、実のところちょっとした解決方法があるのだ……!


 ちなみにすでに述べたことだが私の来た都会の街は王都ではない。


 王都ではなく、迷宮都市と言われる特殊な地方自治体である。


 国から特権と独立自治権を与えられている代わりに防衛には命をかけなければならないというそれなりのリスクを抱えた物騒な街だ。


 そこかしこにそれは丸太ですか?丸太なんですか?と聞きたくなるようなぶっとい腕をしたおっさんたちが一体何十キロあるんだと首を傾げたくなるくらい頑丈な鎧や武具を持って歩き回っている。


 彼らは迷宮探索者と言われる山師だ。


 迷宮がなぜ存在するのか、その理由はわかっていないが昔から迷宮からはレアアイテムが大量に産出することが知られている。


 そのため一攫千金を狙う者たちはてっとり早く迷宮に潜るのである。


 深い階層に行けばいくほどアイテムのレア度はあがっていくが、迷宮には魔物が出現し、その強さも階層の深さに比例しているため、潜るには腕っぷしがモノを言う。


 金が欲しいなら迷宮へ潜れ、ただし命は保証しねえがなガッハッハ、と笑うおっさんたちが大量にいる街。


 それが迷宮都市なのである。


 そんな街で華奢でよわっちい普通の一般的村娘Aたる私がどうやってお金儲けをしようとしているかというと……。


「……? おう、嬢ちゃん。もしかして迷宮に潜るのか?」


 迷宮入口で並んでいると後ろから野太い声で戦士らしきおっさんに声をかけられた。


 ちなみに勘違いされやすいのだが迷宮都市の治安はかなり良い。迷宮に潜るおっさんたちも気のいい人たちがほとんどだ。なぜなら彼らは常に死と隣り合わせの状況にさらされ続けているため、地上のゆっくり流れる日常をこよなく愛しているからである。


 だから彼らは決して犯罪に手を出さない。いい街なのである。


 もちろん、ごくまれに犯罪に手を染める者もいないではないが、そういう者は大抵、凶悪な魔物を相手に戦い続けたおっさんたちにぼこぼこにされた上に牢に投げ込まれることになる。


 迷宮都市はもしかしたら王都より犯罪を犯しにくい街かもしれないと言われる所以だ。


 私は振り返っておっさんに笑いかける。


「まぁ、そんなところです。おじさん、先に行きますか?」


 なぜこんなことを言うかと言えば、迷宮は前のパーティと15分以上時間を開けなければ中に入ることが出来ないからだ。


 そうしなければレアアイテムをドロップするモンスターは出現しないうえ、突然強力な魔物が現れたり大量のモンスターが群れて押し寄せてきたりする。


 だから探索者は必ず迷宮の入り口に列を作って並ぶのだ。


 私もその列に並び、自分の番が来るのを待っていた。しかし順番は一つ二つ遅くてもそれは構わない。


 おっさんは歴戦の傷が浮かぶその顔にパッと満面の笑みを浮かべて「いいのか!?」と言った。


 出来るだけ長く迷宮に潜った方がたくさんアイテムが得られるし、深く潜るにはそれなりの時間がいる。


 おっさんは見るからに実力者で、深く潜るタイプに思えたからこその提案だった。


「ええ。私はこんなですから。上層で宝箱漁りですよ」

「あぁ、なるほどな……じゃあお言葉に甘えるとするか! 多くレアアイテムを取れたら嬢ちゃんにも分けてやるよ!」

「本当ですか!?」

「おう。探索者は宵越しの金はもたねぇ。じゃ、先行くぜ。お嬢ちゃん、死ぬなよ」

「おじさんも頑張ってください!」


 そうしておっさんはのっしのっしと中に入っていった。

 おっさんのあまりの存在感に気付かなかったが、おっさんの横には神官っぽい男と魔術師っぽい男がくっついている。あれが彼のパーティなのだろう。バランスも悪くなさそうだ。


 しばらく待って十五分が立つ。


 すると迷宮入口に立っている管理員が言った。


「次の方、どうぞ」


 私はその台詞に従い、迷宮に足を踏み入れた……。


 迷宮を入ってすぐ、まっすぐ進む道と右に進む道に分かれた。


 この迷宮の一階層は不変だ。


 宝箱はたまに湧出するが、道自体は変わらない。


 ただ二階層より深くなると入るごとに迷宮はその形を変える。


 今私が差し掛かっている二差路はこの迷宮に入る者全員がよく知っているもので、よっぽどのうっかり者でない限りはまっすぐの道を選ぶ。


 なぜならそちらに進むと二階層への階段があるからだ。


 右に曲がってもなにもなく、またそこにはなぜか絶対に宝箱は湧出しない。


 だからそこにある部屋は“虚無の部屋”と呼ばれている。


 誰もいかない、そして何もない、全くの虚無しかない部屋なのだと。


 だけど私はその誰もが見向きもしない無駄な空間に向かって、ゆっくりと足を踏み出した。


 中は正方形をしていて、硬い石が隙間なく積み上げられて構成されている。


 確かに全く何もなく、ここにいるだけ無駄なのかもしれないと感じられる部屋だ。


 

――でも。


 私は部屋の石組みの一部、右下の角から数えて左に三つ、上に五つ目の石に触れ、そして思い切り押した。


 すると、


――ガコッ


 と音がなり、石が奥に押し込まれた。


 そしてそこから覗くと、向こう側にちらちらとこちらを見る目があることに気付く。


 目は私と目が合うと、不思議な声色で物を言った。


「げぎゃ!ぎゃぎゃぎゃ?」


 そして私はそれに答える。


「げぎゃぎゃぎゃ!ぎゃぎゃ!」


 すると押し込まれた石組みは元に戻り、それと同時にゴゴゴゴゴ、壁が動き出して扉を出現させた。


「出た出た」


 見るからに重そうな、青銅のような色合いをした古風な扉だ。なかなかのデザイン性で私は結構気に入っている。


 私はその造形を一通り眺めて満足すると、扉を押して、ゆっくりと中に入ったのだった。




 扉の向こうに広がっている光景は極めて日常的なものだ。


 どんな意味で日常的かというとあれだ。地球でいう会社みたいな?


 蛍光灯のような明るい光で照らされた部屋がそこにはあり、迷宮を形作る石材で造られたデスクがいくつも並んでいる。


 デスクの上には高度な魔法的知識をもって作られたと思しき伝送魔道具が並べられ、デスクに腰かけたゴブリンたちがまるでここは昔の証券取引所ですかと聞きたくなるような忙しさで会話をし続けていた。


 しばらく私がぼうっとしていると、向こう側から黒縁眼鏡をかけた妙に貫録のあるゴブリンが歩いてきて、ゴブリン語で私に話しかける。


 ちなみに私はゴブリン語検定2級を持っている平凡な村娘Aである。


 したがって彼の言葉は普通に理解できるしまた会話も出来る。


「おう、来たかフローリア嬢ちゃん。お父上は元気か!?」


 彼はそう言ってバンバンと私の肩をたたいた。


 その力はなかなかのもので、ゴブリンとしては破格と言ってもいいだろう。


 彼こそがゴブリンエリートを束ねるゴブリンエリート(親方)である。


「ええ、たぶん元気ですよ。でも私は平凡な人間なのでそのお話は内密に」


 私の台詞に親方は微妙な表情でぶつぶつと、


「……普通の人間はここにはこねぇと思うんだが」


 とか何とか言っていた。


 しかし誰が何と言おうと!私は平凡な村娘Aである。それだけは譲れない。


 それにそんなことよりもここですべき話があった


「そんなことより、ほら!バイトのお話は」


 そう、私はここにバイトに来たのである。


 ゴブリン一族が運営する株式会社迷宮組のアルバイト清掃員をするために!


 それこそが私の資金調達策である。


 迷宮探索するんじゃなかったのかって?


 ははは。


 そんなもの、平凡な私に出来るはずがないだろう。


 平凡な村娘Aは、平凡な方法でお金を稼ぐのである。


 つまり父親のコネを利用した割のいいアルバイトで稼ぐという平凡な方法でだ!


「あぁ、今日の募集はこれからだからな。問題なく入れるよ。それにどうも最近、迷宮探索者の中に迷宮マナーを守らねぇ奴がいるみたいでな。結構汚れてるんだ。だから嬢ちゃんには期待してるぜ」


 手元のタブレット端末に似た魔道具をいじりながら情報を確認しつつそういう親方。


 このやり取りでなんとなくわかってしまったかもしれないが、実のところ“迷宮”とはゴブリンがやっている一つの事業形態なのである。


 世の中にはゴブリンは頭が悪い、ゴブリンは馬鹿だ、などと言った考えがはびこっている。しかしそれは実のところ間違いなのだ。


 まず目の前でしっかりと情報管理をし、企業運営を行っている彼らの姿は人間の行っている文化的活動と全く遜色がない。


 さらに言うなら使われている魔道具の質などこの世界の人間が使っているものを遥かに凌駕しているレベルにあり、人間がこれに追いつくには一体何百年かかるのだろうかというクラスだ。しかもすべてがゴブリン謹製であり、ゴブリンの会社で作られているものであるというのだからすごい。


 そして迷宮と言う概念を造り、迷宮それ自体を作り出し、管理しているのもまたゴブリンなのである。


 外では古代魔道文明がどうとか、神が作ったとかそんなことを言われている迷宮だが、それは事実とは完全に違っている。


 迷宮はゴブリンが作ったのである。


 その管理も極めて綿密な計画に基づいて行われており、衛生から人員の管理、それにルール違反に対するペナルティなどそのきめ細やかな配慮は脱帽ものである。


 しかしだからといって迷宮運営のすべてがゴブリンだけで出来るわけでもない。


 人間が言っているゴブリンの性質の中で一つだけ正しい部分がある。


 つまり、魔物としてのゴブリンの強さについてだ。


 ゴブリンは、残念ながら腕っぷしは弱い。魔力もさほど強くない。だからこそ魔道具や文化的活動などに力を注いで今があると言えるが、迷宮という娯楽には強力な魔物の出現が絶対に必要なのである。


 だから彼らは考えた。


 そして答えにたどり着いたのである。


 つまり、迷宮でアルバイトを雇おう、という試みである。


 戦闘員についてのみはじめられたそれは、徐々に裏方にも広がっていき、今では清掃員などもアルバイトを雇ったりしながら回しているのだ。


 私が参加するのはその内の迷宮清掃員としての活動だ。


 基本的には迷宮清掃は清掃ゴブリンと言う人間の前に決して姿を見せない種類のゴブリンが担当しているのだが、それだけでは手が足りない場合にアルバイトを雇って行われることがある。


 私は例外的に(つまりは親のコネで)いつでも清掃に入れてもらえるよう配慮してもらっているのだが、今日は忙しい日でもあるらしい。アルバイトは歓迎するということだった。


 確かに部屋を見渡すと、いつもよりエリートゴブリンたちは忙しそうだ。


 清掃員に限らず人員不足なのかもしれない。


 ボスモンスター役の人なんかなかなか見つからないから大変だってこの前ぼやいてたもんなぁ、親方。


 ちなみに、迷宮で出現モンスター役をやる場合、たとえ人間に致命傷を負わされても死ぬことはないため、アルバイトに事欠くことはない。命の危険は全くないのだから。


 迷宮の魔物は人間に致命傷を負わされた時点で消滅し、ドロップアイテムをその場に残して消える。まるで死んだように見えるその状況。


 しかしそれは魔物が死んだわけではなく、ただ迷宮内の裏方施設内に転移しているだけなのである。


 ドロップアイテムについてはランダムで魔物と交換的に出現するように設定されているので、人間は魔物が落としたと錯覚しているわけである。


 実によくできているシステムだ。これを考えたゴブリンは天才だと思う。


 ちなみになぜわざわざ迷宮など作って人間を呼び込むかと言えば、人間には人間がその存在と有用性に気付いていない特殊な精神エネルギー、神力が宿っており、それは強い人間ほどたくさん持っている。


 この力はある程度集めて特殊な加工をすることによってあらゆる物質を作り出せるかなり優秀なもので、ゴブリンはこれを集めるために迷宮運営を行っているのだ。


 回収に大規模な施設が必要であり、そのために迷宮クラスの規模の建築物が必要になってくる。


 魔物の落とすレアアイテムもすべてこの神力から作られており、人間は自らの力をリサイクル的に回収しているという究極のエコ設備でもある。


 全くうまくできている。


 私は親方から差し出された迷宮清掃についての注意事項とシフトが書かれた紙を受け取りながら、今日のお弁当を何にするか選ぶ。


 迷宮アルバイトのいいところは賃金がいい以外に、賃金とは別にお昼がついてくるところだ。


 しかも大体三種類か四種類程度の選択肢が用意されており、ほとんどが美味なのである。


 前はドラゴン弁当(並)だったからなぁ……今日はゴブリン弁当(特上)にしよう。


 お弁当注文票に丸を付けて、そのまま清掃場所に行こうとしたそのとき、


「なんだとっ!?」


 と親方の声が響いた。


 驚いてそちらを見ると、ゴブリンエリート(子分)Aが親方に涙目で何かを訴えかけている。

 

 どうやら何か不測の事態が起こったらしい。


 気になって近づいて聞き耳を立ててみると、


「……ゴブリンロードのおやっさんが腰痛で来られねぇなんて……五階層のボスモンスターはどうすんだよ。これじゃあ、迷宮始まって以来の不祥事だぜ……」

「はい……五階層ボス部屋は特に初心者探索者が初めて高価なレアアイテムを得られる迷宮探索初期の山場です。五階層にボスがない、アイテムが得られない、なんてことになったら彼らの生活も……」


 なんだかいろいろ大変そうである。


 しかしこれは平凡村娘Aたる私の手には負えなそうな案件だ。


 そそくさとその場を去ろうとしたそのとき、


――ガッ


 と肩をつかまれた。


 私は首をひねって振り返る。


「……どうかしたんですか?」

「お嬢ちゃん、一生の頼みだ」


 その台詞だけで彼の言いたいことが私にはわかった。


 しかし私はボスモンスターなんてできない!


 なぜなら私は平凡な村娘Aなのだから……。

 

 だから私ははっきりと言ってやった。


「……私、平凡な村娘Aなんですけど」

「……バイト代、3倍出す」


 ぴくり、と私の耳が動いた。


 そして私は親方に言ってやった。


「…………7倍」

「………………4倍」

「……………………6倍」

「5倍だ!それ以上は出ないぞ!」


 頭をかきむしりながらそう言った親方にこれ以上のつり上げは無理だと悟った私はそこで親方の手を取って握手をして笑った。


「ふふーん。わかりました。今この時だけ、平凡な村娘Aはボスモンスターになりましょう」


 親方もがっちり私の手を掴み、泣きそうな顔をしてたゴブリンエリート(子分)Aも救われたような顔をしている。


 うん。人助けは平凡な村娘Aのすべき日常の仕事の範疇だろう。


 それにバイトだし。


 バイトくらい誰だってするし。


 誰が何と言おうと!私は平凡な村娘Aです。


 さて、それでは第五階層ボスモンスター村娘A、参ります。


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