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竜姫はチートを望まない  作者: 丘/丘野 優
第2章~迫害系チート少女編~
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第25話 朝食

 ――コンコン、と部屋の扉が鳴る音が耳に聞こえた。


 アルイードは昨日の少女シノのことを夢現の中で思い出し、未だ夢の中にあった意識を無理矢理覚醒させて体を起こす。


「……なんだか今日は気分がいいかも……」


 それが何の作用によるものかは分からない。

 けれど、


 ――コンコン。


 もう一度鳴った扉の音が、それに無関係であるとはアルイードも思わなかった。

 すぐに扉の前まで歩いていき、


「今開けます」


 そう言って、精緻な彫刻の施された木製の扉をゆっくりと開く。

 するとそこには昨日と同様、楚々とした姿の、シノ=イザヨイが凛とした姿で立っていた。

 その顔には静かな微笑みが浮かんでおり、非常に美しかった。


「おはようございます、アルイード様。よくお眠りになれましたか?」

「うん。余りにもいい部屋だったから、少し落ち着かなかったけど、ベッドがものすごく寝心地がよくて……横になったらすぐに瞼が重くなったよ」

「それはようございました。では、今日は体の調子の方は……?」


 ふと、なぜそんなことを聞くのか不思議に思ったが、すぐに昨日、殺されて霊魔になったらしいからだということに思い至る。

 アルイードは体に違和感がないか、今までと変化がないかを確認する。

 そうして、分かったのは、自らの体に何の問題もないこと、そして、むしろ昨日よりも遥かに調子がよく、今ならいくらでも走れそうな気すらした。

 そう、シノに告げると、


「それはそれは。我が主も、きっとお喜びになられることでしょう。では、参りましょうか?」

「え? どこに?」

「覚えておられませんか? 昨日、私はアルイード様に、お食事をご用意したら起こしに参りますと……」

「あぁ、そういえばそう言ってたね。ということは、食事が出来るってこと?」

「ええ、そうでございますよ。食堂には我が主もいらっしゃいますので、少しお話になられるとよいでしょう」

「シノは?」

「僭越ながら、私もご一緒に食事を取らせていただきますので……」


 その余りにも謙虚な態度に、アルイードは首を急いで振ってこたえた。


「いや、そんな、とんでもない。一緒に食べれるなら、嬉しいよ」

「そうでございますか? ――では、参りましょうか」


 首を傾げたシノに、アルイードは首を縦に振った。

 それからシノは笑顔で頷いて、歩き出す。


 昨日と同様、建物は広く、まさに城であるという事がよく分かる。

 窓の外に広がるのは、朝であるにも関わらず、黒々とした暗雲と沈んだ色に塗りたくられた荒野、そしてたまに思い出したかのように落ちる稲光だ。


 シノの背中について歩きながら、考える。


 一体ここはどこなのだろう、と。


 今歩いているこの建物の巨大さは、今までアルイードの住んでいた王城を遙かに上回るものだ。

 当然、そんなものが建っているならば、目立つに決まっていて、存在が知られないなどと言うことがあるはずがない。

 ということは、王国の王都よりも遙かに離れた土地であるのだろう。


 王国のあった大陸以外にも、この世界にはいくつかの大陸があった。

 人が住み、生活を営んでいる大陸もあったが、そうではない、魔物たちが支配すると言われているような未開の大陸もあった。

 他にも、人が生活の場所としている世界以外にも、魔界と言われる悪魔たちの世界や、神々の住むという天界、妖がその身を潜ませると言われている隠世かくりよと言った、人が簡単に立ち入ることの出来ない世界が異次元に存在するとも言われている。


 そのことを考えれば、このような巨大な城が人目に触れずに存在していることも必ずしもおかしいことだとは言えないだろう。

 つまり、ここは人の支配している場所ではないのだ。


 不死者の王ノーライフ・キングを名乗るあの男がこの城の主を勤めているからには、ある意味それは当然の帰結かもしれない。


 しばらく歩いてたどり着いた場所は、この城に相応しい、巨大な空間だった。

 とは言っても、この城に転移したときに出現した大広間ではなく、長テーブルが中心に位置する、おそらくは食堂と思しき場所であった。

 天井は遙か高く、煌びやかなシャンデリアが垂れ下がっている。

 窓は細長く巨大で、暗黒漂う外の景色を望むことが出来た。


 そんな部屋の一番奥、上座に位置する場所には、不死者のノーライフ・キングアルバスが座ってアルイードを見つめていた。

 シノが歩くのについていき、アルバスの近くまでたどり着く。

 すると、アルバスはアルイードに席を勧めた。


「来たな、王子様。どうだ……昨日はよく眠れたか?」


 席にかけて一番初めのアルバスの台詞は、意外にもアルイードを労るもので少し驚く。

 もっと傍若無人で自分勝手な性格をしているのではないかと今までの所業から想像していたが、間違いであったのかもしれない。


「ええ。よく眠れましたよ……部屋が贅沢過ぎて、少し落ち着かなかったですが」


 そう答えると、アルバスは笑って言った。


「はっ。そうかぁ? 王族なら似たような生活してたんじゃねぇのかよ」


 その言い方から、アルバスはアルイードの細かい事情について、あの平凡な女学生からは一切聞いてはいないのだろうと言うことが分かる。

 あえて聞かなかったのか、それとも聞く必要を感じなかったのか。

 少し考えてみるが、それは今はまだ分からなかった。

 ただ、どちらにしろ、アルイードの事情など関係なくただ鍛える為に引き受けたのだ、ということは理解できたので、アルバスの態度はアルイードにとって好ましいものに思えた。

 今までの人生で、アルイードにこのような関わり方をしてきた人物は少ない。

 殆どの人間が、将来、国王になることが約束されている存在としてアルイードを扱い、それが故に何かしらの関係を持とうと多くの人間が近づいてきたが、それだけだった。

 一人の人間として、アルイードを見た者は、ほぼいないに等しかったのだ。

 それでも、アルイードを親しいものとして、親身になってくれた者も少なからず存在してはいたが、その全てはアルイードを亡き者としようとする大きな流れに抗うことが出来ずに、その命を失っていったのだ。


 だから。

 こうやって、いつまでも対等に立っていてくれそうな者、というのにアルイードは飢えていた。

 平凡な女学生、黒学者少年と灰髪少女、それに目の前の不死者の王ノーライフ・キングに、シノ。


 似た立場にある者、そして何かから超越したようにある存在たち。


 どうしてこれほどまでに奇妙な運命が交錯しているのだろうかと一瞬、不思議に思うが、そんなことは考えても仕方のないことだと結論する。


 自分は今、出来ることをすべきだ。

 強くなり、平凡な女学生のように運命を乗り越えて……。

 未来を切り開いていくべきだと、そう思ったのだ。


 だから、目の前の男に隠すべき事はなにもないとも思った。

 全て話して、その上で鍛えてもらおうと。


 その選択について、いずれ後悔するとは想像もできなかったことが、このあとのアルイードの運命を地獄へと放り込むとは思っても見なかったが。


「王族とは言っても、僕は庶子ですから。それに、王宮にはこれほどの設備はないですよ。永遠に水を汲める魔道具、みたいな便利で永続性のある魔道具は制作できる人が今の王国にはいませんし……」


 それを聞き、アルバスは驚いたかのように目を見開く。


「へぇ……それは意外だ。昔はあれくらい作れる奴は人間にも少なからずいたんだがな。技術力が下がっているのか……? まぁ、いいか。お前が庶子なのは知って・・・いるよ。何年か前に、小耳に挟んだからな。しかし、だからといってその立場は決して悪くないもののはずだが……なんだ、お前あまりいい扱いをされなかったのか?」


「ええ。殺されかかったことも片手では収まりません。知り合いも皆、死んでいきました。僕のために……」


 思い出しながら、胸が痛くなる。

 自分さえ居なければ、彼らはもっと長く生きられたはずなのにと。

 しかし後悔しても彼らは帰ってこないし、かといって当時に何か自分にできることがあったのかと言えばそれは否だ。

 何度繰り返そうとも、どんな行動をとろうとも、彼らはきっと同様に命を失ったのだと、今なら分かる。


 だから、後悔するよりは、前を向かなければならないと、今なら、そう思えるのだ。

 そしてそれは、おそらくあの、平凡な女学生のお陰だった。

 何もかもを、それこそ傍若無人に退けていくあの生き方に、自分は憧れているのかもしれないとふと思う。

 実際、それは正しいかっただろう。

 あの平凡な女学生は、どう考えても平凡ではない。

 平凡どころか、たぶん、自分たちとは異なる何か・・だ。

 彼女はいま、ただの気まぐれで学院にいるに過ぎない。

 それがなんとなく分かる。

 そしていずれ去っていくのだろう。

 現れたとき同じように、気まぐれに、唐突に。


 だからこそ、今彼女から学べることは学んでおきたい。

 彼女のように生きることが、きっとこれからのアルイードには必要なことだと思うから。


「……いい目をしてるな。その調子なら、耐えられそうだ・・・・・・・。よし、食ったらやるか、シノ」


 アルバスが獰猛に笑ってアルイードにそう言った。

 アルバスの横に黙って控えていたシノが頷いて、


「それでは失礼します、主。そしてアルイード様、またあとで。今日は朝食をご一緒できないのが残念ですが、また機会もある事でしょう」


 そう言って食堂を出て行った。

 耐えられそうだ、とはどういう意味だろうか。

 疑問はつきなかったが、聞いても答えてくれなさそうだ。

 

 そんなアルイードをにやりと見つめて、ぱちり、と指を鳴らした。

 するとどこかから現れたのか、青白い顔をしたメイドたちが食事をもってアルイードとアルバスに配膳する。


「じゃあ、朝食としようか」


 そう言って食事を始めるアルバスにため息をつき、アルイードは自分も食事を開始した。


 何をするにも、まず腹を満たさなければならない。

 そう思っての事だった。

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