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竜姫はチートを望まない  作者: 丘/丘野 優
第2章~迫害系チート少女編~
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第24話 霊魔転生

 ずぶり、と転移した瞬間に感じたあの感触は今でも忘れることができない。

 剣の刺さった感覚というのはこういうものなのかと、非常事態にも関わらず心のどこかののほほんとした部分が冷静にしかも慌てずにそんなことを考えていたのを覚えている。


 不死者の王ノーライフ・キングは何を思ったのか、アルイードを殺しにかかったのだった。

 そしてそのときばかりは、どんな運命の強制力もアルイードを邪魔しなかった。

 至極簡単に胸に通った不死者の王ノーライフ・キングの愛剣たる邪悪なる剣は、氷のような冷たさを残してすっと抜かれた。

 そして流れ落ちる血に、まさに胸にぽっかりと空いた穴。

 全く比喩ではないその事実にアルイードは愕然とした。

 しかも不死者の王ノーライフ・キングはその状況の中で楽しそうに笑っているのだ。

 その上、おまえも笑えと言ったので、アルイードは生まれて初めてかもしれない、強烈な怒りを感じたのを覚えている。

 思い返せば、不死者の王ノーライフ・キングはその言葉をわざと選んだのかもしれない。

 その結果として、アルイードは目覚めることができたのだから。

 いや……やっぱり、それは気のせいだろう。

 あの人に限って、あの適当な師匠に限ってそんなことはないだろうとアルイードはそのときのことを思い出してそう断定する。

 ただ、事実として、その怒りはアルイードを生かした。

 この状態を生きていると言うのならば。

 そうだ、アルイードは厳密に言うなら、もはや人間として・・・・・生きてはいない。


 怒りが湧いた直後、アルイードの意識は途切れた。

 しかし、それからしばらくして再度アルイードの意識は覚醒へと導かれる。

 不死者の王ノーライフ・キングがアルイードの頭に水をかけたからだ。


「まだ寝るな。ここで寝たら死ぬぞ」


 彼はそう言った。

 その言葉に、アルイードの怒りは再燃する。

 さきほどよりも強く、激しくだ。


 怒りは大量の魔力となり、そしてそれは王家の証へと集中した。

 その力は運命の改変のために使われることになり、そしてその改変の力は、そのとき最も可能性の高い、アルイードの存在の維持のための選択へと使われることになった。

 その様子を、不死者の王ノーライフ・キングは丁寧に観察していた。

 そして、すべての準備が整ったとき、アルイードの手をつかみ、そして言ったのだ。


「今からおまえは人を乗り越える。死を越えるのだ。霊魔の王たる俺、霊術創師アルバスがおまえを祝福しよう。理を受け入れろ。霊の理を。そして乗り越えろ。運命と、死を」


 不死者の王ノーライフ・キングの手のひらを通して、何とも言えない強大な力が流れ込んでいくことを感じていた。

 それは魔力だった。

 だが、不意に感じた。

 それは魔力であって、魔力とは異なるものだと。

 魔力が別のものへと変わったものであるのだと。

 その瞬間、不死者の王ノーライフ・キングは笑い、


「勘がいいな。行けそうだ。なぁ王子様その感じているものを自分の体中に分散させるイメージをしてみろ」


 言われたとおりにやってみる。

 怒りはいつの間にか消えていた。

 言葉に素直に従い、その魔力らしき何かを動かすよう念じる。

 するとそれは体中に流れていき、そして停止していく。


「そうだ……なんだ、俺の助言なんてほとんどいらねぇな……よし、いいだろう。王子様、自分の胸を見てみろよ」


 胸元を見ようとしたそのとき、アルイードは不思議な事に気づいた。

 さきほどまで感じていたすーすーする感じ、血の流れる感じが全くなくなっていることに。

 慌ててさっき目の前の男に大剣で貫かれた部分を見てみれば、そこには傷一つない肌があった。


「これは……治ってる?」


 首を傾げていると、不死者の王ノーライフ・キングは言った。


「治っていると言うより、おまえの存在が変わったから肉体はただの器と化しただけだ。傷はおまえの魂に刻まれている。まぁ、それも俺の霊力で完治したんだがな」


 そう言って、不死者の王ノーライフ・キングは立ち上がり、


「ま、これで問題なしだ。王子様、明日から修行はじめるぞ。今日のところは休んでおけ。地獄が始まるからな。はっはっは」


 そのまま、どこかに言ってしまった。

 アルイードがしばらく呆けていると、どこから現れたのか、脇に人形のような顔をした不思議な雰囲気の一枚布を身につけた女性がいつの間にか立っていた。その黒地に燃えるような紅葉柄が一枚絵のように壮麗に描かれているその服が、和服、と呼ばれるもので、どこかの竜によってもたらされた魔物文化の一つであるという事は、そのときのアルイードには知りようもないことだ。

 ただ、それでもアルイードはその着物の艶やかさと美しさに目を奪われた。

 それに、それを身につけている女性の、凛とした立ち姿にも。

 美しい少女だった。

 白磁のような肌に紫水晶のような瞳が揺れている。

 絹のような手触りがするだろう漆黒の髪は、室内灯の灯りに照らされて妖しく輝いている。


「アルイード様。わたくし、アルイード様のお世話役を申しつけられました、十六夜紫乃いざよいしのと申します。シノ、が名前、イザヨイが家名にございますれば、アルイード様のお国で言うと、シノ=イザヨイ、ということになります。お気軽に、シノとでもイザヨイとでも及びくださいませ。以後、よろしくお願いします」


 楚々とした姿でそう言われてはアルイードは頷くよりほかにない。

 アルイードの反応を見たシノは、ゆっくりと踵を返し、それからその雪のように白いほっそりとした手でアルイードの進むべき道を示した。

 はらり、と頬にかかる暗黒のような髪は、シノの魅力を存分に引き立たせている。

 恐ろしさを感じるほど美しい人がこの世にいたのか、とアルイードは少し考えた。

 しかしシノはそんなアルイードにゆっくりと微笑み、促した。


「それでは、どうぞこちらへ……」


 そうしてシノは、アルイードの手をとり、案内をし始めた。

 こつこつと進む彼女について行くに連れ、わかってきたのは今アルイードがいる場所はとても広大な城か何かの中だという事だ。

 ともすれば、アルイードの実家ーーつまりは王城よりも大きいかもしれない、いや、遙かに大きい。

 廊下の左側には巨大な縦長の窓が何枚も続いており、廊下自体も馬車が通れそうなほどに広い。

 さらにたまにすれ違う人物もすこぶる奇妙だった。

 体が透けている者が最も多かったが、骸骨のような者、肌の蒼白なまるで死人のような者、人魂に、幽霊ゴーストなど、枚挙に暇がない。

 おそらく、全員が不死者なのだろう。

 そして、遅蒔きながら、たぶんではあるが、その中に自分も入ってしまったのだと言うことに気づく。

 目の前の、案内をしてくれている少女も同じなのだろう。

 そう思って、質問したくなった。


「ねぇ、君……いや、シノ」

「はい?」


 少女は振り返って首を傾げた。

 その仕草は思いのほかかわいらしく、女性と言えば王宮の侍女と、班の変人二人しか相手にしたことのないアルイードは少しどぎまぎする。


「いや、あの……シノも、不死者なんだよね?」


 そう聞くと、少女は頷いて答えた。


「ええ。霊魔となり……いかほどの時が過ぎ去りましたか。覚えてはおりませんが、確かに私も人の世では不死者、と呼ばれるべき存在でございます」

「そうなんだ……」


 当たり前のようにそう言われて、もはや驚きも感じない。


「僕も、なんだよね?」

「そうでございます。しかし、アルイード様は霊魔の王より直接に霊力をそそぎ込まれた希有な方。我々とは少々異なります」

「というと?」

「霊力にも質がございますれば……我ら霊魔は、本来、現世に干渉できる肉体を持たぬものです。つまり何者にも触れられぬ幽霊ゴーストが通常の状態であり、現世に干渉するために躯に宿った者がスケルトンやグールと呼ばれる死骸を操るものはその一段階上の存在になります。そしてさらに上位になりますと、魔力を大量に保持した死霊の王たる墳墓王ワイトへと位階をあげることができますが、通常はここまで。生きた肉体を持つ、最上位存在たる"死を乗り越えし者ノスフェラトゥ"にまで存在の格を上げられるものは滅多におりません。霊の理を知るのは、それほどに難しいのでございます」


 言っていることの意味をアルイードはほとんど理解できなかった。

 ただ、それが世界に知られていない、魔物、と呼ばれる不可思議な生態をした生き物たちの真実に触れているということはわかった。

 だから、気になった。

 だって、それはアルイードにとっても重要な話だからだ。

 なにせ、アルイードはその魔物の一部になってしまったらしい。

 それに、王家に生まれ、その継承の証を手に入れたそのときから、魔物というものはアルイードにとって重要な存在だった。

 王家の継承の証、それは、かつて魔物によって・・・・・・刻まれたものであると伝えられているから。


 だから、アルイードは少女に聞いた。


「僕はその理を知ったの?」

「そうでなければ、アルイード様。あなたはその体を現在お持ちでなく、肉体無き黄泉の住人、幽霊ゴーストとして数百年、数千年の時を彷徨う存在になっていたでしょう」


 淡々と告げられた事実に、アルイードは自分がいかに危険な賭けを乗り越えたのかをやっと理解できた。

 そしてそんな賭けに承諾も得ずアルイードの命を勝手に投げ込んだ不死者の王ノーライフ・キングのあの男に腹が立ってきた。

 しかしそんなアルイードの心の内を読んだのか、シノは微笑みながら言った。


「それほど分の悪い賭けではございませんでしたよ。我が主アルバスは、あなた様が帰るところのある方であること、そして我が主ですら一目置く、いと高きところにおわすあの方のお気に入りであることを知っておられますから。あの方の近くで、あの方の力を受け続けたあなたの魂が、それほど弱いわけはないと言う当たり前の事実から、あえて賭けに放り込んだだけのこと。勝率は……そうですね、八割はあったようなものです」

「八割……」


 それは高いのか低いのか何とも言えない。

 ただのギャンブルで有ればそれは間違いなく高く、そのような勝負をし続ければ簡単に大金持ちになれるというに足る勝率だ。

 しかし、命が掛け金である場合は別だろう。

 死んだら終わり、とはよく言ったもので、いくら勝率が高かろうが一度でも負ければそこで終わってしまうのが命が掛け金の賭けだ。

 それを勝手に行われたとなれば、やっぱりとてもではないが、あの男を許す気にはなれない。


「ふふ……そんなにしかめられなくても。お気持ちは理解できますが……話は逸れますが、私もかつて、幽霊ゴーストでございました。幽霊ゴースト暮らしも、慣れれば悪くないものでございますよ?」


 ほっこりと暖かい笑みを浮かべて、シノはそんなことを語った。


「シノが……幽霊ゴーストだった? じゃあ、それから修行を積んで今の……霊魔に?」

幽霊ゴーストも広義では霊魔でございますよ。狭義――霊の理を識った者、という意味では霊魔ではございませんが」

「では……霊の理を識ったのは……?」

「そうですね、思い出してみれば……数百年ほど昔でございます。わたくしはそもそも、霊魔として素質の高い方ではございませんでした。しかしある時、いと高きあの方に出会い……それからの日々はあっと言う間でございました。気がつくと、わたくしは霊の理を識り、肉体を得ていたのでございます」


 かなりいろいろ省略されて説明された気がする。

 しかしそれ以上詳しく語る気はないらしい。

 それに、シノの足がぴたりと止まった。

 どうやら目的地に着いたようだ。


「こちらが、アルイード様の今日のご寝所でございます。ごゆっくりお休みくださいますよう……」


 そう言って、シノは扉を開け、深く頭を下げて部屋に入るようアルイードに進めた。

 アルイードは言われたとおり、中に入ると、それを確認したシノが、


「では、明日の朝、お食事をご用意致しましたら呼びに参ります。何かございましたら、そちらのテーブルの方に鈴がございます。音が聞こえましたらわたくしがすぐに参りますので、ご安心してお休みになってください。それでは、ごゆっくり……」


 そう言って、静かに扉を閉めようとする。

 アルイードは締まりかけた扉に向かって、


「ありがとう」


 と言った。

 すると、わずかに扉の間から見えていたシノの口元が微笑んだのが見えた。

 アルイードは満足して、扉の閉まる音を聞いた。


 それから、改めて部屋の中を見てみたのだが、これがすこぶる豪華な部屋で、アルイードは再度驚く。

 アルイードの住んでいる王城も、贅の限りを尽くしたすばらしい者であるはずなのだが、ここに比べれば霞んでしまいそうだった。


 調度品、ひとつひとつが、それこそ芸術品と言っていいほど精巧なものであり、また水差し一つとってもかなり高度な魔術的加工の施された魔導具であることが一目見ただけでわかった。

 実際、水差しをとり、コップに水を注いで飲んでみたところ、まるで清流の水のようになめらかで、ほのかに甘く、今まで飲んだことのある水の中で最もおいしかった。

 水だけでこれほどの感動を覚えるとは思いもよらなかったアルイードは、この機会に沢山飲んでおこうと、水差しに入っていた水のほとんどを飲み干してしまった。

 そして、アルイードは気づいた。

 まず、全く腹が膨れないこと。

 あれだけ水を飲めばお腹いっぱいになりそうなのに、全くそんな気配はなく、まだまだいくらでも飲めそうである。

 そして、そんなことを思った瞬間、水差しを見てみれば、さっきまで明らかに空っぽだったのにも関わらず、今では初めにこの部屋に入ったときと同様、並々とした水がたたえられている。

 飲んでみればさきほどと全く同じ味がしたので、さらに驚く。

 つまり、この水差しは永遠に水の減ることのない泉なのだ。

 一体どうやってそんなものを作ったのか疑問は絶えない。

 ただ、間違いなく、この水差しは逸品であった。

 そしてアルイードはほかにも似たようなものがないか、しばらくの間寝室中を物色する。

 その結果出るわ出るわ、妖しげで有用な品の数々が。

 とうとう、そんなものに驚くのも疲れ切ったアルイードは、備え付けられたベッドに横になり、休むことにした。


 明日、あの少女が、シノがアルイードを起こしに来てくれる。

 そのことを思うと、眠りに落ちることが少し楽しかった。

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