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竜姫はチートを望まない  作者: 丘/丘野 優
第2章~迫害系チート少女編~
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第23話 金髪天使少年の回想

 吸血鬼とは対照的に、霊魔の少年ーー金髪天使少年ことアルイードは歓喜していた。

 全身に感じる解放感。

 もはや誰も自分のことを檻に繋いだりはしない、出来ないのだと言うことが、あたりの景色からはっきりと理解できる。


 思えば、たった数日の出来事だったはずなのに、一生分の地獄を味わったような気分だった。

 アルイードとて、決して楽な人生を歩んできたわけではない。

 むしろ、王族で、庶子でしかないという微妙な立場に置かれてきたことにより、通常の人間より遙かに厳しい人生を送ってきたと言える。

 それにも関わらず、この数日が、この数日こそが人生で最もキツかったのだ。

 今ならはっきり言えるだろう。

 もう一度この数日を繰り返すことと、今まで送ってきた王族としての日々、どちらを選ぶのかと聞かれたらアルイードは迷うことなく後者を選ぶと。


 だから、そんな日々からの解放はアルイードにとって、何よりも嬉しく、これほどの感情が自分に宿っていたのかと驚くほどの喜びだった。

 それこそが、霊魔となり、人間の限界を超えたことに基づく副作用のようなものなのだが、そのことをアルイードは知らない。

 霊魔の王たるあの男、不死者の王アルバスも、アルイードにそのことを教えはしなかった。

 おそらく必要がないと判断したのだろう。

 どうでもいいことだと。


 霊魔の王がアルイードに言ったのはただ一つだ。


「命の続く限り、戦え」


 それは、霊魔が持つべき真理なのだと言う。

 それ以外を、霊魔の王は眷属に求めることはない。

 ただ人生のすべてをかけて戦うこと。

 それだけを、霊魔の王はアルイードに求めた。


 期せずして、それは、アルイードにとって、新鮮で、かつもっとも必要な価値観だった。


 アルイードの人生は、それまでずっと"逃げ"で構成されていたからだ。


 庶子にすぎないのに、次期国王にだけ刻まれると言われる証がアルイードにはあった。

 そのことがすべての始まりだった。

 それを見つけた王宮の侍従たちは、そのことを国王に奏上し、そしてその事実はすべての関係者が知ることになってしまった。

 それからは、悪夢の連続だ。


 食事に毒が入れられたことなど些細なことで、事故に見せかけて殺そうといつも危険な場所に置かれていたし、暗殺者に狙われたことなど枚挙に暇がない。


 それでも、アルイードは死ななかった。


 それが、次期国王になことを運命づけられた者の宿命なのか、死ぬことはどうやらアルイードには許されていなかったらしい。


 毒を飲んでも、数日間の苦しみの末に生き残った。

 危険な場所に赴いても、いつも護衛や侍女侍従が全員死ぬことになり、結果として自分だけが助かる。

 暗殺者たちはその技量にあるまじきことだが、なぜか偶然見つかったり、武器を振り下ろそうとした瞬間、護衛に邪魔されて失敗したりした。


 何度もそんなことが続く度、アルイードの感情は徐々に恐怖から諦念へと変わっていく。


 これは、運命なのだ。


 そういう運命なのだ。


 そう思わずにはいられない日々だったからだ。


 そう思わなければ、壊れそうな気がした。


 そうでなければ、今まで起こった人の死は、すべて自分のせいだと受け入れなければならなくなるかだ。


 だから、アルイードは死にたくてたまらなかった。


 自分だけが生き残る。


 ほかのみんなは死んでいく。


 そんな日々に嫌気がさしてきたのだ。


 けれど、やはり運命は運命だった。


 自分で死のうとしても絶対に死ぬことはできなかった。


 高いところから飛び降りても突風が運良くアルイードを助けた。


 ナイフで手を切ろうとしても、どんなに人目につかないところにいっても偶然見つかるのだ。


 これは呪いだと、運命ではなく呪われた何かなのだと思わずに入られなかった。


 王族の証。


 いつも死に直面したとき、それが光り輝いていたのを覚えている。


 すべての死へ向かうべき運命を、それが、アルイードを生へと引き戻すのだ。


 そして、アルイードはあきらめた。


 どうしようもないことに努力することなどばからしいからだ。


 それからは従順になり、言われたとおり生活するようになった。


 誰かに関わると人が死ぬ。


 だから、人とは出来るだけ関わりを持たないように、ひっそりと暮らした。


 けれど、王家は勤勉でないアルイードを許しはしなかった。


 家庭教師をすら避けるようになったアルイードを、王家は魔法学院へと無理矢理入学させたのだ。


 本来試験を通らなければ入ることのできないそれは、王家の権力を持ってすればそんなものは受ける必要すらないらしい。


 とはいえ、もしまじめに試験を受けていたら、アルイードが受かっていたことは間違いなかっただろうから、問題はないのかもしれなかった。


 魔法学院など、同年代の学生が大勢いるところである。


 まずい、とアルイードは思った。


 これ以上、人と関わりをもって、自分のために死なせるのは許容することができないと思った。


 だから、ずっとひっそりと、どれだけ悪口を言われようとものけ者にされようとも、むしろそれを望んで受け入れた。


 そうであれば、自分は人と関わらずに済むから。


 誰も殺さずには済むから。


 なのに、一人の少女がある日、アルイードに話しかけてきた。


「余り物同士みたいだし、班一緒に組もうよ?」


 平凡な容姿の、何の変哲もない、なのに妙な圧力を感じる、おかしな少女だった。


 彼女が、自分の人生を変えてくれるなどとは、このとき全く考えても見なかった。


 班を作るのは別にかまわなかった。

 そうしなければ、単位を獲得できない以上、どうあっても作らざるを得ない。

 だけどその場合、アルイードは出来るだけ表面的なつきあいをして終わろうと思っていたのだ。


 なのに、思いもよらず、同じ班の構成員とは仲良くなることになった。


 なぜといって、彼らの背負った運命がアルイードに勝るとも劣らない、悲惨なそれだったからだ。


 アルイードに降りかかった凶運も、ほかの二人をおそうことを避けるだろう、いや、避けずともこの二人はいずれ死ぬのではないか。


 そんなことを思わせるほど、その二人はひどかった。


 それに、初めにアルイードを誘った少女。


 彼女はそもそもそんなアルイードの運命を笑ったのだ。


「私には関係ない」


 はっきりとそう言った。

 実際、生徒に扮してアルイードに襲いかかろうとした暗殺者を、ほかの二人の構成員や、通りがかった生徒たちに気づかれもせずに一瞬でどこかにやってしまったのを見て以来、この人には僕の運命なんてちっぽけなものなんだという思いがし始めた。


 実際、彼女はほかの二人の持つ苦しみも鼻で笑って関係ないと言い切った。


「運命? 魔王? 灰髪? そんなもの、平凡な女学生の前においてはつまらないものよ」


 いつから平凡な女学生とは運命をねじ伏せ魔王の眷属のみが振るうはずの力を自在に操り精霊と直接会話をして言うことを聞かせるものになったのか疑問を感じないではなかったが、彼女の言葉はアルイードの班の全員にとって救いとなった。


 三人でわんわんとその平凡な女学生の膝の上で泣いたのはいい思い出である。


 それからは三人、すごく仲良くなったし、平凡な女学生を名乗るその少女とも仲良くなった。

 ただ、友達と言うより、先生とか保護者とかそんな立ち位置になってしまったような気がして、今ではもう逆らえる気がしない。


 実際、彼女からは様々な技術や知識を学んだ。

 その中には王家の証に関するものもあり、いったいどこでそんな知識を得たのかと聞いてみたこともあるのだが、「まぁ平凡な女学生だからね。たしなみよね」などと意味不明な返答をされた。

 おそらく冗談でもごまかしでもなんでもなく、本気でそう言っているということがその目からはわかったので、なおさら何も言うことができず、無理矢理自分を納得させて、「平凡な女学生は何でも知っている……至って普通だな」ということを事実として自分の頭のなかにたたき込んだ。


 そんなとんでもない彼女ではあったが、その彼女だってまた甘い方、優しい方だと知ったのは、班を作ってしばらくしてからのこと。


 学院対抗戦において、我がクラス主席の女の子の姉の戦いを目にしたあとのことだ。


「あれに勝つのは相当厳しいなぁ」


 などとあっけらかんと言い始めたかと思えば、


「明日休みだし、みんな空いてるよね? ちょっとお出かけしよう!」


 などと言い始めた。

 友達と一緒に出かけるなど、人生通して一度もなかったアルイードは、その提案にすごくわくわくしてしまって、つい、素直に空いてます、と言ってしまったのだ。

 それはほかの班員も同じらしく、アルイードの班は全員で平凡な女学生たる彼女の後ろについて行ったのだ。


 しかし、連れて行かれたのはそれこそ悪夢の場所だった。


 それは地獄としかいいようがなかった。


 入った瞬間はなんでもなかったのだ。


 そこはケラー侯爵のお屋敷で、国内の貴族はみんな知っている人であったし、国外でも名の轟いている大家ではあるのだが、一応王族であるアルイードにとっては恐れるような人ではないはずだった。


 けれど、その認識はとんでもなかった。


 彼は、平凡な女学生たる彼女の言に寄れば、"元魔王"であり、人ですらないと言う。


 そしてそんなケラー侯爵と対等に話している二人の人がいたのだが、その二人も尋常ではない存在だった。


 当然、人間ではない。


 しかもそのうちの一人、"不死者の王ノーライフ・キング"と平凡な女学生に紹介されたその男は、アルイードにとって悪夢そのものだった。


 その男はアルイードを見て、一目で王族だと理解した。

 あとになってどうしてわかったのか聞いてみたところ、証から漏れ出る魔力でわかったのだという。

 どんな目をしているのかよくわからないが、彼には魔力を目で見ることができるらしかった。

 平凡な女学生も、不死者の王と一緒にいた女性ーー亜神ハイエルフも元魔王も、同じ事が出来るのだという。

 どんだけ人外だらけなのだと思わずにいられない。


 ただ、そのときはそこまで深く考えてはいなかった。

 恐ろしい情報を聞き、そして戸惑っていた。


 そしてその戸惑った瞬間に、平凡な女学生はさらに畳みかけるように彼らにアルイードたち三人を鍛えてもらう、などと言い始め、それと同時に三人とも別人物に首根っこを捕まれた。


 黒学者少年ーーモーリスは元魔王に、灰髪少女は亜神ハイエルフに、そしてアルイードは不死者の王に。


 それからどんな技術力なのか魔力なのか、三人ともそのまま転移術式を無詠唱で起動しはじめ、気づいた頃には全く別の場所へと別々に転移していたのだった。


 あのとき、アルイードは初めて神に祈った。


 あぁ、誰でもいいのでどうか助けてください、と。

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