第20話 さらば、バカンス
「おい……おいおい、なんだ、なんなんだこりゃあ!!」
開口一番、そうして自身の感じる驚きを外部に表現したのはメドラ魔法剣士である男である。
周りに存在するあらゆる者を見つめながら、まるで初めてそれを見たかのようにしげしげと観察するその姿はまるで幼子のようである。とてもではないがその容姿から可愛らしいとは表現できようはずもないが、それでもなんとなく笑いがこぼれてくるのは男の挙動から感じられる素直さというか無邪気さというか、そういうものがあるからだろう。
男はいま、確かに人生で初めての感動に打ち震えているのだった。
「調子はどう?」
私がそんなことを言うと、男は満面の笑みで言う。
「こいつはすげぇぜ! 世界が変わるってこういうことを言うんだな! いろいろなものが見える……魔力の動きが、分かる。魔法陣の存在が見える!」
「それが、魔眼だからね。あんたの目的は達成。胸を張ってお国に帰れる。ユウリをさらう必要はなくなった。みんな万々歳。それでいい?」
「あぁ! 願ってもねぇ! ガキをさらわずに済んだし、俺の首も繋がったな……よかった」
先に子供の話が出てくる辺り、やっぱりもとはそんなに悪い奴ではないのだろう。この様子ならもう大丈夫だろうと思った。
ただ、ユウリが魔眼をなくしたという事実は、今のところこの男しか知らず、その情報を知らない別の誰かがまたここにやってくる可能性はゼロではない。そんな事態は避けなければならないし、もし来た場合には私が返り討ちにするつもりであった。とはいえ、できるだけ楽をしたいので、男にはしっかりと釘を刺すというか、仕事をしてもらうべく告げる。
「あんた、このまま国に戻るのはいいけど、その後ちゃんと、ユウリから眼を奪ったって言いなさいよ」
そう言うと、男はしたりと頷き、言った。
「分かってる……俺にここのことを教えた情報屋にはそれとなく流しておく。とはいえ、どうやって眼を奪ったのかが問題になると思うんだがそれはどうすればいい」
男はふと考え込むようにそう言った。
まぁ、普通は眼の移動なんて不可能だ。移植でもなんでもなく、ただその存在を移し替えたのだから。ユウリの眼は初めから最後までユウリの眼のままだし、この男の眼もまた同じである。
ただ、魔眼という存在そのものを移し替えた。そんなことができる者は普通、あまりいないものである。
そしてこの男の所属する国はあらゆる有用な技術を欲しており、その研究に余念がない。そのような技術の存在を知った場合、どうにかして実用化の目処をつけようとするだろう。そこまで考えての発言を男はしたのだった。
本来なら、それくらい自分で考えれば、と言いたいところだが、今回に限ってはユウリがいるのでそういうわけにはいかない。当事者であるユウリをさらいにまたこいつが来ることになりかねないからだ。
そこまで考えた私はポケットからあるものを取り出し、男の顔にぶん投げてぶつける。
ぺしり、とそれを顔にぶつけたその男は「いてっ!」と声をあげ、その後文句を言おうとしたようだが、そのぶつかったものが何なのか確認するや否や驚きの表情でしげしげとそれを見つめて改めて私に質問してきた。
「……おい、なんだコレ」
「見ればわかるでしょ? 火竜の鱗よ」
「いや、分かるが……なんでこんなもの!」
男は叫び出す。その気持ちも分かろうというもの。火竜の鱗なんて貴重品はなかなかお目にかかれるものではない。しかも男の手元にあるものはそこらの火竜など足下にも及ばない存在から採取したものである。
「火竜の中でも古竜に属する爺の奴だから……結構な力を宿してるはずよ」
「見りゃわかる! 魔眼が、教えてくれている……」
「まぁ、あんたじゃ絶対に狩れないクラスなのは明らかでしょう。だからあんたは突然、古い火竜が現れてそいつが魔眼の移し換えをやったって言いなさい。それなら、そんなにおかしな話じゃないわ」
そう、昔話にはそんな話がいっぱいある。
竜がどうこうしたとか、神がどうこうしたとか、化け狐がどうこうしたとか、そういうお話が。
なのでその辺に乗っかるのだ。
もちろん、眉唾物以外の何者でもない話なので普通は信じないだろうが、今回に限っては証拠となる火竜鱗がある。少なくとも嘘は言ってはいないと断じるほか無いはずだ。
そして、
「その火竜が、元々魔眼を持ってた子供を守護してるから、手を出すなら自分を敵に回すことになると言っていた、とも伝えなさい」
「……なるほど。そうすれば手を出すのは厳しいか」
「どうだか。あんたの国はどうしようもないらしいからね。人質にとって火竜を罠にかけようとか考えるかもしれないわよ」
「ないとは言い切れないのが辛いところだが」
「まぁ、そんなことしようとしたら私が敵に回るから、あんたは一生懸命上司を説得する事ね。どうにもならなかったら……そうね、私に連絡しなさい。これもついでにあげる」
そうして私は男にゴブリン技術により製造された伝送魔導具をぶんなげる。見た目はただのネックレスで、まぁ男がつけておかしくないような銀の鎖と竜を象った意匠のトップのついたものだ。
「これはなんだ?」
「私に連絡したいときは、それに魔力を通しなさい。そうすれば私と念話ができるから。どうしようもないときは……仕方ないから助けてあげる」
「こんなもので念話が……メドラでも相当巨大な施設を使わないとできないぞ。これ、距離はどのくらいまで……」
「どこにいようとも関係なくはなせるわよ」
「……あんた本当に何者なんだよ……まぁ、ともかく、分かった。……魔眼手に入れて改めて理解したが、あんたの魔力、それ何なんだよ……見た目も変わってるぞ、オイ」
何って、平凡な女学生の持てる平凡な量の魔力ですが。
見た目?
どう見ても地味な女だろが。
「どこがだ、とはもう言わん……あんたは平凡な女学生で納得しておくことにする」
「賢明ね。あんたのそういう感じ、結構気に入ったのよね」
「なんだ、惚れたのか?」
「馬鹿言うんじゃないわよ。人間にもマシなのがいるなって、ただそれだけ」
「はっ……言うじゃねぇか。じゃあ、俺はもうここには用はない。またいつか会うかもな」
男はそう言ってきびすを返し家の入り口に向かっていく。
けれど私はそれに対し首を傾げて答えた。
「どうかしら……今ここにちょっと火の玉みたいなのがやってきそうなのよね」
「は?」
私の近くには家の外から何者かがやってくることを正確につかんでいた。
それは、スラムの外からこの男を追ってきて、途中で見失い、けれどスラムの住民から目撃証言を集めてここを突き止めたらしい。しかも、速度と勢いが半端ではない。怒っているのか、急いでいるのか。それはよくわからないが。
……あぁ、もしかしたらここの人間の知り合いなのかもしれないな。
そう思った私は銀髪栄養失調少女に質問する。
「ねぇ、今ここに誰か向かってきているわ。貴女たちの知り合いかも」
「知り合い? それはどんな人ですか?」
「そうね……若い男ね。少年と言ってもいい年齢だわ。ただ、鍛えられてはいるようね。身なりは……平民のものかしら」
「それくらいでは絞りようもありませんが、ただ思いつく人を挙げるなら、オルトでしょうか。よくここに来て子供たちと遊んでくれる、今は魔法学院に通っている元スラムの住人です」
「なるほど」
確かに、魔力を感じるな。弱くはない。学院生徒で言うなら平均的なところだろう。
というかよくよく注意して確認してみれば、こいつは知っているぞ。
こいつは……あのチートの仲間だ。そうだ。
「赤髪剣士……」
「あら、赤髪なのですか? でしたらやっぱりオルトですね。彼はかなり特徴的な燃えるような赤い髪をしていますから」
銀髪栄養失調少女はそんなことを宣った。
勘弁してくれ。私はあんなのの一団とは関わりたくないのだ。
こんなところでぐずぐずしていたら、私はあれに会ってしまうではないか。後ろから監視しているのが一番だというのは、そんなのはごめん願いたい。
あぁ、そうだ。なんだか突然用事が、用事があるような気がしてきたぞ。
そうだこの場から去らねば。
別にもう魔法剣士はここの人間をどうこうする気はないだろうし、赤髪剣士もこの銀髪栄養失調少女と知り合いなら子供らが危険に陥ることもないだろう。
そう確信した私はシュタッと手をあげてユウリ達子供の一団に言い放った。
「じゃ、わたしそろそろ用事があるから帰るね。またそのうち来るから」
「あ、待って……」
ユウリが何か言い掛けたのを無視し、ともかくその場から姿を消す。
そしてスラムを上空から見下ろすことのできる位置に浮かびながら、自らの体に隠匿の魔術をかけつつ、誰があの家に来ようとしていたのか改めて目視で確認した。
「……やっぱり赤髪剣士」
案の定、私の近くは正しく、赤髪剣士が猛然とあの家に向かっているのが見えた。このままではあの魔法剣士と一色触発なのだろうが、それはまぁ、なんとかなるだろう。
あの魔法剣士の技量は人間にしてはかなり高い。赤髪剣士に負けるとは思わなかったし、私の釘差しがある以上、あの子供らに関係のある赤髪剣士に重傷を負わせるとも考えにくい。まぁ、もしそうなったらサービスで直してやろうと思った。
そうしてふいと一瞬他の方向に視線を向けた私は、王都のあらゆる方向から煙が上がっていることに気づく。
まぁ、だいぶ前から気づいていたが、この都はただいま魔物の進入を受けている。
私にどうにかするきはさらさらないが、まぁ、この都の戦力なら無傷とは言わないがなんとかはできるだろう。
それにどことなく知った気配を、都のそこここに感じるのだ。
気配から、強力な魔物が三体ほどこの都に進入していることを確認したが、知った気配がその強力な魔物の近くに出現しようとしていることを、私は理解する。
そして、空の上からぽつりとつぶやいた。
「……休暇もそろそろ終わりだしね」
それは、こないだどこかに連れてかれた誰かのフラグを立てるかのような一言だった。