第17話 洒落で生きてます。
知ってる?
と、ユウリの顔を見ると、首を振った。そんなに有名な話ではないという事か。この男のように、それなりに国の中枢に関わる人間でないと知りえない情報なのかもしれなかった。
「とは言っても、主な原因はメドラにあるんだがな」
「原因って何?」
「王族の継嗣問題だ。この国の王位は、その体に証が出た者に譲られる。それは知ってるか?」
「……そうね」
良く知ってる。というか、その中枢の人物は私の友人である。一応。蟻地獄に投げ込んだけど。
「それに伴って、王宮は今、てんやわんやでな。王妃やら側室やらが権謀術数を尽くして陰謀を張り巡らているお陰で今あそこは伏魔殿と化している。そんな状況を傍観している訳にもいかない高位貴族は自分の領地を置いて王都に留まらざるを得なくなっている。結果として、国内の情勢はかなり悪化しているんだよ、この国はな」
あの金髪天使少年を見ている限り、そんな王国の存亡が、みたいな大問題が発生しているとは思ってもみなかったが、よく考えれば王位がかかっているのだ。それくらいの事が起こっていておかしくはないだろう。
「まぁ、そんな訳でだ。統治体制の弱体化を察知したメドラは、今が機とみてこの国に攻め込むつもりなんだよ。そのための戦力増強をだいぶ前から図ってる」
「その一環として、魔法技術の先進化が求められてな。様々な分野において研究が盛んだが、そのうちの一つとして“眼”を……特に“魔眼”の実物の入手が喫緊の課題だったんだ。そこへ来て、とある情報筋からその眼を持ってるやつがここにいるという話が持ち込まれた……」
「見事なまでに陰謀渦巻く国際情勢ね」
ため息をつきながらそう呟くと、男は皮肉な笑みを浮かべながら、
「どんな時代も国家間の関係ってのはこんなもんだろ。奪い奪われってな……」
などと言った。
そんな男の様子を見ながら、おや、と思う。なぜと言って、男の口調と表情から、そんな世界にうんざりしているような雰囲気が感じられた為だ。
とは言っても、ユウリを誘拐させるつもりは全くわかないのでどうでもいい話ではあるが。
私は男に水を向ける。
「それで? 魔眼持ちを出せって?」
「そういうこった。別に俺だって手荒なことがしたいわけじゃない。魔眼持ちさえ連れていければそれでいいんだ。それに連れてった後のことも、それなりの待遇を保障する」
意外にも、理性的な台詞である。現れた当初のこの男の様子も、もしかしたら円滑に交渉するための布石だったのかもしれない。別に契約しようとかそういうわけではないのだから、脅迫をしつつ自分から素直に身柄を渡してもらえば暴力も振るわずに済む。
考えれば考えるほど、そんなに悪い男ではないのかもしれない気がしてきた。
ただ、最初の条件――つまりユウリを寄越す、という点について飲み込めない以上は、そんな印象など無意味である。
そもそも男の言うそれなりの待遇を保障する、などという話は信じるに値しない。こいつが保証しても、こいつの親分がどういう判断をするのかは分かったものではない。
メドラはそういう国だ。
なので私は言う。
「そんなの信じられるわけないでしょ」
すると男は腰に差した剣に触れ、言った。
「だったら……力づくだ」
「私に勝てると思ってるの?」
そう言うと、男は冷や汗を滲ませながらこちらを真っ直ぐ見つめた。
その目はあんまりいい目ではない。なんというか、死を覚悟した感じというか……。
そして、男は言う。
「正直、勝てる気がしない。だがな、ここで引いてもどうせ俺は殺されるんだ。“魔眼持ち”をメドラに連れて帰る。それが俺に下された指令だからな」
ここで引いても結局結末は変わらないから、ここで戦って死ぬってことか。合理的ではあるな。
でも私は別に殺す気はないのである。人殺しなんて勘弁だ。まぁ、時と場合によってせざるを得ない理由があれば別であるが、こんな平日の昼下がりにどうしてそんな血なまぐさいことをせにゃならんのだ。
このとき、私の顔は心底嫌そうな顔をして歪んでいたことだろう。
ユウリの妙な視線を感じる。
「あんたのとこの王様って、そんな酷い訳?」
「こんなこと言いたくないがな。手ぶらで帰った俺の運命は絞首刑か磔刑か射殺だぞ」
それはつまりどう転がっても死刑と言うことだ。
射殺とは、この世界に銃は存在しないので、つまり魔法か弓矢による射殺のことである。
なんだか男が気の毒になってきた私は、どうにかこの男にすっきりさっぱり却ってもらえないかと考え始めた。
どうしよう。
しかしそんな私の心のうちなど露知らず、男は悲壮な覚悟を決めた顔をして、剣を抜き、私に向けた。
「あとは剣にて語るのみ! いざ!」
あんだけ気だるげかつやる気なさそうで粗野な態度を見せておきながら、いざ戦いに入ろうという段になって、男の態度はかなり立派な騎士そのものであった。
まず不意打ちすることが出来たはずなのに、しなかった。
それに、わざわざ戦いの開始を宣言した。
その上、私が構えるのを待って、男は構えているにも関わらず、動かない。
なんというか……。
なんだか、助けたくなってきた。こいつを殺すのは惜しい気がする。
ふと、後ろを見ると、ユウリ達が不安そうな顔をしている。
……よくよく考えてみれば、ユウリ達は私の力を知らないのであるから、この状況はとっても強い騎士が平凡な女学生に剣を向けているという絶望的な図に他ならない。
威圧とか変な眼とか、色々見せてはいるつもりだったが、実際に力を振るったわけでもない。そりゃあ、不安にもなるだろう。
なので私は安心させるべく、ユウリ達に言った。
「大丈夫だから」
しかし、ユウリ達の不安は払しょくされなかった。
むしろ、どこが大丈夫なのかと聞きたそうな表情でこちらを見つめている。
……これはもう、実際に見せないとだめだな。
そう決意した私は男に向き直り、そして言った。
「もう、かかってきていいわよ」
「何を……構えてもいない者に剣は向けられない」
「さっきからさんざん子供を脅しといてそれはないと思うけど」
「元から、振るうつもりはなかった……今は違う」
「そう……まぁ、いいけど。じゃ、私、忠告はしたからね? 後で文句言うのはなしだよ?」
「何を……?」
私の台詞に一瞬怪訝そうな顔をする男。
しかしもう遅い。私は言った。はっきりと。
これで何をしようと私の勝手である。
そうして、私は男に攻撃を加えるべく、腰から申し訳程度に下げられていた小型のナイフを引き抜いて構えた。
そして、じりじりと後ろに下がり、攻撃を放つべく男を見つめた。
「……平凡な女学生の力、とくと見なさい」
まさか大剣を構える自分にナイフで挑むとは思ってもみなかったのだろう男は、それでも私が攻撃を加えるつもりであることを悟ったのだろう。ナイフによる攻撃を防ぐべく男は大剣をしっかりと握って私を見た。
そうして、男と私、ユウリ達の息遣いしか聞こえなかった静かな空間に、直後、開戦を告げる私の声が響く。
「……ファイアーブレス!!!!」
次の瞬間、驚愕に眼を見開く男を尻目に、私の口から高温に熱せられた吐息が男に向かって放たれたのだった。
ナイフなど飾りです。