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竜姫はチートを望まない  作者: 丘/丘野 優
第2章~迫害系チート少女編~
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第16話 この国と隣国について

「話が終わったなら、俺の用事を済ませてもいいか?」


 余裕をもって、その漆黒の鎧をまとった男はそう言った。禍々しい何かがその男からじわりと噴出する。その雰囲気は、どう考えても、その“用事”が穏便に終わるようなものではないことを示している。

 そのことを察知したのか、銀髪栄養失調少女が警戒気味に子供たちを自分の後ろに下がらせて鋭く言った。


「その用事というものがどのようなものなのかは存じませんが、少なくとも挨拶も無しに人の家に入り込むような方とお話しするようなことはありません」


 意外に強い拒絶であった。私がすんなりと受け入れられたのはユウリに連れてこられたから、という事情があったからで、ふらりとここにやってきただけならもっと警戒され、追い返されていたのかもしれないとその銀髪栄養失調少女の様子を見て考える。


「おぉ、それはすまなかったな。ここが家だとは思わなかったんだ。何せ扉もないし、壁もぼろぼろだしな……廃墟か何かだと」


 漆黒鎧男はそう言って嘲る。嘲ってはいるが、正直その感想は至極正当であり、私の思ったこととも一致するのでその一事をもって男の性質をどうこう言うことは私にはできない。

 が、あまりにも感じが悪い。私は悪気なくそう思い、その旨ユウリに告げたのであって、漆黒鎧男とは違って純粋な疑問としてそのような感想を抱いただけだ。

 漆黒鎧男はそうではなく、ここにいる銀髪栄養失調少女をはじめとする子供たちを馬鹿にしてそう言ったのである。それは、許せたものではない。


 などと、私が言っても説得力のかけらもないのだが。

 ただ、同じような感想を持ったのは当然私だけではない。


「廃墟じゃない! 家だもん!」


 そう叫んだのは、銀髪栄養失調少女の後ろに隠れている子供たちの一人の少女だ。ぼさぼさの髪に襤褸を纏って実にみずぼらしいが、その声には張りがあった。体の奥底から出た叫びだからかもしれない。

 ユウリもそうだが、余程この“家”にこだわりがあるようである。まぁ、みんなで一緒に作ったと言っていたし、ある程度の年月をここで過ごしてきたのだ。愛着も深いことだろう。その気持ちは分かる。

 けれど男の方はそんなことは知ったことでは無いようで、叫んだ少女をギロリと睨みつけ、それから言った。


「家? 馬鹿なことを言うな。廃墟だろうが……おっと、そんなことはどうでもいい。それよりも用事だ。おい、ここに“眼”を持つガキがいるだろう? そいつを出せ。それで勘弁してやる」


 男の言葉はそこにいる人間に劇的な変化をもたらした。

 誰の事を男が探しているか、今の一言ではっきりしたからだ。

 私?

 私は特に驚きも何ともない。そんなことだろうと思っていたからだ。

 “眼”は人間においては珍しい。それが魔力視に長けた魔眼であるなら、なおさらだ。本来、魔力との親和性が極端に低い人間にそのような代物が生まれつき身についていることなどありえないことなのだ。にもかかわらず、ユウリにはそれがある。欲しがる者がいてもおかしくはないだろう。その利用法を考えれば、いくらでも思いつく。たとえば単純に魔術師になることを考えても、その“眼”の有用性たるやおそるべきものがある。相手の使おうとする魔術をその魔力の集中・放出・構成のありとあらゆる段階において見破ることが出来、また魔方陣の構成を視ることができるということはその魔術を奪い取ることができることをも意味する。

 この世界において、魔術は国家の存亡を決める国家機密である。その辺に転がっている生活魔術とは違い、攻撃用の、特に大きな破壊力をもつ大規模殲滅魔法はどの国も開発と分析に余念のない分野だ。当然、隠蔽にも気を遣い、裏の世界ではその研究結果の奪い合いが頻繁に行われてるほどである。

 なのに、ユウリはそんな状況をただ視ただけで一変させてしまう力があるのである。彼女はただ視たことを報告すればいい。それだけで大量のデータが一瞬で集まる。

 そのことを男はよく分かっているのだろう。だから、男はユウリを出せと言っている。

 けれど、そもそもの問題として、男は一体どこでユウリの存在など知ったのか。こんなスラムの奥のちっぽけな子供の集団の中に、魔眼という世にも稀有な存在がいるなどということを、どうしてこの男は掴むことが出来たのか。

 気になった私は、男に聞く。


「あんたなんでそんなこと知ってるの? “眼”を持ってる奴がいるなんて、人間には知りようがないでしょうに」

「人間には? 妙なことを言いやがる……。まぁ、そんなに知りたいなら教えてやってもいい」


 一瞬怪訝な顔をしたが、男は気を取り直して話を続けた。


「ま、そんなに長い説明があるわけじゃないがな。知ってるか。この国には“魔女”が棲んでいるということを」


 魔女、と来た。なんとなく聞き覚えのある単語に、私は頭痛を感じる。

 魔女と言う種族がこの世に存在している訳ではない。単に、人知を超える力を持った存在を、そう呼ぶと言うだけの話だ。そう私は認識している。ただ人間は魔女を種族だと考えているようで、そのために基本的に彼女たちは亜人扱いされる。間違った知識も多く、人間の間では魔女は女しか生まない亜人だと言われている。世界各地にそのような名称で呼ばれる者がおり、各国が自陣に引き入れようと努力しているが、なかなかそううまくはいかない。魔女たちは基本的に隠遁生活をしていて、自分の領域の外側へと出ようとはしないからだ。それは彼女たちが人の間に生まれた存在にしては奇妙なほど長い寿命を持ち、そして強い力を持っていることを自覚しているからだ。


 そして、その正体を私は知っている。魔女の正体は、特殊な才能を持った人間の女だ。そしてこれがなぜ生じるのかはこの世界の人間には分かっていない。もしその理由が分かるのなら、各国の人間はこぞって魔女の生産に動き出すことだろう。そのために研究も盛んではあるが、それでも分かってはいない。そんな彼女たちの力は、才能がある、とか天才、とかそういうレベルのものではない。はっきりと、次元が違うのである。通常の人間が束になっても彼女たちには敵わないことは、彼女たちが作り上げてきた歴史でもって証明されている。竜や魔王と並び称されるほどの強大な力。そして人と決して関わろうとはしない厭世的な態度。その全てが彼女たちの存在を伝説にまで押し上げていた。


 けれど、私はその存在がなぜ生じるかを知っている。いや、なぜ、この世界に彼女たちがいるのかを、知っていると言いかえた方がいいのかもしれない。そしてそのことは、私が彼女たちに決して関わる気がないことを示している。つまり彼女たちは……。


「魔女ね。そんなもの、どこにでもいるわ。それをさも凄いことでも言っているかのように告げられても困るのよ。ねぇ、あんた分かってるの? いま、誰に向かって口をきいているか」

「……は? 何を……っ」


 一瞬鼻で笑うような顔をしてから、息を止めたその男。

 だから、余計なことをべらべらしゃべらせない為に、私は持つ力の一部を彼に向けて放出する。魔力とは異なる、私達だけが使える特別な力を。

 彼は理解してくれるだろうか。いかに自分が愚かなことをしているのかということを。そして、それがどんな結末を手繰り寄せるのかという事を。

 私はそれを確認するために、言葉を続ける。


「別に私はあんたがどこで何をしようと構わないんだけどね。でも私の前で好き勝手振る舞われることだけは耐えられないのよね。だって、私は平和に平凡に生きたいのだもの。ねぇ、あんた。お願いだから今すぐ私の前から消えてくれる? じゃないと私、手が滑りそうなの。色々滑ってしまって……そう、何もかも灰にしたっていいかなって気分になってきちゃってるのよね」

「お、お姉ちゃ……!」


 ユウリが、少し怯えたような声で私の事を呼ぶ。おそらく彼女の目には、今の私は相当危険な生き物にうつっているものと思われた。これだけ力を放出したら、私にかかっている眩惑魔法も構成が壊れてきている気がしないでもない。そうすると爬虫類丸出しの私の瞳が明らかになってしまっているのかもしれない。蛇のように縦に長く伸びる私の瞳。

 気持ち悪いと思われただろうか。まぁいい。


「お前……その眼は!」


 瞬間、男が大声を上げて私を見た。

 別に男が私の力に打ち勝った訳ではない。私が故意に、話せるレベルにまで威圧を緩めただけだ。

 あまり余計なことは話してほしくないが、聞きたいこともあるからだ。

 この男はさきほどから不思議に思っていたが妙に物を知りすぎている。

 人間の持つ知識の枠を外れているような気がする。

 だから、聞きたかった。


「あんたは、一体何? 何の目的で、眼を持つ子を連れて行こうとしているの?」


 そう聞くと、男は先ほどまでの余裕のあった表情とは事なり、冷や汗をたらたらと流しながら私に対して警戒の視線をくれる。


「……あんたなら、分かるだろう。その眼の価値を。いくら金を積んでも得られない、とてつもない価値だ。特に、魔術を研究する者にとってはな」

「魔術を研究……?」


 という事は、こいつは魔術の研究者なのだおるか。

 魔法剣士であることは分かるのだが、さらにその力を深めることを求めて、ユウリを欲しているのだろうか。


「あんた、自分の為に“眼”を欲してるの?」

「は……ははっ。違う。そんなんじゃない」

「じゃあ何?」


 洗いざらい吐け、と威圧を少し強めた。

 ユウリや銀髪栄養失調少女達に負担をかけないようにはしているが、雰囲気で分かるのだろう。彼女たちの眼にも怯えが感じられる。男に対しても、そして私に対しても。まぁ、当たり前か。


 男は苦虫を噛みつぶすような顔をして、諦めたように語り出す。

 それは賢明な選択であると言えた。

 人の秘密を探る方法など、直接吐かせる以外にも色々ある。

 特に私には、ほら、にょーとか、あるわけだし。

 だからなのか、男の口調は油を塗った直後の滑車みたいに滑らかだった。


「俺は、メドラに仕える魔法剣士だ」


 その正体の暴露からまず始めたその男は、その続きも全く隠さずに、しかし声を潜めて続ける。


「そこでは一隊を率いている立場にいる……隊長って奴だな」

「隊長……その割には手下の姿なんて見えないけど?」


 それほどの地位があるのなら、他国に行くに当たってわざわざ身一つで乗り込む理由もないはずだ。

 いや、むしろ自分の実力に自信があるから一人でも乗り込むことはあるのかもしれない。

 やることがやることだ。できるだけ目立たずに迅速に、という要求を考えれば、この男にとって自分より力の劣る者を連れて歩くことは却って危険なのかもしれない。


 それにしても、メドラと来たか。

 メドラ――つまりメドラ王国とは、この国のお隣にある巨大国家である。

 この国と異なるのは、この国が王政をとりながらもその権力の多くを他の機関に委託ないしは委譲し、国王はおもに行政についてその権能を行使し、国民に比較的多くの自由を認めると言う立憲君主制に近い統治体制を採用しているのに対し、メドラはバリバリの封建体制、つまりは国王が頂点において殆どの権力を握り、それを衛星のようにうろうろと国王の周りをうろつく高位貴族がパイの身の奪い合いをするかのごとく権力の奪い合いに必死な国体を持っていることである。

 どちらがいいのか、というと私個人としてはこの国を推したいところだが、権力者にとってはメドラの方がいいだろうし、軍事的に強国にしたいならばメドラの方が都合がいいのかもしれない。

 少なくとも、倫理的に問題のある研究はこの国においては忌避され、また批判されがちな傾向にあるが(全くできないわけではないあたり怖い)、メドラにおいては国王の名においてされる研究は全てが肯定されることになる。つまりは人体実験も必要とあらば国家をあげて行うことができるということであり、人さらいも目的のためならば問題なしとつまりはこういう話も堂々とできてしまう国なのだ。

 そんな国の男が、この国にいて、“眼”を持つ者を求めている。となるとその目的は火を見るより明らかと言ってよかった。


 男は話を続ける。


「手下なんて俺にはいらねぇ。俺は大半の人間より強い……あんたみたいな化け物を別にすればな」

「は? 私は平凡な女学生ですー!」


 あかんべーをしながら、威圧を強めた。これは譲るわけにはいかない世界の真理である。いかに他国の人間であっても好き勝手言わせるわけにはいかない点であった。

 男は再度、無意味な圧力にその口を封じられ、息も苦しそうにぱくぱくしている。それを見つつ流石にやりすぎかと思ったので、威圧をまた緩めた。

 何か文句を言ってくるかな、と思ったが、男はもう何かを諦めたらしい。今の威圧については何も言及することなく、ぜはーぜはー、と深呼吸を繰り返しながら話を続けた。意外と根性がある男である。


「わ、わかった……平凡な。平凡な女学生な」

「わかればよろしい。で、続き」

「あぁ……ええと、どこまで話したか」

「隊長のくせに仲間がいないねってとこまで」

「そうだった……まぁ、俺は強いから一人でもこんなところまで乗り込んでこれるわけだが」

「強いねぇ……」


 ぷくく、と笑いながら先ほどから幾度となく醜態を晒している男を見つめてやると、少し顔を赤くする。


「あんたは例外だ……その、平凡な女学生は!」

「また随分と限定的な例外ね。しかもか弱い女学生が対象なんて、あんたもしかしてロリコン?」


 そう言うと、男の顔の色は怒りでさらに赤くなるが、私の顔を見てから諦めたように首を振った。


「……話の腰を折るな。続きが話せないだろうが」

「あぁ、ごめん」


 なんかおちょくるのが楽しくて。

 までは言わなかった。これ以上は余計だろう。

 そうして、男はまじめな顔になって、言った。


「知ってるか。メドラとこの国は、最近、かなりきな臭いことになっている」

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