第2話 平和はそうして維持される。
平凡な私。平凡な私。平凡な私。
朝目覚めると、頭の中でまず三回自己暗示をかけてから目を開ける。
なぜって、私は平凡だからだ。
決してチートな何者かではないし、人間以外の何かでもないのである。
ベッドの下に寝転がっている銀色の体毛の物体は、犬だ。名前はポチという。
決してフェンリルとか狼がどうとかそんな生き物ではないのである。
むくりと体を起こし、カーテンを開ける。朝日がまぶしく意識を覚醒させてくれた。
うん。今日もいい天気!
にゅーっと伸びをして、軽くフェンリ……ポチの頭を撫でる。
なぜかこいつ、屈服させてぐりぐりした直後しゅるしゅると縮み、犬サイズまで小さくなってしまったのである。不思議なものだ。竜も人間に変化できるから、それと同じようなものかもしれない。いや、ポチは犬だけど。
ちなみに私が住んでいる村はフェルミエ村という鄙びた農村である。国でもぎりぎり街道で行き来できる位置にあるが、その流通はしょぼい。
村にある商店に王都で売られるような流行りものが並んでいるのを見たことがないくらいだ。
そこにあるのは生活必需品と昔ながらの子供用の遊び道具、それに伝統工芸品がいくつか、といった感じだ。
たまに私の作った薬も並んだりする。
そう。私は薬師なのである。……もぐりだけども。
本来なら王都の学校で学び薬師免状をいただいてからでなければ薬師は名乗れない。
まぁ、免状がなければ薬草を売ってはいけないと言う訳ではないので私のやっていることは違法ではないのだが、なんとなく前世の記憶を引きずり気味な私は申し訳ない気分で薬を売っている。薬事法違反的な。
出来ればいずれはお免状をいただきたいが……身分証がなぁ。
偽造するしかないのだろうか。
私の夢は遠いらしい。
ちなみにこの世界での身分証は国かギルド団体が発行するものが基本だ。
どちらも信頼性には代わりがない。
だったらさっさと作ればいいじゃんと思うかもしれない。
しかしどちらも本人の血を媒体にカードを作る、という手法をとっているため、私がこれをやるとまずいのである。
何がって、平凡な生活が……平凡な私というイメージが!!
もし仮に私がカードを造ったら、なんて表示されるか。
――皇竜姫……とか? そんな感じ? だったりする。うん。絶対にダメだ。
ちなみに皇竜は“世界魔物大全”の最終ページを飾る魔物の中の魔物である。
出ていったら狩られる。絶対にそんなことをするわけにはいかない。
そんなわけで私としてはいつまでもこの村でぼんやり薬師をしていくのが希望だ。
一通り家事を終えると、私は部屋の外に出て伸びをした。
長閑な風景が非常に心が優しい。
村の中を歩いていると村人たちがさわやかな挨拶をしてくれる。
日々のふれあいは大事だ。
あぁ、幸せ……。
と、思っていたところ、
「あ」
「あ」
奇妙なものに出くわしてしまった。
どこか見覚えのある人間離れした美貌。小さな身長に、年齢に似合わない自信ありげな笑み。
「……フェンリルの」
「消えたお姉さん」
私たちは顔を見合わせ、なんとなく気まずい空気があたりに漂う。
よくよく考えてみればこの辺で村と言ったらフェルミエ村しか存在しない。
森の中で出くわしたならここに滞在している、という可能性がかなり高いということを私はしっかりと考えておくべきだった。
つまりは大失敗である。
どうにかしてこの失敗をなかったことにしなければまずい!
主に平凡な生活を維持するために!
平和のために!
そう思った私はつらつらと聞かれてもいない言い訳を始める。
「あー、えーと、うーんと、助けてくれてありがとうね」
「いや……あんた逃げ足馬鹿みたいに早かったろ。俺がいなくてもどうにかなったんじゃ……っていうか俺はあんたが逃げる気配なんて一切感じられなかったぞ。魔力探知してたのに一体どういうことだよ……」
この言い分からすると、彼は特別な能力を持っているのだろう。
魔力探知なんて魔法は少なくともこの世界の魔法体系には存在しない。
あのフェンリルとの戦いを見たときに思っていた
彼はもしかしてあれではないか。
私の絶対関わりたくないあれ。
だとしたら私のとれる行動はどこまでもしらばっくれることしかない。
信念に従い私はしゃべり続ける。
「え? ほら、あんまりにも戦いに集中しすぎて忘れてたんじゃない? そういうことってよくあるよね。ほら、私平凡な村娘Aだし!」
目からみょんみょんみょんと怪しげな光線を出したりしてみる。
「……? そういうものなのか? けどなぁ……」
しかし少年には効果がなかった!
なんだか疑りの目で私を見続ける少年をどうにか誤魔化せないかと頭をひたすらに回転させた。
そして、私は思う。
うん。無理だ。
いくらなんでも怪しすぎた。
仕方ない。
だから私はにっこりと笑って提案する。
「ちょっとこっちに来てくれる?」
「……? あぁ……」
そうして私はその少年を建物の影、人の目に付きにくいところにおびき寄せ……。
――ズガッ。
「ぐほっ!」
思い切り手刀攻撃を加えた。
いや、殺してないよ?
気絶させただけ。
そして頭に手を当てて、目当ての記憶を引出し、そして改変する。
あんまりやりたくなかったんだけどなぁ。
これをやると人格がまずいことになったりならなかったり……いやいや、あれもこれもそれもどれも、すべて私の平凡な生活のためだ。
彼の正常な精神にはそのために犠牲になってもらおう。そうしよう。
なんかチートっぽい雰囲気のある少年だし、神の加護とかそんなんとかこんなんとかで大丈夫だったりするんじゃないかな?
実に希望的観測である。
まぁ、ダメだったときは運がなかったということで勘弁してもらいたい。
両手を合わせてご愁傷様ですと言いながら、私はにゅにゅにゅにゅにゅーと、記憶をいじって彼の頭の中に戻した。
うんうん。これでいいはず。
目覚めたとき一体彼はどんな人間になってしまっているのだろう……願わくは、ちゃんと喋れますように。
てへ。