閑話 迫害系チート少女パーティの日常(中篇)
「おい、そこの二人はお前の手下なんだろ? 逃がさなくていいのか? ここにいたら……死ぬぜ」
そう言って、黒い騎士は彼の後ろに目をやった。
そこには騎士の言葉にびくり、と肩を震わせた二人の男が立っていた。
騎士の言うように、その二人は確かに彼の手下だった。
とは言え、明らかにその年齢は彼のものよりも数倍上なのは確かである。
そもそも、その二人の男は、彼と出会う前は各々がスラムでそれなりの規模を持つ組織を束ねる頭だった。
にもかかわらず、今は彼の下についている。
それが何を表すかは簡単なことだ。
彼は、男たちの組織にその身一つで乗り込み、制圧したのだ。
そして、彼は言った。
「俺はここからスラムを変える。だから、お前ら……俺に従うか、ここで死ぬか、選べ」
何を言っているわか分からなかった。
スラムを変える?
そんなことが出来るはずがない。
そんな考えが、男たちの頭によぎった。
けれど、頭だった男たちの前に現れたとき、彼は、その身を血で赤く染めていた。どんな人間であっても、このアジトにはたどり着けないと自負してきた数々の人員と警備を、この少年はたった一人で突破してきたのだ。それができる少年に、果たしてできないことがあるのだろうか?そんな気もした。
そして、男たちは少年に屈することを選んだ。
目の前に突如現れたその少年に慈悲を期待できないことを、少年の背後に積み上げられた死体の数から理解したからだ。
以来、男たちは少年に従っている。
逆らうことが、即、死に繋がると考えているがゆえに。
それに、必ずしも少年がスラムにとって悪いものではないということを、男たちは少年と過ごすうちに知った。
少年は、本気でスラムを変えようとしていたのだ。
国が見捨てた人間達をまとめ上げ、勢力を作り、肩を寄せて明日の食料の事を心配せずに生きていける場所にしたいと、少年は男たちに事あるごとに語った。
だからこそ、男たちも最終的には少年に心から従うことに決めた。
そんな男たちにとって、少年の不意打ちを受け止めた黒い騎士は驚くべきものだった。
少年は、暴力の象徴であり、誰も逆らえない強力な力のはずだった。
なのに、騎士は彼の攻撃を受け止めたのだ。
今までどれほどの剣士が少年の攻撃に反応すらできずに沈められてきたか。
男たちは目の前でその光景を見てきた。
だから今回もそうなるはずだった。
しかし、意外にも少年は今回に限って劣勢である。
信じられないことだった。
騎士が、少年を殺す。
それは、男たちにとって、スラムの終焉を意味していた。
それは、国が、スラムの追放の狼煙を挙げると言うことだから。
そしてそれは、男たちの命の終わりも意味していた。
スラムに住み、犯罪集団の元締めを何十年も続けてきた。
そんな男たちが国に目をつけられ、騎士に捕まればその先のことなど考えるまでも無い。
そうして、ありとあらゆることを考え、自分たちに出来ることは何もないと悟るに至って、男たちは身動きが出来なくなった。
少年が勝利する以外に、男たちの生存は無いゆえに。
「……おい、お前ら。下がれ」
そんな男たちに、少年はそう言った。
救いとはこのことである。
「で、でも頭! ここで逃げるなんて……」
男たちの一人がそう言った。
確かに男たちは少年に組織を壊滅させられた。
その恨みは、なくなりはしない。
しかし、少年と共にスラムを束ね、支配していく中で、少年の力に対する心酔もしていた。
この少年と共にいれば、何かが出来るのではないかと、そんな気がしていたのだ。
だからこそ、ここで少年を失う訳にはいかなかった。
たとえ、多くの悪童やならず者に守られたスラムの深部に位置する組織アジトの最奥に、単独で乗り込んできて笑う底の知れない黒い騎士が少年の相手なのだとしてもだ。
男たちの命運は、今や少年と共にあるのだから。
「お前ら、俺が負けると思ってるのか」
それは何とも言えぬ凄みに満ちた声だった。
男たちはその声に、初めて少年に出会った時を思い出し、震えながら答える。
「い、いや」
「だったら、下がってろ。……終わったら呼ぶ」
「へ、へぇ……」
そうして、男たちは部屋から出ていく。
逃げるように、という形容が最も似合う、男たちの姿。
黒い騎士は邪悪な笑みを浮かべたまま、言う。
「なんだ、随分慕われてんだな。あいつら、お前が潰した組織の頭だったって聞いてるぜ」
「詳しいな。国は俺の事を調べていたのか?」
「国? 何を言っている。俺はこの国とは一切関係がないぜ」
「あ?」
「あぁ、俺のこと、騎士か何かだと思ってやがるな? なるほど、だったらさっきの奴らの怯えようも分かるぜ。組織を国に潰されると思ってるわけか」
「……違うのか?」
「違うね。全然違う。俺はお前に会いに来ただけだ」
「会いに来て、殺し合いか?」
「それが一番大事なことだろ? ……さぁ、そろそろ話し合いは終わりだ。お前の器を見せてくれ。存分にな!」
男はそう言うや否や、少年に向かって足を踏み出した。ゆったりとした、非常に余裕のある仕草だった。日に焼けた男の顔が見えた。何を考えてか、男は笑っていた。
だからだろう、一瞬、少年の肩の力が抜けたのは。
けれどそれは明らかに油断だった。
男が足を一歩前に踏み出した。
そう思った瞬間、男の姿は彼の視界から消えていた。
「どこに行った!?」
叫びながらも彼は驚愕を冷静に抑え込み、すぐに次にとるべき行動に移る。周囲を見回し、またどんな感覚でも見逃さずに対応すべく気を張った。
戦いの場においては、何が起こったとしてもおかしくはない。
たとえ自分の予想の外側にある事実が目の前にあったとしても、それにただ驚いていたのでは、次の瞬間に真っ二つにされているということを、少年はその経験から良く知っていた。
少年が幾人もの敵を屠ることが出来たのは、その膂力とすばしっこさ以外に、彼のような少年がそのような力を持っていることに驚愕し、立ち直るのに時間をかけてしまった者たちの隙を突いてきたからだ。
真正面から戦えば恐らくは勝てなかった相手も、少年が倒してきた者たちの中には大勢いた。
けれど、それでも、少年は生き残ってきた。
戦いの勝敗は、武器や身体運用の技量だけではなく、相手の心を支配すること、そして最後には運が、人の手の届かないところで決めることをその人生で理解していたからだ。
だからこそ、少年は、目の前の黒い騎士が自分を遥かに上回る力量を持つ相手だと理解した今に至っても勝負を捨ててはいなかった。
そして、そうであるからこそ、頭を冷やして感覚を研ぎ澄ませなければならない。
そうしなければ、掴める勝利も、砂のように手元から容易く逃げて行ってしまうから。
肌を、奇妙な感覚が襲った。
まるで蛞蝓に這われているかのような怖気が走る。
普段なら、その怖気の発生源に手をやり、何か自分の身に異常が発生していないか確認したかもしれない。
もしこれが普段であるのなら。
けれど、少年は今この場において、これは自分の経験や本能が鳴らした警鐘なのだと瞬間的に理解した。
明らかに有利に場を進めていたさきほどでさえも、自分の優位にしがみつかずに逃げることが出来たのは、この感覚を信頼していたからだ。
自分の力量が騎士よりも遥かに劣ることが確定的となった今、この感覚を無視することなどありえなかった。
怖気の走る空間から、自分の身を摘まみだすように身を翻す少年。
すると案の定、その空間に向かって大剣を振り下ろしたことによる風圧がさわりと肌を撫でた。
間一髪、とはまさにこのことだろう。
少年は命拾いをした事実に気づいたが、そのことに頓着せずすぐに体制を整えて戦いの相手を見つめた。
本気で動いたなら、男は少年の目に留まることもない速度で動けるのは分かっている。
目の前で、嬉しそうに微笑む男は、今、小休止しているにすぎない。
「おいおい、これも避けるか! 今回も期待はずれかと思ったが、意外と収穫だったのかもなぁ……」
しみじみ、と言った様子で男が呟く。
男は明らかにその実力を出していなかった。
あの恐ろしく深く早い踏み込み、そして今までここに来た武人たちの誰よりも鋭い斬撃ですら、男にとっては片手間に過ぎないのだと、その様子からはっきりと理解できた。
男の顔には余裕があり、息は全く乱れておらず、武器も石畳を削ったはずなのに刃こぼれ一つ存在しないのだ。
「くそ……なんなんだ……お前はなんなんだ!」
少年は、叫んだ。
いくら戦いの為に冷静さを失わないよう注意しているとはいえ、焦燥がない訳ではない。
むしろ、焦燥しかないと言っていいだろう。
勝ちを諦めてはいない。運が、それを自分の下に運んでくる可能性はいつだって零ではないからだ。
それでも……。
目の前の男を、彼は見た。
構え、というものがない。自然な立ち姿だった。
もしこの男が街中にこの姿で立っていたとしても、誰かと待ち合わせをしているか、市内を警邏中の騎士に過ぎないと見られるだろう。
そんな男に対して、少年の本能は常に警鐘を鳴らしているのだ。
ただ立っているだけなのに、牙をむき出しにし、身を低く構えて今にも襲い掛からんとする猛獣よりも危険だと、彼の本能は教えているのだ。
「なんなんだ、か。面白いこと言うじゃねぇか。その答えは……」
――お前が死んだら教えてやるよ!
耳元でささやきが聞こえた。
気づけば、目の前に男の姿は無い。
後ろから気配を感じた。殺気だ。まず間違いなく、自分の後ろであの騎士は大剣を振り上げている。そんな気配だ。
斬られる、と思った。
今から防御に入ってもきっと、間違いなく助からないだろうと。
それほどの実力差が、少年と男の間にはあった。
ただ、それが分かっていても、少年には諦めるという事が出来なかった。
いや、諦める前に、出来ることがあることに気づいた。
彼は、死の危険と言う極限状況の中で、ゆっくりと動く時間を感じながらその手に持つ剣に力を込める。
少年は気づいていなかった。
その力が、魔力と呼ばれるものだということを。
少年はただ、教わったようにやっているだけだ。
少年を物心つくまでの数年間育て、そして少年の手によって命を失った母に教わったように。
少年の母は、剣士だった。
と言っても、剣の達人だったとか、他を圧倒する使い手だったとか、そういうことはなかった。
彼女は、極めて奇妙な歯車の一つだったから。
そしてそれは彼も同じだった。
彼女は少年をその歯車の一つとみなし、そして使った。
少年は彼女の期待に応え、そして、今も生きている。
彼女が剣を振るうのは、たった一つの技を使うためだった。
その一つだけを連綿と伝え、受け継ぐ。
それが、彼女と少年の血筋の持つ使命であり義務だった。
何のためにそんなことをしなければならないのか、それは一族の誰かがもはや遥か時の彼方に置き忘れて久しい。
ただ、それでも伝えるべきものだけは残った。
それは剣技だった。
ただ一つの。
たった一つの。
それを今、この場に至って少年は思い出した。
少年の剣が、ゆっくりとした軌跡を描く。
とは言え、少年の時間は止まっているかのように遅い。
そんな少年の振るった剣の速度が遅い訳がない。
しかしその剣の辿る道を、その黒い騎士はしっかりと見つめていた。
そしてその技が、確かに人として得られる最上位に近いものであることも、その黒い騎士は知っていた。
「……俺が言うのもなんだが、長く生きてりゃ、面白いものも見れるもんだな。人間が、それを遣うか……」
少年には男の言葉の意味が理解できなかった。ただ、今、自分が放とうとしているその技を、男が知っているのだとということは分かった。
男は呟くと同時に、自分の大剣を振るう。
技を受けるための動作だった。
「お前の全力に、俺も応えよう。……お前が死んだら、と言う約束だったが、今教えよう。霊術創師、不死の剣聖アルバス、参る!」
そうして男は構えた。それは揺るがない構えだ。まるで巌のように。
少年は踏み込む。地を抉る強大な力の込められた踏込だった。ただ一つの技を覚えるために鍛えられた力は、腕だけでなく彼の足腰も常人を遥かに超えたものへと変えていた。
それは一瞬の交錯だった。
近くに見ている者があったら、それが剣士であれば感嘆のため息を漏らしたかもしれない。
それほどに、極めきった者同士の動きだったように思われた。
しかし実際、それでも男にとっては物足らないものだったらしい。
先ほどまでとは立ち位置が入れ替わった騎士と少年。
少年はゆっくりと倒れ、地面に膝をついた。
対して騎士は、立ったままだ。
どちらが勝ったかは、それだけで明らかだった。
けれど、意外なことに、騎士は不思議そうな表情で振り返り、少年を見つめた。
「……まだ生きているのか」
それがどんな意味なのかは、少年には分からない。
ただこの事態が、騎士にとって意外なものらしいということが伝わった。
「悪いか」
もはや剣を持つことすらできないほど、体から力が抜けきっている。
その程度の軽口ですら、少年にとっては全身の力を振り絞らねば難しかったが、少年にもそれなりの矜持があった。勝者の質問に対して無言ではいられない。
騎士は言う。
「いや、いや。悪くはない。それどころか、俺は驚いているぜ。お前は、死んだと思った。そして俺達の仲間になるはずだったんだ」
「……何を言って……」
話しながら、少年の口元から赤い血が流れる。
騎士は続ける。
「なのに、お前は生きている。このまま放っておいても、お前は死なないだろう。確かに多少、手加減はした。それでも手を抜きはしなかったんだが……これも巡り合わせか」
「……結局、お前はなんなんだ」
「俺はアルバス。俺は剣聖。不死の剣聖アルバスだ。そう言ったろ?」
「……剣聖?」
「あぁ。そうだ。分からないのか? あれほどの剣技を身に着けているんだ。どこかで俺の話くらい聞いたことがなかったのか?」
「……俺はあの技しか使えない。母に教わったただ一つの技だ」
「あの技だけ? へぇ。面白い奴。通りで妙な動きをする。魔力もろくに使えて無かったのも納得がいくな」
「魔力?」
「最後の技だけ籠っていたな。スラムで暮らしているようじゃ身に着ける環境もなかっただろうに不思議だったが……まぁ、ともかく、分かった。今回は期待外れではなかった。ただ、俺とお前はそういう縁ではなかったようだ。またいつかどこかで会うこともあるかもしれないが、その時は敵同士かもしれん。じゃあな」
そうして騎士はあっさりと少年に背を向けて出口に歩いていく。
少年を殺す気はないらしい。
しかし少年は納得がいかなかった。
だから、少年は騎士を引き留めた。
「おい!」
「……なんだ? まだ何か用か?」
「なぜ……殺さない?」
「お前みたいな奴を殺したら面白くないじゃないか」
「面白くないだと?」
「そうさ。この世にいる人間は、大抵が弱い奴ばかりだ。だが、たまにお前みたいなのがいる。俺は、強い奴と戦うのが趣味でな。だから、お前は殺さない」
「今殺さないと、俺はお前を殺しに行くぞ」
「分からなかったのか? 来いって言ってるだろ? ただ、今のままじゃいつまで経っても俺には勝てないだろうな……魔力の使い方くらい覚えてから来いよ。それに技もそれだけじゃあな。誰にも何も教わらずに身体能力だけでそれってのは中々だし、スラムじゃ無敵だったのかもしれないが、騎士団や魔法学院に行けば井の中の蛙だぜ。化物がたまにいるからな、あそこは。そもそも魔力をまともに扱える奴に、お前は勝てない。学べばまた別だがな。まだお前には伸び代があるだろう。それも、いずれ普通の騎士や魔術師が相手にならなくなるような、な。だから鍛えて来い」
「……騎士や魔術師は、何人も殺してる」
「そりゃ下っ端だろ。今のお前に勝てるのはその程度だ。普通以上の奴ら……王宮の奴らは今はスラムなんかに目をやってる場合じゃないからな。腕のいい奴らは大抵貴族から振られる仕事で忙しいだろ。しかしいつの時代も王族ってのは大変だぜ、跡目がどうのこうのと……おっと、それはどうでもいいか。まぁ、そういうことだ。いつかまた会おうぜ」
「ま、待てっ……」
そうして、騎士はあっさりと部屋を出て行った。
少年は慌てて追いかけるが、その姿はどこにもない。
騎士がそのまま向かったはずの、アジトの出口の方角から、部屋から逃げた男達二人がやってくるのが見えた。
「頭! 大丈夫だったんですかい!」
「お怪我は……血だらけですね。しかし致命傷はないようで……」
男たちは今まで怪我をしているところを見たことがなかった少年が傷だらけなのを見て目を剥いたが、出血の量や傷の深さから死ぬほどではないと推測する。
そしてこれほどの傷を負っていても、自分たちには少年に勝つことが出来ないであろうことも理解した。
少年は言う。
「さっきの男は……どこに行った?」
少年の言葉に、男たちは首を傾げる。
「男……頭が殺したんじゃないんですかい?」
「いや、俺は負けた。無傷で悠々と部屋から出て行ったはずなんだが」
「頭が、負けた……」
その事実に、男たちは項垂れる。
これから、このアジトに国の騎士たちがやってくる未来を思ってだ。
しかし少年が男たちの様子を見て話したことに、男たちは安心を覚えた。
「心配するな。あの男は、騎士のような恰好はしていたが、国とは無関係だ。そう言っていた……」
「信じるんですかい?」
「あの男なら、別に他の誰かを連れてこなくても一人でこのアジトくらい、制圧できる……」
言われて、男たちは納得する。
少年にすら潰された組織だ。その組織を組み替えて統一した今の組織を、少年より強いらしい男が破壊できないはずがない。
「それに、どうやら国はスラムに関わってる場合じゃないらしい」
「……そういや、今、国王の男児は庶子一人だけでしたっけ……もめてるってことですか」
「そんなようなことを言っていた。有名な話か?」
「へぇ。まぁ、俺らスラムの人間には関係の無い話ですがね。聞いた話によると、その庶子に、次の国王になる人間にしか現れないっていう、証があるそうですよ。なんで、正妃や側室の糾弾が激しいとか。王様って奴も難儀な商売ですねぇ」
「……そうか」
そして、男たちの話を聞いて頷いた少年は、言う。
「なら、スラムもしばらくは国にどうこうされることはないな」
「そうかもしれませんが……」
「だったら、スラムはお前たちに任せる」
「え?」
「もともとお前らが支配してたんだ。元に戻るだけだ」
「な、なにを言ってるんです?」
「俺はあの騎士と戦って心底分かったよ。俺は弱い。このままだと、いずれ俺たちは潰される。そうだろ?」
「それは……」
「俺は“魔法”すら使えない。それじゃあ、腕のいい騎士や魔術師には勝てないんだそうだ」
「そんな! 今までここに来た奴らは全員返り討ちにしてきたじゃないですか……!」
「あいつらは、あの男が言うには“下っ端”なんだそうだ」
「下っ端……あれで、下っ端……?」
男たちは愕然とした。
今までスラムに何度も騎士や魔術師がやってきた。
そして、その度にスラムの住人を殺し、また家々を粉々にしてきた。
彼らは紛れもなく、台風や地震と同じような災厄に他ならなかった。
ただ、自然災害と異なるのは、原因がはっきりしていること、そして殺せばそこで災厄が終わるという事だ。
スラムの人間は、結託して彼らが来る毎に、力を合わせて殺した。
一人では立ち向かえなかった。彼らを殺すには、スラムでも腕利きの人間が複数人で襲い掛からなければならなかった。彼らは、それほどに強く、化け物染みていた。
個人の力で、石材で作られた構造物をまるでバターの切り裂く騎士や、たった一つの魔法で粉々に破壊する魔術師たちは、恐怖の象徴だった。
そんな彼らが、下っ端に過ぎないのだと言う。
驚くべき話だった。
「分かっただろう。……俺たちに、未来はない」
「そんな……! なんとかならないんですかい!」
「学べと言われた。俺は、魔法学院に行く」
「学べ……あの男にですか?」
「そうだ。俺には伸び代があるらしい。それもあの男を楽しませる様な何かになれる程度の伸び代が。だったら、少なくとも俺は、それを伸ばして……それから、そうだな。スラムの奴らに教えることにする」
「頭が、教える?」
「あぁ。ここにないものは、力だ。俺たちは何も持ってない……なぜだ。それは力がないからだ。だから食べ物すら確保できない……。なぁ、お前らだって分かってるだろ。このままじゃいけないって」
「頭……あんた、本気でスラムを変えるつもりなんですか」
「悪いか。俺は最初からそのつもりだ。お前らの組織を潰したときだってそうだ。ちゃんと初めに言ったろう?」
当たり前のようにそんなことを言う少年に、男たちは絶句する。
しかし、それから男たちはくつくつと笑いだす。
「……くっく……全く。あんたも、おかしな人ですね、頭。あんたほどの力があれば、こんなスラムなど見捨ててどこででも生きていけるでしょうに」
「……? 俺の生きていく場所はここだ。見捨てることなど、できない」
「だからどうして……頭。一度聞いてみたかったんですがね、あんたなんでスラムを変えようなんて思ったんです? 不思議でたまらなかったんですよ。ただ、怖くて聞けなかった。この際だ。教えてくれませんか?」
「……なんだ。言ってなかったか? 果物をもらったんだ。それだけだ」
「……果物?」
「昔、腹が減ってるときにスラムを通った。別に歩けないほどじゃなかったし、すぐにどこかの誰かから食い物を奪えばそれで済むことだった。そうしたらちょうどよく目の前にガキが――そのころの俺も、十分ガキだったが――通ってな。殺して奪い取ろうと、構えたんだ。そうしたら、どこか変なところに力が入ったのか、腹が盛大な音を立ててな。目の前のガキが俺に気づいた。それで……逃げるかと思ったんだが、そいつはどうしてか駆け寄ってきて、手に持った籠に入ってた果物全部差し出して、言ったんだ。『お腹が減ってるなら食べて?』ってな」
「……まさか、たったそれだけで」
「そうさ。悪いか? そいつはがりがりに痩せ細って、着てるものも襤褸だった。聞けば、スラムの人間なのは間違いなかった。果物食った後にそいつの住んでいるところについていくと、子供が何人もいてな。食べ物融通しあって生きてきたらしい。そんな生活してれば、普通は、誰だって心が荒む。現に似たような生活をしてきた俺の心は荒んでたさ。なのにそいつも、そしてそいつと一緒に住んでるやつらも、いいやつらでな。何となく思っちまった。こいつらに腹いっぱい食わせてやりたいってな」
遠く思い出を見つめるような目で語る少年に、男たちは驚いていた。
こんなにも優しい表情を浮かべる少年を始めてみたからだ。
それに、この話が本当なら、この少年は悪鬼などと呼ばれるようなものではないではないか。
確かに、スラムには子供だけで作られた集団がいくつもある。人から奪う、分かりやすく荒んだ子供もいるが、少年の言うように、スラムにいるのが不思議になるくらい思いやりのある子供で構成された集団があるのも本当のことだった。
男たちは何とも言えずに少年に呼びかける。
「頭……」
それに対して、少年は笑って話を終わらせた。
気恥ずかしいのか、どことなく少年の顔はいつもの血に飢えた獣のようなものではなく、その年相応の子供のもののように見えた。
「ま、それだけの話だ。だから、スラムはお前らに任せる」
その次の日、少年はスラムから出た。
魔法学院に行くにも、王都のスラムでない土地に居を構えるにも、それなりの金がかかるが、その全ては組織から捻出された。
別に少年が無理やり出させた訳ではない。そうではなく、少年の話を聞いた男たちが組織の出納係と相談して出したのだ。
ここに至って、少年の夢と男たちの夢は共通の方向を向いていた。
少年が戻ってくる前に、男たちはスラムだけでなく、街の方にも手を伸ばすことに決めた。自分たちがあまりにも狭い世界で満足していたことに気づいたからだ。
スラムを出れば、化け物が大勢いるという事を知った少年は、しかし、その男たちの行動を止めはしなかった。
いつの日にか、そういう化け物がスラムに来ることは目に見えていた。スラムは明らかに邪魔な区域であり、王宮が落ち着いたらいずれ排除にかかることは明らかだからだ。
そのときのために、スラムには力が必要だった。武力と言う意味でも、権力と言う意味でも。
そうして、少年はスラムから出て、王都に住み始めた。
魔法学院の入試は、それなりに難しいものではあったが、スラムは人材が豊富だった。かつて学者や研究者、教育者であった人間もそれなりにいて、そういう者たちがこぞって少年を仕込んだ。
勉強を始めた次の年の春、少年は魔法学院に入学していた。
「……さっきからぼんやりされて、どうしましたの?」
ふと、意識の向こう側からそんな声が聞こえた。
我に返ってみると、そこには誰もいない。
きょろきょろと周りを見る。
すると、
「ここですわ!」
と、下の方から声が聞こえた。
ジャンプしてもまだ彼の背丈には届かない。そんな小柄な少女が下の方から少し膨れつつ叫んでいた。
彼女はドラスニル公爵家の末娘。まさか自分が公爵家と関わり合いになるのだと思わなかった少年は、彼女を見ながら苦笑する。
「何がおかしいんですの?」
「いや、人の巡り合わせというものはわからないものだと思ってな」
「……随分と思索的なことを言いますのね。でも、確かにそうですわ。私も、生まれてきた家を追い出されて魔法学院に入ってみれば元実家にいるはずの兄に出くわしていきなり殺されかけるとは夢にも思いませんでした」
いきなり重いことを言う少女に、流石の少年も顔をひきつらせる。
「……冗談ですわ。スラムに育ったにしては血なまぐさい話は苦手なのかしら?」
「いや、そう言う訳じゃないが……家族で愛情なく殺し合いをするのはよくない」
「……? 愛情があれば殺し合いをしてもいいと?」
「俺はそう思うが……?」
不思議そうにそういう少年に少女は奇妙な顔をして首を傾げた。
「やっぱりあなた、変わってますわ」
そう言って、少女は兄の下へと歩いて行った。
前を歩く、ドラスニル公爵家の兄妹。
兄は紛れもなくいずれ公爵家を継ぐべく定められた継嗣であるが、妹の方はそれとは正反対に、魔力がないことを理由に小さないころに家を放逐されたと聞く。その彼女の厳しい歴史には、正直少年としては共感を感じないではない。子供を捨てる親と言うのは、意外なことに珍しくないということを少年は良く知っているから、そしてそういう子供をスラムで見てきたからだ。だから、丁寧な言葉遣いをする割に、なぜか少年はドラスニル妹とは話しやすい、と感じていた。
思えば、彼女たち兄妹との出会いも微妙なものだったことを思い出す。
かつてあの黒騎士が言っていた、魔法学院の化け物、という言葉がよく分かった。俺は強い、と思っていたあの頃の自分を叩きのめしてやりたいが、しかしあの兄妹は少々例外に過ぎるだろう。
始めはあの二人の血が繋がっているなどとは、夢にも思わなかった。
見た目は言われてみれば確かにそうかもしれないと納得が行くくらいには酷似している容姿なのだが、いかんせん性別が異なるためか、その容姿だけでは二人が兄妹であるとの結論には至らない。ドラスニル姉が一度教室に尋ねてきた時にはすぐにドラスニル妹と姉妹なのだと分かった。性別とはこうまで顔の印象を変えるのだなと思ったことを覚えている。
そんな二人だが、どことなく、性格は似ていた。
うまくは表現できないのだが、二人とも非常に苛烈なのだ。
少年とドラスニル兄妹が初めて会ったのは、魔法学院のクラスメイトとしてであった。ただ、その時はドラスニル兄妹はお互いによそよそしく、また関わろうとしていない風で、少年としては特に興味を感じなかった。
それが変わったのは、入学式の時に発表された試験成績の順位と、ドラスニル兄妹の名前とが一致したときである。少年とて、成績が悪い訳ではない。むしろ、相当良かった。それも当然で、自分の人生をかけて挑み、しかも教師にはかつて高度な研究をしていたもの達が付きっ切りで担当したのだ。学年一位が少年でも、おかしくはなかった。にもかかわらず、あの二人で学年の一位と二位を独占しているのだ。これにはひどく驚いた。少年は努力したつもりだったし、決して自分の頭脳が人より劣っているとも思っていなかった。試験問題については一問たりとも落とさなかったと記憶している。それなのに、なぜだと、そう思った。
後に本人たちに聞いてみれば、ドラスニル妹は「試験用紙の裏に新しく思いついた魔法理論を書いたらそれが評価された」、ドラスニル兄は「試験問題自体の間違いをいくつか指摘したらそれが評価された」などと言っていた。つまり満点のさらに上だったわけである。そんなのアリかと少年が思ったのも仕方がない。
ただ、少年はそんな二人に特段何かしようとはしなかった。けれども、ドラスニル兄の方は違った。
ある日、唐突に「お前、俺の手下にならないか?」などと言って後ろにぞろぞろと柄の悪そうな連中を連れてやってきたのである。
少年としてはドラスニル兄に従う理由も必要性も見当たらなかったのではっきりと断ったのだが、これがあまり良い選択ではなかった。
放課後、呼び出されてボコボコにされたのである。少年は、自分の出来る限り最善の行動をとり、ドラスニル兄を戦闘不能にしようと努力したのだが、ドラスニル兄には通用しなかった。彼は学生であるにもかかわらず、おそるべき魔術師であり、少年は手も足も出なかったのである。あの技を使えばもしかしたら違ったかもしれないが、あれは必殺の技である。特に人を殺す気のない今、あれを使う訳にもいかなかった。
地面に伏して荒い息を吐いている少年にドラスニル兄は言った。
「なんだ、悪魔と言うから期待していたのに、やはりスラムの人間はこの程度でしかないのだな」
殴ってやりたいと思った。しかし体は動かない。代わりに出たのは、消え入りそうな声で、
「……スラムには……手を…出さないでくれ……」
だった。自分が情けなかった。ドラスニル兄は貴族だ。その気になれば、スラムを潰しにかかることが出来る。それも、しっかりとしたこの国の騎士や魔術師を動員して組織的にそれを行うことが出来るのである。自分一人が買った顰蹙でスラム全体を巻き込むわけにはいかなかった。
ところが、ドラスニル兄の口から返ってきたのは意外な言葉だった。
「スラム? なぜ俺がそんなところに関わらなければならない。それにあそこを潰したら使えない人間を捨てるゴミ箱に不自由してしまうではないか」
少年は、それを聞き愕然とすると同時に深く安心を覚えた。
彼ら貴族は、スラムに住む者を人間扱いしていない、そしてだからこそ、関わろうとも思わないのだということを深く理解できたからだ。
その辺に転がる石に、人は興味を抱かない。
つまりはそう言う事なのだと。
そんなことがあってから、ドラスニル兄とはしばらく距離を置いていた。ドラスニル兄の方も実際に口にしたように、“悪魔”に対する興味がなくなったらしく、接触してくることもなくなった。
次に話したのは、学院対抗戦の班分けで誰か一緒に班を組んでくれる人間がいないか探し始めていた時だが、ドラスニル兄の性格がかなり変わってしまっていたことに驚いた。
芯の部分は変わっていなかったのだが、なんというか、今までドラスニル兄が当たり前のように持っていた貴族以外の人間に対する差別意識が完全になくなってしまっていた。そうなってしまえば、彼は非常に付き合いやすい人間であり、一体何があったのかと気にはなりはしたが、班を組むこと自体に抵抗はなくなっていた。本人も、一体自分がどうして今まであんなに平民やスラムの人間を嫌っていたのかが分からないと今ではよく言っている。
何があったのか、少年としては非常に気になるが、どことなく、心の深いところでそれは調べてはいけないことだと直感が警鐘を鳴らしていた。だから調べない。
ドラスニル妹とのかかわりは、少し変則的で、今隣を歩く金の髪の少女がその発端だった。
その詳しいところは割愛するが、色々な勘違いと誤解を経て、少年はドラスニル妹と対峙する羽目になった。
そのときのドラスニル妹の恐ろしさと来たら、ドラスニル兄の少年への仕打ちが天国に思えるようなものであり、しかも魔法とか技がどうとかそういう次元にすらなかったのを覚えている。
ドラスニル妹は、魔法が使えない。だから、本来であれば純粋な身体能力だけで戦うしかなく、その土俵でなら少年が負けることは絶対にありえないはずだった。
なのに、結果は全くの別で、地に伏することになったのは少年の方であった。
ドラスニル兄妹二人に完膚無きまで叩きのめされて、少年は世界の広さと自分の大体の強さと言うものを理解した。
それはつまりギルドランクで言う所のCに至るか至らないか、というレベルであり、それは一般人としては確かにかなり強力な使い手であると言えるが、魔術師や騎士、冒険者という戦闘技能者の集団の中ではせいぜい中堅どころである。
あの黒い騎士の言っていたのはこういうことかと、身に染みて分かった。
それからは、ただひたすらに強くなるべく、また自分より遥かに強い人間に出会った時どう対抗すべきか、ということを念頭に置きながら授業にいそしんでいる。
特に今回の学院対抗戦は、ドラスニル姉が出る。
ドラスニル兄妹も相当強いが、ドラスニル姉はもっと強い。
魔法、というかもはや災害レベルの広域殲滅魔法を若くして使いこなし、しかも全く他人に対する慈悲や容赦というものに持ち合わせがない女だという事を、この間、対抗戦の予選を見て少年は知った。
しかも、今回、ドラスニル姉は、ドラスニル兄妹を叩き潰す気で来ている。わざわざ少年たちの教室まで来て宣戦布告をしていったのだ。当然、対抗戦も本気で来るに決まっている。
絶対に、手を抜くわけにはいかなかった。
少年は、対抗戦では前衛を担当する予定である。
ドラスニル妹がそのよく解らない謎の能力を使って、同じく前衛を務めるが、遠距離攻撃も可能らしくどちらかといえば中衛寄りで戦う予定なので、純粋に前に出続けるのは少年の役目だ。
それはとりもなおさず、あの化け物染みたドラスニル姉の魔法攻撃を少年が受け続ける必要があることを示しており、戦う前からやってられない気分になってくる。古代に作られたという闘技場のシステムにより怪我や死亡の心配をする必要がないというのは救いだった。それがなければ、自分の命はここまでかと諦める必要が出てくるだろう。
それに、今回の戦いは少年にとっていい機会でもあった。“下っ端”ではない本物の魔術師に、一体少年がどの程度対抗できるのか、それを知ると言う意味において。
とは言っても、流石に体一つで挑むほど、少年は自分の力を過信してはいなかった。昔であれば、そうしたかもしれないが、今はもう分かっている。自分の力はそれなりだ、と。
だから、パーティメンバーと共に、あの強力なドラスニル姉の魔法対策に必要な魔法具を買いに来たのだ。
「これなんかどうですの?」
街を歩いて何件目かの魔法武具店で、ドラスニル妹が、その体には似合わぬ大きさの剣を少年に掲げて見せた。
「……ミスリル製か。流石に高くて俺には買えないんだが」
ミスリル製の武具は通常の材質――鉄が基本だ――で作られた武具とは異なり、幅広い用途に使用できる。少年であれば、魔法そのものを“斬る”ことすら可能だ。そのため、出来ることなら欲しいと言うのが本音だが、その質の高さや産出量から普通はかなり高価なものでもある。
いつかは少年もこれを手にする必要があるだろうが、学生の身分ではなかなかそういうわけにもいかない。
そう言う意味でのやんわりとした拒否だったのだが、ドラスニル妹は首を振ってこたえる。
「お金の心配なら無用ですわ」
「なぜ? お前が払ってくれるのか?」
冗談めかしてそう言った少年の言葉に、ドラスニル妹は眉を寄せて言った
「私にお金があると思ってますの?」
まぁ、ないだろうな、と少年は思った。
ドラスニル妹はもとは貴族かもしれないが、現在ではその貴族から放逐されている以上、身分的には平民であるはずである。
そして彼女が彼女の家を追い出された後に住むことになった魔女の家が裕福であったとは考えにくい。もしかしたら高価な魔法道具があったかもしれないが、そういうものはしかるべきところで売買しなければ二束三文になったりするものだし、海千山千の商人相手にうまく取引できるような性質を少女が持っているとは思えなかった。どちらかと言えば夜盗や強盗をしながら生きてきたと言われた方が納得の行くような性格をしているのだ。彼女に商人との交渉など無理である。脅迫なら可能かもしれないが。
少年がそんなことを考えているとは露知らず、ドラスニル妹は話を続ける。
「私達にはお金がありません。しかし、お金を持っている人は世の中にたくさんいます。そしてそういう方々は私たちのような恵まれない子供に幾ばくかの寄付ないし援助をする義務があると私は思っていますわ。そう、たとえば、私の兄のようなお金持ちは」
そう言って、振り返った先には、ハトが豆鉄砲を食らったような顔で佇むドラスニル兄がいた。
あぁ、なるほど、彼は貴族だ、お金はあるだろうと少年は考える。
ただ、それと同時に流石に金を出せと強盗まがいのことをするわけにもいかないと頭で考えた。
だからドラスニル妹にそう告げようとしたのだが、それよりも早くドラスニル妹は動く。
「お兄様、お兄様」
「なんだ、妹よ」
「この剣、彼に似合うと思いませんか?」
「ふむ……確かに。しかし、今回の買い物はあの人の魔法対策だろう? この剣はその目的にあわないのではないか?」
「いえ、いえ。お兄様、お兄様。実のところ、私は知っているのですが、彼はミスリルの剣を遣うことによって魔法を切断する技術を保有しているのです! まさに! 今回の目的に適いますわ!」
「おぉ、そうなのか、妹よ。ではこれを買うべきだな」
「そうです! でもお兄様、とっても申し上げにくいことが……」
「なんだ? 妹よ」
「私も、彼も、その育ちゆえ……お金の方が」
「なんだ、妹よ、そんなことを気にしていたのか。パーティメンバーのためだ。そんなものくらい、俺が出そう」
「いいのですか? お兄様」
「貴族だからな。金だけは余りあるほど持っているのだ。それに、これは本来、お前にも使う権利があったものだ。お前が買ってやりたいと考えるなら、それで構わないだろう」
「ありがとうございます! お兄様!」
そうして、うまいこと話を誘導したドラスニル妹は振り返り、少年に片目を瞑った。
恐ろしい所業だ、と少年が思ったのは言うまでも無いことである。