閑話 迫害系チート少女パーティの日常(前篇)
「ほら、お兄様早く」
がやがやと煩い王都の喧騒の下、そう言って促したのは、陽光に輝く金の髪とシミ一つない肌が美しい一人の背の低い少女だ。
その後ろには、性別は異なるが少女とよく似た面差しをした少年がいる。
彼らを一緒に見たとき、十人いれば八人は「彼女たちはおそらく仲のいい兄妹だろう」と答えるであろう彼らは、まさにその予想通りの存在である。
ついここ最近まで一緒に生活してはおらず、そればかりか殆ど会っただけで殺し合いに発展しかねない程度の仲の良さだった、という点を除けばの話だが。
しかしそれも昔の話。
今はもう、そのような険悪なムードなど二人の間には漂っておらず、むしろ一般的な兄妹にしか見えない柔らかい雰囲気がする。
そんな二人が街中を歩く今日は魔法学院の休日。
様々な理由(主に姉対策)から、学院対抗戦において、少なくとも決勝まで出ることを目標にしている彼らは休日を利用して武具や魔法道具の購入に来たのだった。
勿論のこと、学院対抗戦は二人で戦うのではなく、四人一組で挑む。
そのため、彼らは二人だけでなく、パーティの構成員であるもう二人の同年代の若者を連れていた。
一人は、少女である。
背の低い少女と同様、金色の髪を持つが、身長は比較的高く、出るところの出ている体形はその辺の男の視線を集めずにはいられない。
顔立ちも柔らかく、ふんわりとしていて、強く言い寄れば押しに負けてしまいそうな包容力を感じさせる彼女は、男にとっては毒にしかならないだろう。
しかし、現在、彼女はちらちらと多くの視線を集めてはいるが、その視線の主達はその心の中を行動に移そうとはしていなかった。
おそらくそれは隣を歩く人物にあった。
ぱっと見は、何の変哲もない赤髪の少年である。少し粗野な感じがするが、それでもその年代には誰もが陥りがちな捨て鉢な態度にしか思えない。
しかし、実のところ、その少年の顔を知らぬ者は王都にいないと言われる。
今は平凡な王立魔法学院の学院生として真面目に生活している彼。
しかし王都のスラム出身の彼は、その幼少時の悪童ぶりで王都に名前が轟いていた。
少年は人から奪いながら育った。
それは物に限らず、命ですらもだ。
幼少時から、どんな理由なのか大人顔負けの膂力を誇った彼は、その力でもってあまり真っ当とは言えない職業に就いている屈強な大人たちを屠り、そして従えていった。
そうして次第に“赤い悪魔の子”と呼ばれるようになった彼は、王都スラム街において暴力で秩序を作り出す悪童集団を形成していく。
しかしそんな彼の繁栄も長くは続かなかった。
国は彼らに何もしなかった。与えることも奪うことも。
スラムには、良くも悪くも手を出さない。それがこの国の態度だったからだ。
けれど、どんなところにも変わりものはいる。
それはある晴れた日の事だった。
彼のもとに、一人の騎士が尋ねてきたのだ。
振り返れば、今まで幾人かの冒険者や騎士を名乗る人物が彼の事を捕縛すると言いながらやってきたことはあったから、それと同じことだろうと思った。
案の定、その騎士は剣を彼に突きつけ、言った。
「抜け」
と。
彼はいつも剣を腰に下げていた。だから騎士も彼を剣士であると判断したのだろう。
実際、戦う時は剣を使っていたから、その判断もあながち間違いではなかった。
けれど、その技術は我流だ。ただ持って生まれた膂力と反射能力に従って獲物を振るうだけのただそれだけのものだったから、果たして剣士を名乗っていいのかすらも分からない。
ただ、それでも、本職の剣士たち――どこかの道場でどこかの流派の剣術を修めて来た者たちに勝ってきた歴史が彼にはあった。
だから、目の前の騎士にも負ける気はしなかったのだ。
彼に油断は無かった。
自分の能力に自信がない訳では無かったが、いつ、どんな時でも全力を出さなければ自分の食料ですら確保できない環境で暮らしてきた彼は、相手がたとえその辺のチンピラであるとしても手を抜く、ということはありえなかった。
だから、騎士がこの戦いを一種の決闘として始めるために、ある程度の距離を取ってから戦いの開始を告げようと背を向けたその瞬間を狙って、彼は腰に下げた剣を引き抜き全力で飛びかかった。
タイミングに間違いはなかった。
狙った場所も、騎士の首ただ一つだった。
並みの剣士なら、いや、一流どころだったとしても、彼の放った斬撃の速度にはついていけずに一瞬の後に首を転がしていただろう。
しかし、現実はそうはならなかった。
騎士は、彼の斬撃を振り返りもせず、後ろに担ぐように差し出した大剣で受け止めたのだ。
「……全く、気の早いガキだぜ。まぁ、そういうのは嫌いじゃない。ここから試合開始ってことでいいな?」
騎士がそう言った瞬間、白銀の光を放っていた筈のその大剣は瞬間、その刀身を漆黒に染めた。
彼の背筋をぞくり、と何かが嘗めたような気がして、彼は思い切り騎士から飛び離れた。
すると、先ほどまで彼がいた石畳の上に一筋の剣筋が走っているのが見えた。
「おぉ、おぉ。よく避けたな」
そこで始めた振り返った男の顔は愉悦に染まっていた。