第13話 竜姫の日常
彼らが某人外な人々に修行に連れられて行ってから、私は特にやることもなくなってしまったので、迫害系チート少女とその周辺の監視をぼんやりとしていた。
本当なら可能な限り遠くに追いやって一切関わりたくない存在である彼女であるが、あんまり下手な遠ざけ方をしてしまうと妙な運命の導きによって無理やりに関わらされてしまうおそれというものが彼女たちチートという存在にはある。
より性格に言うなら、これは運命などではなく、私がこの世界に転生する前に会話したあの監視者の干渉によるもの、と予想しているが、それが正しいのかどうかは今のところ確認できていない。しかしあの最後の一言を思い出せば明らかなように、私の人生には確実にチートたちとの係わり合いとなる予定というものが組み込まれている。だからその予想も間違ってはいないと思っている。
そういうわけであるから、全く関わらないように遠くに、どこまでも遠くにいる、というよりかは、チートを確認したら適度に干渉しつつ私の所には被害が及ばないように興味の方向をずらす、というのが最も適切な対処法なのであった。
その対処法をすべく、今私は迫害系チート少女を後ろから覗き見しつつ、その辺の出店で購入した蒸かし芋をハフハフしていた。
一応言っておくが、これは別にストーキングとかではない。
それはもう断じてそんなものではないのだといっておきたいのである。
そんな風に遠くに迫害系チート少女を見つめていると、くいくいと服が引っ張られるのを感じた。
しかし私は今、重要人物の監視中なのである。
そんなよく解らない引っ張りを気にしている時間など無い。
けれど、飽きずにその何者かは私の安物の服をくいくい引っ張る。
そうして無反応な私に業を煮やしたのか、その引っ張っていた人物は私に話しかけてきた。
「お姉ちゃん、何してるの?」
「蒸かし芋食べてるんだけど」
「でもさっきから、こそこそしてて怪しいよ」
「そう? それはきっと気のせいって奴よ。私ほど平凡な世の中に溶け込んでる人間はいないわ。もうどこからどう見ても一般的な学院生じゃない?」
「……その台詞がすでに……」
「そんな苦々しい声で突っ込まれると悲しいわね。で、とっても忙しい私のお仕事を邪魔するあなたは一体誰かしら?」
私は迫害系チート少女から目を離し、後ろからかかってきた声になんとなく振り向く。
すると、そこにはみずぼらしい格好をした少女がいた。
どのくらいみずぼらしいかと言えば、服はつぎはぎだらけで、かつそれでもところどころ穴やほつれが目立つうえ、薄汚れているとしか表現しようがない色合いをしており、その顔もおそらく洗えば一般的な少女の顔になるのだろうと思われるのだが、今現在のところ煤汚れでどこか民族的な化粧のように模様が描かれてしまっている。
手足は年齢や少女であるという事も考慮しても不自然なほど細く、あぁこれは栄養不足から来るものだなと一目で分かる。
つまりこの少女は、スラム、貧民街の住人であると思われた。この国の国王陛下は薬師派遣なんかに力を入れる前に他にやることがあるんじゃないかと思わずにはいられないが、とりあえず少女の視線が私が胸元に抱える蒸かし芋の入った布袋に目がいっているようなので、話しかけてみる。
「食べる?」
「……いいの?」
「別に食べ物で釣って攫ってやってから人体実験で使い捨ててやろう、とか考えてはいないわよ?」
私が何の気なしに行った冗談に、少女はずざざっ、と身を引いて私をすごい形相で見つめた。
何か心当たりがあるのか、非常に真剣な目である。
相当怯えているらしく、かなり腰が引けているのも妙に可愛い。
「冗談よ。冗談。それとも私、そんなことやりそうに見えるの?」
「……見える」
「え……わたし、至って平凡な女学生なんだけど……」
「どこが?」
「どこがって、ほら、全体的に? この古風な三つ編みとか、黒縁メガネとか、お金のなさそうな地味なストールとか見ればわかるでしょ?」
「そんなことない。お姉ちゃん、すごくきれい」
「……え」
「髪はキラキラ金色に光ってるし、肌もすごく白くて、雪みたい。瞳も空みたいに真っ青で……」
少女がそこまで言い放ったところで、私は冷凍魔法を応用して冷ました蒸かし芋を少女の口に突っ込んだ。ちなみに見た目はふーふーしただけなので魔法を使ったとは判別できないのもこの魔法のいいところである。世界で使える者は私しかいない。なぜなら魔法をこんなことに使おうとした人間は存在しないからだ。
「ふぐっ……もぐもぐ……おいしい」
「それはよかったわね」
おいしそうに蒸かし芋を食べる少女を見ながら、こいつはやばいなと何となく考える。
この少女は今はっきりと、私の正しい容姿を口にしたからだ。
明らかにそれは、おかしい。
私の体にどれだけ複雑で高度な眩惑魔法がかかっていると思っているのだろうか。
そんなものまるで関係ないとでも言うように正確に私の容姿を述べたこの少女にはまず間違いなく特殊な力があるのは明らかだった。
「あんた、何?」
「わたし? わたしはユウリだよ。東二区のユウリ」
東二区。それはまさに貧民街の正式名称に他ならない。
というかそんなの見ればわかる。私が聞きたいのはそんな話ではない。
まぁ、何がこの少女の異常性を生み出しているのかは大体分かっているので別に聞かなくてもただ確認すればよかったのだが。
ともかく答えてくれないなら体に確認するしかない。
「ちょっと目を見せなさい」
「ふぐっ」
私は蒸かし芋を食べ終わった少女のほっぺたを引っ張りながら、顔を近づける。
すると、右目に六芒星のような妙な文様があることに気づく。
「……魔眼じゃないの」
「ふぉー、ふぉおおお」
「……? 何言ってるの?」
首を傾げる私に、少女はほっぺたを掴む手をぴしぴしと叩いて訴えた。
「あぁ、ごめんなさい」
ぼとり、と少女を落とす。
少女は激昂しながら文句を言った。それでも蒸かし芋の袋は離さないあたり、食べ物に対する執念はすさまじいようだ。まぁ、当たり前か。貧民街に住むなら、今日生きるのもなかなかい厳しい。食べ物は何よりも大切だろう。ハングリー精神に満ちた少女の行動に、賞賛を送りたい。
「いきなり何するの!」
「いや、ごめん。気になって」
「それに、魔眼ってなに?」
「あれ、知らないの?」
この少女は先ほど私が人体実験どうのこうのと言っていた辺りで怯えていたから、そういう何かに目をつけられた経験があるものかと思っていたのだが、当てが外れただろうか。
「知らない……でも、変わった眼だって言われたことはある」
「あぁ、なるほど」
そう言えば、今の人間には魔眼は生まれにくくなっていると聞いたことがある。
存在すら伝説化するほどに。魔物には比較的よく生まれるものなので多少珍しい、くらいでありそれなりに知られているものだが、人間はあまり知らないのかもしれない。
私は仕方なく少女に説明する。
「あなたの目は特別な眼なのよ。魔眼って言うの。私の姿が見えるんでしょう?」
「姿? 金髪きらきら?」
「そうそれ。あなた以外には、私は真っ黒の髪をした背の低い地味な女に見えるんだけどね」
「そうなんだ……じゃあ、精霊さんも普通の人には見えないの?」
「そこまで見えるの? 随分と高性能な魔眼なのね……そうよ。精霊の姿も、普通の人間には見えない。エルフなら顕現させることも見ることも出来るけどね。人間には無理」
「そうなんだ……」
少女は何か色々考えているようで、すごく納得した顔をしていた。
おそらくは今まで人とは違うものが見えていたため、それを正直に口にしたりして奇異な目で見られたりしてきたのだろう。
その理由が分かってすっきり納得、ということなのではないかと考えるが、どうだろう。
ただ分かったからと言ってどうなるものでもない。今までとものの見え方が変わるでもなし、他の人の見え方が分かるわけでもない。
「まぁ、そういうこと。じゃあ、私はそろそろストーキングしなきゃならないから行くわね」
そう言ってその場を去ろうとしたところ、少女が私の服を再度ひっぱった。
「……なに?」
「もっと眼のこと、教えて?」
「いやいや、私忙しいんだって。ほら、あの子たちいっちゃう……」
と、どこかに行こうとしている迫害系チート少女を指さしながら物陰でこそこそしていると、少女が言った。
「教えてくれないなら、お姉ちゃんがこそこそしてること、あの人たちに言っちゃうよ?」
「……これはまた意外なことするわね。脅迫?」
「ううん。お姉ちゃん、優しそうだから」
「答えになってないんだけど……はぁ。まぁいいわ。監視はまた今度にする。じゃああんたの家にでも行きましょうか……家、あるの?」
「うーん……?」
「分からないのか……」