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竜姫はチートを望まない  作者: 丘/丘野 優
第2章~迫害系チート少女編~
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第11話 千尋の谷の詳細

 私は我が班の三人組の育成のために誰に連絡を取ろうかと考えていた。

 少なくとも、あの高慢姉に勝たなければならないのである。すぐに実力を上げなければならない。あんまり弱いやつだと問題だろう。

 けれど彼らの精神を考えるとあんまり行き過ぎたやつを呼ぶのもなぁ……という気もしていた。

 しかし、彼らの精神か。

みんな素直だからなぁ、とそこまで考えたとき、


――そういえば。


と、思ったことがある。

 我が班の三人はとってもいい子たちだ。かなり厳しい生い立ちに置かれながらも、その性格を歪めることなくまっすぐに育っている。まぁ、少々後ろ向きなところはあるものの、それでも素直で真面目で優しい。不思議に思った。


 普通なら、迫害系チート少女のように歪むところだろう。


 あの子は外面上普通に見える。それでもにょーで調べたあの子の精神はもうこれでもかというくらいぐっちゃぐちゃだ。何か一つでもきっかけがあれば人間として完全に壊れてしまうだろうと思ってしまうくらいに。あの子の精神は薄氷の上に存在する頼りないものなのだ。


 でも、似たような立場に置かれてきた我が班の子たちはそうはなっていない。暗いけど普通の子たちなのだ。

 なぜだろう、と思った。


黒学者少年と金髪天使少年はまだ分かるのだ。黒学者少年には優しい母親がいたし、金髪天使少年はあれでも王族の一人だ。それなりにしっかりした教育係もついていただろう。

けれど、灰髪少女だけはわからなかった。なにせ、彼女は“灰髪”だ。ただ感情を乱すだけで周りの物体に被害を及ぼすちょっとした災害の体現者なのである。酷く迫害されて歪みきっていてもおかしくないのに、なぜか彼女はおどおどとしてはいるが基本的にいい子だ。なぜなのか、不思議だった。


 この疑問の答えはひょんなことから明らかになった。


 それは基礎教養の文学の授業中のこと。

 エルフの教授がある文学者の書いた文章の解釈について、灰髪少女を当て、答えを求めたのだ。

 そのとき灰髪少女は上の空だったのか別のことを考えていたのか、その質問に答えられなかった。なので非常に慌て、感情を乱した結果、精霊が教授に対し攻撃を加えた。土の精霊が動いたらしく、石の礫が彼の腹に衝突したのだ。あー、これは叱られるんだろうなぁ、と見ていたのだが、意外にもそうはならなかった。

 エルフ教授は精霊の攻撃によりダメージを受けて非常に苦しそうな顔をしていたのだが、しばらくして立ち直り、従前の立ち位置に戻ると灰髪少女に対してこう言ったのだ。


「“灰髪”に傷つけられるなんて光栄だ!」


 と。教室中の生徒がドン引きだった。

 エルフ教授のM気質を誰もが疑ったのだが、その教室の空気を敏感に読んだエルフ教授が説明を始めた。

 なんでも、“灰髪”は確かに他種族には恐れられてはいるが、エルフの間では事情が異なるのだと言う。エルフの“灰髪”は誰よりも精霊に愛されている証。だからこそ精霊を愛するエルフにとっては現人神に近い存在なのだと言う。そのため、その恩寵である精霊による守護を見、またその精霊の攻撃を受けることは喜びこそすれ恨んだり避けたりするようなものではないのだ、とこういうわけらしい。だから自分はMではないのだ、そこをわかっておいてくれと熱弁していたがそのあたりについては私には興味はない。ただその日から彼のあだ名はM先生になったことだけ付言しておく。


 それにしても、なるほど、と思った。つまり灰髪少女はエルフの里ではそれなりに悪くない生活をしていたのだろう。だから性格も素直でいい子なのだ。物心つくまで、悪いものにあまり触れないで育ってきたから。

授業後に本人に聞いてみたところ、そうだと答えた。ただ、神様扱いされていたのでまともに友達などできなかったらしい。どうにかして普通に生活がしたいと学院に来たら見事なまでに孤立。改めて自分が相当危ない加護を持っていることに気付き、当初の暗い灰髪少女が出来上がり、というわけだった。人生は思い通りにはいかない。なんとも不憫である。


 そんなわけで、人に歴史あり、とはこのことだなぁと思いながら私は今後の予定を考えていた。

 まぁ、色々考えて思った。彼らは素直でいい子だが、それなりに波乱万丈な人生を送ってきた子たちである。だから、精神もなかなかに強くできていると考えていいのではないだろうか?

 とすると、ちょっとくらいぶっ飛んだやつを呼んでも、大丈夫なのでは?

 そこまで考えて、私は誰を呼ぶか決めた。

 決めてしまった。

 いまさら止めても遅いのである。私は、呼ぶ。呼んでやる。


 そう思って、私はゴブリン謹製連絡用魔道具を手に取って、知人に連絡を取り始めたのだった。


 ◆◇◆◇◆


「どこに向かってるんですか?」


 休日の王都をとことこと四人で歩いていると、灰髪少女が私にそう尋ねた。

 今日から四日間、学院は休日だ。なんでも学院対抗戦の本選に入る前に、学院内設備の総点検をするらしい。そのためにかかる期間が四日で、その間は休むなり修行するなり勝手にしろと言うことだ。

 なのでちょうどいいからと私は我が班の三人を連れて特訓を行おうとある場所に向かっていた。どこに向かうかは特に言わなかったので、三人とも不安そうである。


「着いたら分かるよ。っていうか、もう着くね。ここだよ」

「え?」


 四人で停止した位置の真正面には、巨大な門があった。その向こうにはかなり大きな屋敷が立っていて、どう見ても貴族の持ち物である。

 金髪天使少年が驚いて言った。


「ここって……ケラー侯爵のお屋敷では……?」

「おっ、よく知ってるね。さすが王家」


 ほめたたえつつ、門を守る私兵に来客を告げる。

 子供四人でこんなところに来たのを見て一瞬彼らは訝しそうな顔をするも、私がケラー侯爵の紋が入った手紙を渡すとすぐに取り次いでくれた。


「どうぞ。ケラー侯爵がお待ちです」


 衛兵がそう言って門を開く。

 あっけにとられた顔で私の後ろから続く三人。まぁ、気持ちは分かる。なんで私がこんなコネを持っているのか意味不明だろう。まぁ平凡な女学生Aにだって貴族とのコネの一つや二つくらいあってもおかしくないと思って諦めてもらおう。これはもう、誰が何と言おうがおかしくないのである。


 屋敷の玄関扉の前に立つと、叩いてもいないのにゆっくりと開く。まるで扉に意思でもあるかのようだが、中に入ればその両開きの扉を二人のメイドが押さえていることから彼女たちが開けたことが分かる。


 屋敷の内部、玄関ホールには三人の男女が立っていた。

 一人は好々爺然とした禿頭の老人、一人は意味ありげな微笑みを浮かべる美貌のエルフ、そしてもう一人は漆黒の鎧を纏い禍々しい剣を腰に下げた野卑な青年である。

 私たちが来たのに気付くと、三人はゆっくりと近づいてくる。三人とも全く音を立てずに歩いていることから、極めて高い実力を感じさせる。

それから、私に禿頭の老人が声をかけてきた。


「おぉ、フローリア嬢ちゃん。来たか。久しぶりじゃのう。お父上(・・・)は元気かの?」

「元気ですよ。たぶん」

「相変わらずご両親には冷たいのじゃな……」

「まぁ、そんなことはともかく……」

「そうじゃったな。その後ろの三人が……?」

「ええ。鍛えてほしいと思いまして」

「そうかそうか。……ん? アルイード様がおるのう。なるほどなるほど……」


 老人のその言葉に、金髪天使少年が反応する。


「ええと、お久しぶりです。ケラー侯爵」


 そう。この老人こそが、この屋敷の主であるケラー侯爵である。

 この人を食ったような笑顔が特徴的な人物であり、基本的に自領に引きこもっている地方貴族の一人なのだが、その影響力は絶大で、国王も彼を無碍にはできないとまで言われる大貴族だ。


「そうですな。いつ以来か……儂は年ゆえにあまり王宮へは出向くことができず……」

「いいえ。お体、お大事にしてください。それよりも、なぜケラー侯爵がフローリアさんとお知り合いなのでしょうか?」

「ほっほ。まぁ、縁と言うやつでしょうか。そういうこともありましょうぞ」


 その答えに納得が出来ず首を傾げながらも金髪天使少年は黙った。


 次に言葉を発したのは美貌のエルフだ。髪は緑色でウェーブがかっており、非常に優しげな雰囲気を纏っている。聖母、というのはこういう人なのかもしれないと思われる美しい人だった。彼女は灰髪少女を見て、微笑む。


「あら、“灰髪”ね。久々に見たわ」

「あの、わたし……」


 灰髪少女が不安そうに目を泳がせる。すると、精霊が美貌のエルフに向かって攻撃を加えようとした。しかし、


「お痛はダメよ」


 と一言発すると同時に精霊力は完全に霧散する。

 灰髪少女は驚いて彼女を見た。


「ふふ。不思議?」

「……はい。こんなこと出来る人が二人もいるとは思いませんでした」

「あら、一人目は?」

「フローリアさんです……」

「あぁ……この娘はね。ちょっとおかしいから」


 おかしいとは心外である。私は平凡な女学生Aなのだ!そう主張すると、この場にいる全員から訝しげな眼を向けられる。なんだ、全員私をそんな風に扱うのか!まったく……。

そんなことを思うが、ともかくエルフ二人はなんだか柔らかな雰囲気である。

 気が合いそうでよかったと思った。


最後に口を開いたのは、野卑な青年であった。


「おい、フローリア。俺はどいつを教えればいいんだよ?」

「あ、ちょっと待ってね。その前に説明しないと」

「あ?」


 そうして、私は我が班の三人に、今日ここに来た目的を説明することにする。


「あのね、みんな。今日ここに来てもらったのは、みんなに修行してもらうためなのよ」

「修行?」


 黒学者少年が首を傾げる。貴族の屋敷で修行も何もあるまい、という顔だ。

 その気持ちは理解できる。ただ、今から行われるのは紛れもなく修行としか言いようがない、つらい修練なのである。だから私は端的にその事実が分かるように、まず彼らの師匠となるべき人々の人物を紹介することにした。


「まず、ケラー侯爵。あのね、この人……人って言っていいのかな。前代の魔王だから。ケラー侯爵には、黒学者少年の指導を担当してもらうから」

「は?」

「ほっほ。よろしくの。少年」


 そう言ってケラー侯爵は黒学者少年と握手した。唖然としている黒学者少年。


「次に、この美人エルフ。この人はハイエルフなんだよね。だいぶ昔に亜神化して天界に行っちゃったから有名じゃないかもしれないけど、精霊のことならこの人だよ!ということで灰髪少女お教えてもらうからね」

「……ハイエルフ?」

「よろしく、“灰髪”のお嬢ちゃん」


 目を見開いている灰髪少女。美人エルフは微笑んでいる。


「最後に、このワイルドお兄さん。この人、500年前くらいに活躍してた剣聖だから。でも、彼は人間の限りある生じゃ剣は極めきれないと悟って、不死化しました。今は不死者の王(ノーライフキング)として君臨されてます。金髪天使少年の担当ね」

「……ふししゃのおう……?」

「王族を教えんのはそれこそ500年ぶりだなぁ……よろしくな。少年」


 あまりの事態に頭真っ白な感じの金髪天使少年。

 まぁわからんでもない。


「そういう訳だから、皆、頑張ってね!これから三日間で強くなってもらうから!じゃ、みんなよろしく!」


「え、ちょ、まっ」

「説明を!もっと説明を!!」

「魔王ってなんだ!!おかしいだろ!!」


 灰髪少女、金髪天使少年、黒学者少年の順番でそんな叫びをあげている。

 けれど彼らの手はそれぞれハイエルフお姉さん、剣聖、前代魔王に引っ掴まれ、そしてそのまま一緒にどこかへと転移していった。

 一人、屋敷に取り残された私は、彼らの無事を祈りつつ、学院の寮に帰ることにする。


 きっと三日後には見違える戦士たちとなって帰ってくるのではなかろうか。

 生きていれば、だけれども。うん。頑張ってくれ。


 その間に私は迫害系チート少女たちの偵察でもしておこうかな。


 そんなことを思った。まる。


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