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竜姫はチートを望まない  作者: 丘/丘野 優
第1章~チート風貴族少年編~
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第1話 プロローグ

――デッカイなー。


 目線を上げつつ、彼女はそう思った。


 村人少女A。そう表現するのが適切な平凡な見た目と服装をした彼女。


 そんな彼女の正面、鬱蒼と生い茂る木々のなか堂々と屹立するそれ。

 

 彼女より遥かに巨大な体躯、強靭な爪に膨れ上がった筋肉。鋭く尖った牙。


 この生物は彼女がだいぶ前に王都に行ったとき王立図書館の書架で見た“世界魔物大全”の297ページに載っていた超危険生物・フェンリル狼ではなかったか。


 どうやらささやかな夕食充実計画のための山菜採りに森の中に入ってしまったのは失敗だったようだ、そういえばこの季節はフェンリル狼は番になって子作りを始めるから森に入ってはいけないよと村の物知りばあさんが言っていたな、目の前の狼はその体色から見てメスだろう、オスより遥かに弱い個体らしいがそんなことは今この場においては大して意味のない事実だろう、と彼女はぼんやり考えた。


 世の中あんまりうまくいかないものだと。


――けれど。


 視線をそれ(・・)よりも下に降ろすとそんなフェンリル狼よりも更に問題のある光景が確認できる。


 絶対にあるべきではない光景。


 どう見てもそこに立っているのは十歳程度の少年であった。


 着ているものから見るに貴族階級だろうか。


 髪色や肌の質感、それに顔の造詣から見てもやんごとない血筋を引いていることが明らかにわかる。


 貴族は総じて美しい。


 昔から美人の血を取り入れ続けたためだ。


 精霊の加護を得るためにも美形の方がいいらしいから、その歴史的な選択は間違っていないのだろう。


 彼は腰に細長い独特の形をした剣を下げており、不敵な笑みでフェンリル狼を見つめながら笑っている。

 まるで自分ならこの生物をどうにかできる、と言わんばかりの不敵な顔だ。


 それは人の身には過ぎた自信のように感じられるが、彼にとってはそうではないらしい。


「ちょっと、君!なにしてるの!逃げなさい!」


 彼女はそう声をかけるも、彼はすげなく拒否する。


「お姉さん、俺は大丈夫だ。むしろあんたはそこでじっとしてなよ。なに……一瞬で終わる!」


 言うが早いか彼は人間の目では絶対に捉えられない速さで腰に下げた武器を引き抜き、フェンリル狼にとびかかっていった。


 とても十歳前後の子供のできる動きではない。それどころか熟練の剣士とてこれほどの技量を持っているかどうか……そう思わせるほど彼の動きは極めきったものだった。


 体からは僅かな燐光が放たれており、魔力による身体強化術を極めて高いレベルで身に着けているのがわかる。


 十歳にしてあれほどとは、随分と化け物染みた少年もいたものである。


 フェンリル狼も負けじと彼の攻撃を避け、またその鋭い爪で彼を裂こうと俊敏に動きとびかかるも、彼はまるですべての攻撃が見えているかのようにひらりひらりと避けてしまう。


 一切の傷が彼にはつかず、フェンリル狼の体からじわじわと体力が失われていき、息も荒くなっていく。


 次第にフェンリル狼は彼のうごきについていけなくなって、ついには彼の攻撃が当たり始めた。


 そうしてしばらくすると、徐々にフェンリル狼の毛皮には傷がつきはじめ、やがて満身創痍へと至り、最後には体力の限界を迎え、その大きな体躯を地面へと横たわらせたのだった。

 

 文句のつけようのない、少年の勝利だった。


 倒れ伏したフェンリル狼の巨体を見つめ、その絶命を確かめると、狩りがすべて終わったことに少年は満足したかのように笑い、そして後ろにいるはずの彼女に向かって振り向いて笑いかけようとした。


 しかし。


 少年が振り向いたとき、そこにはただ空虚な空間だけが存在していた。


 まるで初めから誰も存在していなかったかのように。


 彼女は霞のように消えてしまったのだ。


 *


「……ふぅ」


 森の奥深く。先ほど少年が戦っていた地点からかなり離れた場所で、彼女は息を吐いた。


――ここまでくれば、大丈夫だろう。


 そう、彼女は少年を放っておいて逃げたのだ。


 良心が傷まないのか?


 いやいや、あの少年は大丈夫と言っていただろう。だから別に私がどうしようと関係のない話だ。


 彼女はそう考えて、村への道を歩き出す。


 随分と森の奥深くへ来てしまったものだ。


 森は広く、そして村はその森の入り口付近にある。


 先ほどの場所まで来るの歩いてに数時間かかったのだから、さらに奥地であるここから村まで帰ろうとすれば日が暮れてもまだつかないことだろう。


 彼女はそれを思ってため息をつき、しかし仕方がないことだとあきらめて歩く。


 森は非常に危険だ。


 さっきフェンリル狼が出たことからそれは自明のことだが、あれ以外にも危険な生物はたくさんいる。


 ただ、その中でも群を抜いて危険だったのがあのフェンリル狼だったので、なんだかよくわからないあの少年が倒してくれたのはありがたかった。


 とりあえずはもう、あのフェンリル狼に出会う危険を考慮する必要はないのだから。


――ふっふっふー♪


 鼻歌を歌いながら彼女は歩く。


――ふっふっふー♪ ……ぐる


 ?


――ぐるるるるる……


 ?


 なに?なんなの?


 不審な音が彼女の鼻歌に続いて聞こえ出したことに少女は気付く。


 これは、まさか。


 まさかねー。


 そんなわけないって。そんな……そんなさ。


 などと何に対してか分からない時間稼ぎをしながら振り返るまでに少々無駄な時間を過ごした彼女は、決意をしてさっと後ろを見た。


 するとそこにいたのは。


「……あ、さっきの方のご主人?」


 そう。そこにいたのは、絶対会うはずがないと高を括っていた対象。


 森で最も危険な生物。


 “世界魔物大全”の297ページに載っていた超危険生物・フェンリル狼の雄個体だった。


  *


 森の中に、叫び声が響く。


 大きな、大きな声だ。


 それはフェンリル狼が彼女に襲い掛かった直後のことだった。


 そこに広がっていた光景、それは。


「……フェンリル程度が私に傷をつけようとか、そういうのは身の程知らずって言うのよ?」


 フェンリル狼の鼻先を靴でぐりぐりと踏みつけながら物騒に笑う、村人少女Aの姿だった。


 *


 このあたりでもしかしたら私の説明が必要かもしれない。


 大体大まかなことは理解してくれたと思うが、私は前世、地球人であった転生者その一である。


 向こうで死んだ理由はそれこそかなり詰まらない理由だ。坂道を下っていたら後ろから猛スピードで突っ込んできた小学生の自転車に思い切り追突されてそのまま地面に頭を強打、運悪く打ち所が非常にまずい部分だったらしく、数時間意識朦朧として生死の境をさまよってそのまま死亡した。


 最後に聞いた言葉は私を轢いた少年の「ごめんなさい、ごめんなさい」という謝罪の言葉だった。


 正直轢かれたことは悔しい。死んだことも辛い。呪ってやりたいし呪ってやろうとも思った。けれどそこまで真剣に謝られたら、しかもまだ若い……おそらくは小学校低学年だろう少年にそのようにされたら、呪うというのも何か違うだろう。


 私は恨みつらみをさっぱり忘れ、もういいやという心境でそのまま成仏したのだった。


 死んでからも霊魂のように自分の体の周りを彷徨っていられたのである。きっと世界は輪廻転生なのだろう。


 だったら今世でこんなことになったとしても来世楽しく生きりゃあいいかと思って天の国へ行ったのだ。


 そこは、イメージ通りのお花畑だった。

 

 どこまでも広がるお花畑。怖いくらい美しい景色。ただ遥か遠く、地平線はおかしな方向に歪んでおり、その両端がなぜか上方へと曲がっていて、ああ地球ではないなと言うことを理解させられたのを覚えている。よっぽど衝撃だったのかもしれない。


 そしてそんなところを私は思い出せなくなるくらい長い時間歩いた。


 どれくらい経っただろう。感情が擦り切れてもうだめだと思ったとき、あたりに不思議な声が響いた。


『――声が、聞こえるか』


 それは男性のようでも女性のようでもあり、また老人のようでも少年のようでもあるという特徴のとらえようのない奇妙な声だった。


 私はなくなりかけた意識を浮上させ、答えた。


「聞こえます……」


『ふむ。お前は罪を雪ぎ切った。今この時より、次の輪廻へと旅立つことができるが、何か希望はあるか』


「罪……?」


『そう。罪だ。雑念と言ってもいいかもしれない。今お前にはそれが全くないはずだ。わかるか』


 確かに、もう感情というものは擦り切れきっていた。


 それを雑念がない状態というのならその通りだった。


 不思議な声に対しても反抗やイラつきと言った気持ちが全く浮かんで来ず、ただその言葉を受け入れる気持ちしか湧いてこない。


「はい……」


『うむ。とは言っても……お前は少々特別だ。まだ自我が残っているからな。本来、人はすべての罪を雪ぎ切ったとき、自我を失う』


「はい……」


『しかしお前は違う。死したとき、お前は自らを殺した人間を許した。その行いはお前の罪を大きく減らしたのだ……地球では70年ほど前のインドにそのような人間がいたが……お前はそれ以来だな』


「はい……」


『したがって、お前には次の転生において特別なボーナスを与える!』


「はい……」


『……なんだか反応が薄くて詰まらんな。仕方ない。自我を少し戻そう』


「……? あれ。」


 なんだかいろいろな感情がいつの間にか復活しているのに気づく。


 この“声”が何かしたのだろう。


 “声”は続ける。


『よし。言われたことを覚えているか』


「あぁ、はい。えっと、その前にあなたは?」


『おお、いい感じではないか。私はなんというかな。管理者だ』


「管理者……」


『まぁよい。ほれ、ボーナスを選ぶがよい』


「ボーナスってたとえば何をくれるんですか?」


『最近はチートとか異世界とか異種族とか流行っておるだろう。そんな感じだな』


「……わたし、普通でいいです。普通に生まれて、普通に長生きして、普通に楽しく暮らせる生活をください」


『……なんだ。詰まらんな。心が洗われすぎたか』


「ダメなんですか?」


『うーむ……』


 少し考えるようなうなり声が響き、そして“声”はひらめいたかのように言った。


『普通に生まれて、長生きでき、楽しく暮らせる、だな?』


「はい」


『もう一度聞くぞ。普通に生まれて、長生きでき、楽しく暮らせる生活が望みだな?』


「……? はい」


 私はこの奇妙な念押しに疑問を持つべきだった。


 なのに漫然と頷き、そして“声”に了承の意を伝えてしまったのである。


『あい分かった。それでは……またいつの日にか会おう。さらばだ』


 “声”がそういうと同時に、目の前のお花畑は歪んでいき、視界も黒く染まっていく。


 そして“声”は最後に言った。


『普通に生まれて、長生きでき、楽しく暮らせる生活、というのはつまりあれだな。どんな種族でもいいからその種族における通常の出産方法で生まれて、あらゆる種族の中で最も長生きできる種族として生を受け、かつ色々なアクシデントに巻き込まれながらそれを解決していくジェットコースターのような人生がいい、という意味だな? ……ではさらばだ』


――アッハッハ!!


 と、遠く高笑いのような声が響いた。


 ちょっと待て。


 そう思ったときにはもう私は声が出なくて。


 あの声は私をとんでもない人生へ放り込もうとしている。


 騙されたと私は気付いた。


 けれど同時に私は思う。


 そうまでして私にとんでもない人生を送らせようと言うのなら、私は何が何でも平凡に生きてやろう。


 あの声が詰まらないと興味を失うような、そんな人生をだ。


 だから絶対に厄介ごとにはかかわらない。


 絶対にだ。


 だから私は生まれてからこの世界の厄介ごと、紛争やその火種になりそうなもの、社会的文化的差別の有無などあらゆることをリサーチした。


 そして非常に厄介なことに気付いてしまった。


 私の生まれた世界はつまりは魔法のある異世界で、しかもたまにチート勇者のような存在が現れるらしい。


 それもよくよく調べてみるとどうやら彼らは日本の知識を持っていることを感じさせるような歴史的逸話がいくつも残っていた。


 これはフラグとしか思えない。


 きっとあの“声”はそのチート勇者を私と関わらせる気満々なのだ。


 私のなにかがそれは正しいのだと告げている。


 しかし、そんなことは断固拒否。


 何があっても拒否、拒否、拒否だ!


 私が平凡に生きるためには、彼らに絶対にかかわってはならない。


 ノーチート。ノー勇者。


 それが私の、竜姫フローリア・ベルンシュタインのモットーである。


……もうすでに平凡じゃないとか言わないで。

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