VI.HappyValentine
今年のバレンタインは休日だ。案の定金曜にチョコレート爆撃があったが、義理チョコ以外はその場で受け取り拒否してしまった。
今のところあいつ以外には考えられないんだな、やっぱり。
千沙子には余ったチョコで作ったトリュフを渡しておいた。
包みを見て「いかにも義理って感じね」とぼやいていたが、味に関しては文句がなかったようで、バレンタイン当日に美味かったとメールがあった。
絵理は昼間は青司と出かけているので留守だった。いつもの如く二人で図書館に行くらしい。
そのおかげで心置きなく離れの給湯室を使えるわけなのだが……。
太陽が西の空に沈み始める頃、絵理が帰ってきた。
「よう。早かったな」
「中央図書館は五時で閉館なのだ。仕方がなかろう」
「ま、それでまっすぐ帰ってくるあたりがお前等らしいけどな」
「青司は今日もバイトだそうだ。休みのはずだったが急遽呼ばれたとかで」
「バイトねえ。こんな日までご苦労なこった」
そう言った後でオレも年中無休でバイトをやっていることに気がついた。
「そうそう、青司がチョコレートを絶賛していたぞ。これほど美味いものは食べた事がないと。ふふ」
褒められてよほど嬉しかったのだろう。さっきから絵理の頬は緩みっぱなしだ。いつもの真面目な表情も捨てがたいが、やっぱり笑顔は可愛い。
「んじゃ、茶でも淹れてきてやるからそこで待ってろ。疲れただろ」
「疲れはさほど感じていないが、茶は欲しいな。私はそなたの淹れた茶でなくては満足出来ないようになってしまったらしい」
絵理の期待に答えるべく、極上の紅茶を淹れて絵理の元に戻った。作りたてのチョコレートケーキを添えて。
形はベタなハート型。ただし、味は折り紙つきのガナッシュケーキ。
「む……。これは」
「チョコとブランデーが余ってたから作ったんだよ。ま、オレからお前へってことで」
余ってたからなんてただの口実だ。元々オレはお前にありったけの想いを込めたチョコを贈るつもりだったから。
「……だが、私からあげるものがない。あれを作るだけで精一杯だった。……すまない」
申し訳なさそうに俯く絵理を見て、オレは思わず苦笑した。二人で一緒にチョコを作ったら、もう貰えるとか貰えないとか、そんな事どうでもよくなってしまっていた。
「前倒しで貰ったから気にするな。味見の時にお前に食わせてもらったチョコ、美味かったぞ。残されても困るし、遠慮すんな」
それでもまだ絵理は納得できないようで、しばし考え込んでいた。
「そういうわけにもいくまい。……ではせめて、これを二人で食べよう」
そう言って絵理はケーキを切り分けたが、皿もフォークも一つしかない。
「いや、気にしなくていいさ。皿とフォーク持ってくるの面倒だしな」
「全く……仕方のない奴だ」
絵理は深々と溜息をつき、ケーキを食べ始めた。一口食べた後で、小さく切り分けたケーキをフォークで刺し、オレの目の前に差し出した。
「横着者め。今回は仕方がないから食べさせるくらいの事はしてやる。……私からは用意できなかったしな」
予想外の展開に、オレは思わず固まった。
「え、いや、でも」
「さっさと食え」
言われるままに、差し出されたケーキを口に含んだ。妙に照れくさくて、肝心の味が何だか解らない。味見の段階では美味かったはずだ。多分。
ただ解るのは、口に広がる甘さと熱さ。
ブランデーを使いすぎたせいなのか、絵理にケーキを口元まで運んでもらっているせいなのか、顔の火照りが治まらない。
絵理はというと、そんなオレの動揺など素知らぬ顔で、ケーキの味を素直に絶賛していた。
こいつには敵わないな、と半分諦めながら、オレは再び差し出されたケーキの味を確かめた。
ここまで読んでくださり、有難うございました。
季節外れですが、バレンタイン短編です。
以前にも投稿してあったものですが、レイアウト調整のためやむなく投稿しなおしました。
この話は本編6話の『SilentNight』と『流す涙は誰が為に』の間のエピソードになります。
もし、こちらを先に読んで興味を持ってくださった方がいましたら本編も覗いていただけると幸いです。






