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II.執事のユウウツ

 二月に入り、3-Aの教室ではあちらこちらで女子達がバレンタインの話題に花を咲かせている。別に聞き耳を立てている訳ではないのだが、甲高い声というのは嫌でも耳に入ってくる。義理チョコは何人にあげるとか、本命には手作りチョコを渡すとか、そんな話ばかりだった。

 受験生とはいえセンター試験も終わり、後は期末テストだけなので皆気楽なものだ。

 昔からバレンタインには幾度となくチョコを貰ってきたオレだったが、手作りチョコというものはあまり好きではなかった。むしろ苦手と言っていい。

 心がこもっていようが何だろうが、素人が作ったチョコの味なんてたかが知れているし、中には物騒なものを混ぜ込んでくる輩もいる。

 中学の時だったか、手作りチョコを食って腹を壊した事があった。後で人づてに聞いた話だが、どうやらチョコの中に愛用のコロンが混ざっていたそうで。

 両想いになれるまじないだか何だか知らないが、そんな物騒なモノを贈る事に疑問は感じなかったのだろうか。

 とはいえ、贈り物を無碍に断って印象を悪くするのも得策ではないし、モテているという実感はそれはそれで気分がいいものだった。少なくとも昔のオレにとっては。なので貰える物は貰い、市販品は母への土産にして、手作りの品は人知れず処分してしまっていた。

 非道い男と言うなかれ。恋にかける女の情念というのは恐ろしく、適度な距離を保っていないと面倒な事になる。

 バレンタインが来ると幾分憂鬱な気分になるのも、この情念を様々な形でぶつけられるからだった。贅沢な悩みだと言われればそれまでだが。

 それに、そんな想いをぶつけてこられて嬉しい相手など、今はたった一人しかいないのだ。

 そして、そのたった一人から想いをぶつけられる可能性なんて皆無に等しい。こうした事情も相まって、バレンタインの話題を耳にするたびに溜息が出てくるのだった。

「溜息をつくと幸せが逃げるって言うけど、今日だけで一体どれだけの幸せを逃したのかしらねえ。あんまり辛気臭い顔をしているとそのうちカビが生えるわよ」

 からかうようにオレに話しかけてきたのは隣の席の伊勢村千沙子。気が強そうだが整った顔立ちに唐茶色の腰まで届く長い髪。細身なのに出るところは出ているという素晴らしいプロポーションの持ち主でもあった。

「うるさい」

 面倒になって投げやりな返事をしたが、千沙子は意に介さずに椅子ごと体をオレのほうに向けた。

「元恋人に対して随分な返事だこと。まったく、その姿をキャーキャーあなたに群がる女どもに見せてあげたいわ。

 知ってる? あなたがフリーなのをいい事に、生意気にも告白を目論んでる輩の多いこと。さぞかし大変でしょうけど、せいぜい頑張ってね。オホホホホ」

 愉快そうに不吉な予言をした千沙子は声を上げて笑った。

 夏の沖縄旅行以来オレに対する態度がだんだん酷くなっている気がする。飾らなくなったのは結構な事だが、もう少しいたわりの心というものを持って欲しいものだ。

「お前、追い討ちかけて楽しいか? ただでさえバレンタインの話題がそこらじゅうから聞こえてきて憂鬱だってのに」

「あら、そのせいでユウウツだったの。

 さぞかしおモテになるから、楽しみなのかと思っていたわ」

「オレが面倒事が嫌いなの知ってるくせによく言うよ」

「面倒事、ねえ。ふふ」

 憮然とした顔で返すオレに、千沙子はまた声を出して笑った。さっきとは違う柔らかい笑み。からかいを含んだ口調は消えていた。

「そのセリフを聞いて安心したわ。御剣さんはともかく、他の女にまでデレデレしてる姿は正直見たくないもの」

 からかってごめんなさいね、と素直に謝られてオレは一瞬言葉に詰まった。

「ま、今は逆チョコなんていうのも流行ってるみたいだし、受身一辺倒っていうのもナンセンスなんじゃないかしらね」

「何が言いたい」

「そんな辛気臭い顔で溜息なんかついてるよりも、あげる側に回ってみたらって言ってるの。あ、もちろん私にも忘れずにね」

「ちゃっかり催促かよ。ま、考えとく」

 あげる側、か。貰えるとか貰えないとか、そんな事でうだうだ悩むよりも自分で行動を起こした方がいいよな。

 オレの溜息の理由など、千沙子にはお見通しだったという訳だ。最初にからかわれた苛立ちと心の内を見透かされた気恥ずかしさでぶっきらぼうな返答になってしまったが、千沙子のおかげで吹っ切れたような気がする。

 千沙子がオレの返事に対してにやりと笑ってみせると、丁度授業時間を告げるチャイムが鳴った。

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