第九話 信長が将軍を試す
いよいよ安土です。
京。
義昭の居城。
静かな廊下で、光秀と藤孝が向かい合っていた。
四国討伐の延期。
その余波は、まだ京に届いていた。
光秀は眉を寄せたまま言った。
「……信長公は、黙っておられぬ」
藤孝は頷く。
「間違いなく動きます。あのお方は、必ず“次”を打ってきます」
その時だった。
足音。
伝令が膝をつく。
「将軍様! 安土より書状が届きました!」
光秀の顔色が変わる。
藤孝が巻物を受け取り、義昭のもとへ運ぶ。
義昭は静かに封を切った。
光秀は息を呑む。
藤孝が読み上げる。
「『天下の安寧について語りたい。将軍、安土へ来られよ』」
光秀の手が震えた。
「これは……」
言葉を失う。
「呼び出しにございます」
藤孝も険しい顔になる。
「安土は信長公の牙城。断れば敵対と見られましょう」
光秀は震える声で言った。
「行っても危険……行かなくても危険……」
義昭は巻物を見たまま言った。
「信長は試しておる」
光秀が顔を上げる。
「……試す?」
義昭は頷いた。
「将軍がどこまで動くか。そして──どこまで恐れるか」
光秀は息を呑んだ。
藤孝が問う。
「将軍様……どうされます」
義昭は静かに笑った。
「信長が見たいのであろう」
「将軍というものを」
光秀は胸の奥が熱くなるのを感じた。
信長は怪物。
だが──この将軍も、同じ場所に立っている。
光秀は思った。
(信長公と将軍様……二人は、同じ“未来”を見ている)
義昭は立ち上がった。
「十兵衛」
光秀は膝をつく。
「はっ」
義昭は言った。
「……行く」
「安土へ行く」
「信長と話す」
光秀は理解した。
これは──戦だ。
刀ではなく。軍でもなく。
言葉と構造で行われる、怪物同士の戦い。
光秀は拳を握りしめた。
「……お供いたします」
義昭は頷いた。
京の風が静かに吹き抜ける。
光秀は思った。
安土へ向かうこの道は──
すでに、歴史へ続く道なのだと。
次回、信長と将軍が直接対面します。




