第八話 秀吉が将軍を警戒する
安土城の廊下。
軍議を終えた家臣たちが、ざわめきながら歩いていた。
勝家は不満げに吐き捨てる。
「将軍など……今さら政治に口を出すとはな」
長秀は慎重な声で言った。
「しかし、朝廷も寺社も動きます。信長様といえど、無視はできませぬ」
秀吉は笑っていた。
だが──その目だけは、何も笑っていなかった。
(軍を動かさずに、天下を揺らす……)
秀吉は思う。
(そんな芸当、普通の人間にできるはずがない)
長秀が声をかけた。
「どう思う、秀吉」
秀吉はにこりと笑った。
「怖いお方ですな」
長秀が目を丸くする。
「将軍が、か?」
「ええ」
秀吉は軽く肩をすくめた。
「信長様と──同じです」
長秀は息を呑んだ。
秀吉は続けた。
「信長様は、未来を速く作るお方」
「将軍様は、未来の形を変えるお方」
長秀は言葉を失った。
秀吉は笑ったまま、心の中で呟く。
(同じ未来を見る者)
(だからこそ──危険だ)
「将軍は」
「敵に回すと面倒だ」
その時。
廊下の奥から足音がした。
誰も振り向かない。
だが、空気が変わる。
信長が歩いてきた。
「猿」
秀吉は即座に膝をついた。
「はっ」
信長は言う。
「将軍をどう見る」
秀吉は少しだけ考えた。
そして、笑った。
「恐ろしいお方にございます」
信長は笑った。
「だろうな」
秀吉は息を呑む。
信長は続けた。
「猿」
「将軍を見ておけ」
秀吉は深く頭を下げた。
「はっ」
信長は京の方角を見た。
風が吹き抜ける。
「将軍」
「天下を動かす気か」
信長は笑った。
「ならば──見せてみよ」
三人の視線は、同じ方角を向いていた。
京。
そこに──もう一人の怪物がいる。
三人の思惑が、少しずつ交差し始めました。




