第六話 将軍の書状
光秀は巻物を握りしめたまま、動けずにいた。
「……信長公は、止まらない」
四国討伐。
つい先日まで交渉だったものが、突然、武力制圧に変わった。
光秀は巻物を見つめたまま呟いた。
「速すぎる……」
その時、義昭が静かに光秀を見ていた。
「十兵衛」
光秀が顔を上げる。
「信長の速度は止められぬ」
光秀は息を呑んだ。
「だが──速度は曲げられる」
光秀の瞳が揺れた。
「……曲げる……?」
義昭は机に向かった。
迷いなく筆を取る。
「まずは朝廷だ」
筆が走る。
『四国の件、武家のみで決すべきにあらず』
藤孝がわずかに息を呑んだ。
義昭は次の紙を取る。
「大寺院へ。比叡山、興福寺……どこでもよい」
再び筆が走る。
『四国の乱、天下の安寧に関わる』
三通目。
「公家へ。特に権門の家へ送れ」
藤孝が震える声で言った。
「将軍様……これは……」
義昭は静かに言った。
「信長と元親の争いを──天下の政治問題に引き上げる」
光秀ははっとした。
信長は軍を動かす。
だが、この将軍は──天下そのものを動かしている。
光秀は震える声で言った。
「……将軍様」
「戦をせずに……戦っておられる……」
藤孝が深く頷いた。
「将軍家の書状は重い。朝廷、公家、寺社が動けば……信長公でも無視はできませぬ」
義昭は静かに言った。
「十兵衛」
「信長の速度は、そなたを殺す」
光秀の喉が震えた。
「……将軍様……」
「だが私は、そなたを救う」
光秀は言葉を失った。
──数日後。
藤孝が駆け込んできた。
「将軍様! 四国討伐の軍議が……!」
義昭は顔を上げた。
「どうなった」
藤孝は息を整え、言った。
「……日程が、延期されました」
部屋が静まり返った。
光秀の目が大きく開く。
「……延期……?」
藤孝は頷いた。
「完全停止ではございませぬ」
「だが……確かに、遅れました」
光秀は呟いた。
「……歴史が」
「動いた」
義昭は静かに首を振る。
「いや」
「まだだ」
そして、微笑んだ。
「少し押しただけだ」
歴史はまだ止まっていません。
ここからさらに大きく動いていきます。




