第二話 信長という革命
「……信長公に、殺される……?」
光秀の声は震えていなかった。
だが──その瞳だけが揺れた。
誠実で、理性的で、常に冷静な男。
だからこそ、私の言葉を否定できない。
「将軍様……そのようなこと、あり得ませぬ。私は信長公に忠義を尽くして──」
「忠義では、救えぬ未来もある」
光秀は言葉を失った。
理解できない。だが、完全には否定できない。
信長の“速度”に、光秀自身が不安を覚えているからだ。
その時だった。
空気が変わった。
誰も、まだ何も言っていない。
それでも──部屋の全員が理解していた。
──信長だ。
廊下の向こうから、“音のない圧”が迫ってくる。
侍女が震え、藤孝がわずかに身構え、光秀は一瞬だけ息を止めた。
襖が、音もなく開いた。
「十兵衛。そこにいるか」
その一言だけで、場の支配が変わった。
光秀は即座に膝をつき、深く頭を垂れる。
「はっ……信長公」
信長はゆっくりと部屋に入ってきた。
その動きは静かだが、空気が裂けるような緊張を伴っていた。
私は理解した。
この男は──人ではない。
「将軍」
信長の視線が、私を射抜いた。
未来だけを見ている目。炎のように熱く、氷のように冷たい。
「近頃、そなたの周囲が騒がしいと聞く」
「……左様でございますか」
「将軍というものは、天下の役に立つのか」
その言葉は、問いではなかった。
断罪だった。
光秀がわずかに顔を上げる。
藤孝が息を呑む。
信長は続けた。
「役に立たぬものは、消える」
そして──一拍置いて、さらに言った。
「だが、役に立つ者は……天下を動かす」
その一言で、信長が“暴君”ではなく“革命家”であることが、場の全員に突き刺さった。
光秀の肩が震えた。
藤孝は目を伏せた。
信長は光秀に視線を向ける。
「十兵衛。そなたの働きは認めている。だが──遅い者から死ぬ。それだけだ」
光秀の喉がわずかに動いた。
「……肝に銘じます」
信長は満足したのか、踵を返した。
その背中は炎のように揺らめき、歴史そのものが歩いているようだった。
襖が閉まる。
空気が、ようやく戻った。
光秀は深く息を吐いた。
藤孝は額の汗を拭った。
信長が去ったあとも、空気はまだ重かった。
──この男は、この国を変える。
だが、その速度は人を殺す。
光秀を。そして、歴史を。
「十兵衛」
光秀が顔を上げる。
「そなたは、このままでは信長公に呑まれる。だから私は──そなたを救う」
光秀は言葉を失ったまま、私を見つめた。
私は、義昭の手を強く握った。
「信長は未来を作る。だがその未来は、そなたを殺す。ならば私は──歴史の形を変える」
蝋燭の炎が揺れた。
そして私は理解した。
この男と戦う。
刀ではなく──歴史で。
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