第十一話 信長が将軍を認める
安土城・天守。
信長は机の上の書状を指先で叩いた。
乾いた音が、天守の静寂に響く。
「……妙だな」
この一言で、空気が変わった。
丹羽長秀と柴田勝家が息を呑む。
秀吉だけが、静かに目を細めていた。
信長は書状を広げる。
堺の商人。
朝廷。
寺社。
四国。
すべて──将軍・足利義昭が動かした痕跡だった。
信長は淡々と呟く。
「戦をせずに、天下を揺らすか」
勝家が唸る。
「将軍など……何を考えておるのか」
信長は勝家を見ない。
ただ、事実だけを並べる。
「堺を動かした。朝廷を揺らした。寺社を使った。四国に口を出した」
長秀が息を呑む。
「信長様……将軍は、政治を……?」
信長は書状を置いた。
「将軍は軍を持ぬ」
だが──
「構造を持つ」
勝家が顔を上げられない。
長秀は喉を鳴らす。
信長は静かに続けた。
「政治を動かす者は──軍より厄介だ」
怒りではない。
焦りでもない。
ただ、合理的な危機認識。
「将軍が力を持てば……」
「俺は、ただの守護代だ」
秀吉だけが、その意味を理解していた。
(将軍様は……危険だ)
信長は立ち上がり、京の方角を見る。
「将軍が強くなれば、俺の速度は止まる」
長秀が震える声で問う。
「信長様……では、どうされます」
信長は笑った。
「面白い」
「ならば──先に叩く」
勝家が息を呑む。
秀吉は静かに頷いた。
信長は振り返る。
「猿」
秀吉が即座に膝をつく。
「はっ」
「将軍を見ておけ」
秀吉は小さく笑った。
(将軍様は危険だ)
信長は、再び京の方角を見た。
「将軍」
信長は笑った。
「いずれ殺す」




