第一話 将軍転生――光秀を救う決意
戦国改変ものです。
本能寺は止めない。だが光秀は死なせない――
そんな将軍の戦いを書いています。
二年後、織田信長は本能寺で死ぬ。
そして明智光秀も、三日天下の末に殺される。
──本能寺は止めない。
だが、光秀は死なせない。
その矛盾だけが、頭の中で燃えていた。
次に目を開けたとき、私は畳の匂いに包まれていた。
乾いた藺草の香り。
蝋燭の揺れる橙色の光。
現代の蛍光灯の白さは、どこにもない。
そして──自分の手が、自分のものではなかった。
節くれだった指。長い年月を経た皮膚。
まるで別人の手だ。
「……将軍様。お目覚めでございますか」
声がした。
振り向くと、痩身の男が膝をついていた。
白い直衣。控えめな家紋。
宮中作法を知る者の所作。
「将軍……?」
男は深く頭を垂れた。
「はい。足利義昭様にございます」
胸の奥で、何かが弾けた。
──転生。
二条城の石垣に触れた瞬間、世界が反転した。
私は現代の外交官だった。
そして今──足利義昭として目を覚ました。
畳の匂い。蝋燭の揺れ。
そして胸の奥に残る“未来の記憶”。
信長。光秀。本能寺。
私は震える手を握りしめた。
その時、襖が静かに開いた。
「失礼つかまつる」
入ってきたのは、凛とした気配を纏う男。
白い直衣。細い目。静かな威厳。
──細川藤孝。
私の“祖”にあたる人物。
文化人にして、戦国の調整役。
「将軍様。御容体が優れぬと聞き、馳せ参じました」
藤孝は私の顔を見つめ、静かに言った。
「この国は、いま微かな歪みを孕んでおります。誰かが、その歪みを正さねばなりませぬ」
歪み。
その言葉が胸に刺さった。
私は知っている。この“歪み”の終着点がどこにあるのか。
──本能寺。
信長が討たれ、光秀が散る。歴史が大きく揺らぐ瞬間。
だが、私は知っている。
本能寺は偶然ではない。
信長の改革。武家社会の不満。光秀の葛藤。
複数の思惑が交差し、その“構造”が本能寺を生む。
私は義昭の身体の中で深く息を吸った。
その時だった。
空気が変わった。
廊下の向こうから、“音のない気配”が近づいてくる。
足音はない。衣擦れもない。
ただ、空気が押し返されるような圧だけが迫ってくる。
──信長だ。
姿を見る前に分かった。
この圧は、他の誰にも出せない。
藤孝が息を呑む。侍女たちが震える。
信長は、襖の向こうで立ち止まった。
沈黙。
耐え難い沈黙。
「……ほう」
その一言だけを残し、信長は去った。
私は理解した。
この男は──人ではない。
恐怖ではなく、圧。
暴力ではなく、速度。
信長は、歴史そのもののような存在だった。
その圧が遠ざかった時、私はようやく息を吸えた。
その直後、襖の向こうで足音が止まった。
「……明智十兵衛光秀、参りました」
光秀。
その名を聞いた瞬間、胸が強く脈打った。
光秀は、静かに膝をついた。
その目は深い井戸の底のように澄んでいる。
「将軍様……近頃、信長公の御意向が、あまりに急でございます」
光秀の声は静かだった。
だがその奥には、深い孤独があった。
私は悟った。
──この男を救わねばならない。
光秀は、歴史の中で誤解され、孤独の果てに散った。
だが今、目の前にいる光秀はまだ折れていない。
まだ、救える。
私は義昭の身体のまま、ゆっくりと口を開いた。
「十兵衛……」
光秀が顔を上げる。
「そなたは、このままでは信長公に殺される」
光秀の瞳が揺れた。
「……は?」
「だから私は、そなたを救う」
光秀は言葉を失ったまま、私を見つめた。
私は、義昭の手を強く握った。
「本能寺は止めない。だが──光秀は死なせない」
蝋燭の炎が揺れた。
その瞬間、義昭としての私の人生が始まった。
そして、光秀を救うための“歴史改変”が動き出した。
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