第6話 中型魔物との死闘
夜が荒野を黒く染めていた。複眼の視界は闇でもぼんやりと明るく、月明かりがなくても輪郭が見える。進化した魔蠅の能力のおかげだ。
(もう少し、狩るか……)
俺は羽を震わせ、夜風に乗って高度を上げた。
ブゥゥゥン……
その時――
複眼の右上端に異様な影が映った。
(ん? あれは……)
岩場の向こうで、何かが地面をえぐるように動いている。砂が跳ね、岩が砕ける音。
「ギ……ギチチ……ッ!」
(うわ……なんだお前)
そいつは、大きな甲殻類、カニのような魔物だった。鋭い鎌のような前脚。甲羅にヒビの入った背中。
八本の脚で素早く地面を這う。
(……何だか、ヤバいのは分かる)
体長は俺の三倍はある。魔蠅になった俺よりもずっと「戦闘向き」の体格。カニ型魔物は、こちらに気づいたらしく、ゆっくりと頭部をもたげた。
「ギチ……!」
(うわっ、目が合った!?)
次の瞬間――
岩を砕く速度で突進してきた。
ドガァッ!
(はやっ!!)
俺は急上昇で避ける。魔蠅の機動力なら回避は余裕……のはずが、
シュッ!
(わっ!?)
鋭い鎌が空を切り、あと数cmで俺の腹を裂くところだった。
(……ヤバいぞ、コイツ!)
正面からの殴り合いは明らかに不利。だが…………逃げるわけにもいかない。
なぜなら――――
(あれは……!)
カニ型魔物の真後ろ。小さな影が震えていた。丸い体、細い脚。
――小さな蟻の魔物だ。
(おいおい……お前、こんなやつに目を付けられたのかよ)
どうやら、カニ型魔物は蟻を獲物として追い詰めようとしていたらしい。
蟻は逃げ切れず、もうすぐ爪が届く場所にいる。魔物はきっと弱肉強食の世界なんだろう。
だから、このまま見過ごしても何も悪くない…………
(……けど、後味が悪いだろ……!待ってろ、今助けてやるからな……!)
進化前の弱小だった自分と眼前の蟻が妙に重なって見えた。
俺は急降下し、魔力袋を活性化させる。
(まずは牽制だッ!)
ピシュッ!
黒い魔力弾を頭部に撃ち込む。
「ギッ!?」
カニ型魔物が一瞬止まり、狙いが外れる。
(よしっ!)
その隙に、小蟻の方へ飛び込む。小さな蟻は震えながらも、俺を見ると少しだけ動きを止めた。
「ブブブブッ、ブブブブッ!」
(大丈夫だ、今助けるから!)
蟻の前に立ちはだかり、カニ型魔物へ向き直る。
「ギチチチッ!!」
(来る……!)
カニ型魔物が跳びかかる。俺は横へ飛び退くように回避しながら、口器から一心不乱に大量の魔力弾を散布した。
ビシャァッ!
「ギギギギッ!?」
(効いてる……!)
液体が頭部にまとわりつき、甲羅の隙間から腐敗が広がる。
そして、徐々に動きが鈍くなる。
(今だ……とどめ!!)
魔力袋をさらに絞る。黒い魔力を弾丸ではなく、圧縮された砲弾として生成。
(いけぇッ!!)
巨大な黒い球形弾を撃ち放つ。
――ドンッ!
「ギ……ギャアア……!」
カニ型魔物は後方に吹き飛び、地面に転がりながら痙攣し、そのまま動かなくなった。
【経験値+30】
ぺたっ。
【魔力吸収:成功】
【経験値+10】
(……ふぅ……マジで強かった……)
俺はゆっくり降り立ち、息を整えた。
***
後ろから、コトコトという小さな足音。振り返ると、小蟻に似た魔物が、俺の前でちょこんと立っていた。震えてはいるが、決して逃げない。
そして、俺を見て……
コトンッ。
(え、いま、頭を下げた……のか?)
それはまるで、「ありがとう」を伝えるようだった。
そして、その瞬間、複眼の奥で何かが直感的に伝わった。
こいつは、ただの小物じゃない。きっと、俺と同じように、進化の余地を持つ魔物だろう。
(お前……俺と同じで、弱いままじゃ終われないタイプなのか)
小蟻は、俺の周りをぐるぐると回り……そのまま、ぴたりと後ろについた。
(……付いてくる気なのか?)
「ブブブブブッ?」
(俺と一緒に行くのか?)
返事はない。だが、コトンッと頭を下げ、小さな眼は俺を見上げ続けている。
その様子に、胸の奥(虫だから胸なのかは知らない)が少しだけ温かくなる。
(まぁ………1匹くらい仲間いても悪くないか。よし、一緒に行こうぜ。俺たちで強くなろう!)
夜の荒野を魔蠅の俺と、小さな蟻が進んでいく。
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