第3話 繭の中で
――暗闇。
意識はふわふわと浮かび、上下も右左も分からない空間を漂っていた。
体は重いのに、どこか軽い。感覚が薄いのに、熱だけははっきりとある。
(ここは……繭の中か)
あの死体の山で魔力を吸い続け、進化条件を満たした瞬間、全身が黒い膜に包まれた。
気づけば動けなくなり、この真っ暗な世界に沈んでいた。
(変な感じだな……。痛みとか苦しさはないんだけど……「作り直されてる」のが分かる)
皮膚(外骨格?)が溶けて再構築されるような感触。羽が一度柔らかくなり、また硬くなる気配。
骨格や筋の位置まで微妙に変化している。痛みはない。苦しさもない。ただ、人間では絶対味わうことのない不思議な感覚。
***
再び意識が沈むと同時に、別の映像が流れ込んできた。
――暗いオフィス。
――深夜の蛍光灯。
――荒れた机。
――積み上がる書類。
――冷たい空気。
(ああ……ここ、俺が……)
倒れる直前の光景だ。キーボードを打つ手が震えていた。目の焦点も合わない。背中が痛くて、座っているのも苦しい。
そして――――――
誰もいないオフィスで、静かに、俺は崩れ落ちた。
(……そうか……死んだんだ、あの時)
その記憶を思い出すと、胸が少しだけ痛む。でも、同時に少しだけ安堵もあった。
(もう……あそこに戻らなくていいんだな)
ハエの身体はまだ慣れず不便だし、最弱だし、生きるのは苦しいけど……
前の世界より、よほど「生きている」という実感がある。
***
意識の中心に、波紋のような情報が広がる。
【外骨格:再構築・強化】
【筋繊維:再編成・強化】
【魔力器官:生成】
(魔力器官……?)
身体のどこかに、新しい「臓器」のようなものが形成されていく。それが脈動し、黒い「魔力」を押し出す仕組みを作ろうとしている。
(あのドス黒い液体……あれ、この器官から出てたのか。)
進化後は、もっと制御できるようになる予感がある。同時に、耳の奥で別の情報がかすかに響く。
【飛行安定性:向上】
【視界範囲:拡張】
【毒属性:強化】
【腐敗属性:追加】
(……え、俺、どんな姿になるんだ?)
想像してみる。殻の色が濃く、羽が鋭く、黒い魔力をまとった……ハエ。
(……ちょっと怖ぇな。まだ全然人間っぽくないし。)
でも同時に、興味と期待もあった。
今より強く――
今より生きやすく――
前より……前より、自由に。
(……ちゃんと進化できるといいな)
***
しばらくすると、外から風が吹く音が聞こえてきた。岩が転がるような、乾いた音もする。
この繭は目立つのか分からないが、魔物に襲われる可能性もあるだろう。体は動かない。逃げることもできない。
(頼む、無事でいさせてくれよ……)
俺は自分を包み込む繭の硬さを信じることにした。そして、凄まじい眠気が襲ってきた。
(やばい、意識が…………)
意識が深く沈んでいく。次に目覚めるとき、俺はもう「ただのハエ」ではないだろう。
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