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第28話 聖戦の幕開け

境界杭に結わえられた白札の糸が、炎天の風に乾いた音を鳴らす。

地平の向こうで、白金の聖徽旗が一斉に立ち、祈祷の斉唱が刃のように押し寄せた。


「神聖教国ハルマニアの浄滅軍で間違いないわね。総勢2000人といったところかしら。聖盾、浄滅導士、祈祷弩、封魔僧、側衛槍、聖翼騎。浄滅軍の精鋭部隊が勢揃いしているわ。東西南北、全方向から仕掛けてくるはずよ。」

ヴェルナの知らせを受けたミニアは、すぐに迎撃の用意を各部隊へ伝えた。

(クロ様、お手は煩わせません……!)


***


砂塵の頂、白金の旗の根元に、黒地金縁の外套をまとった指揮官が立つ。

聖務院戦将のラウル・サン=ヴィト。その両側に旗将ルキウス、導士長ベネディクト。総司令を務めるラウルの声が響いた。

「神の御名において宣言する。聖戦ホーリーパージ、ここに始まる。異端の巣は壊す。悔改の時は与えない。さぁ、進め。」

四方の号角が応答し、白金の列が一斉に割れ進む。

北の盾列、東の弓列、南の槍列、西空の翼列――砂上に十字の影が刻まれた。

ミニアはその言葉を受け、ただ一言、冷たく落とす。

「宰相ミニアが命じます。ガルドは北境を、ヴェルナは東境を、レイヴは南境を、アルドは西境を死守してください。セイルは、総司令率いる中央部隊をお願いします。彼らは明確な敵意をもって、攻めてくる『敵』です。容赦など要りません。殺してください。」

こうして、漆蠅王国ヴェスパリアと神聖教国ハルマニアの戦争の火蓋が切られた。


***


北境にて――――

聖盾歩兵が進軍する。聖盾の壁が砂を鳴らし、地そのものを押してくる。

先頭、聖盾隊長ハロルド・ヴァレンが盾を地に叩き、吼えた。

「異端の獣ども!神鋼は裂けぬ、ここで押し潰す!」

ガルドは巨躯で地面を揺らす。

「地裂轟踏!」

ドンッ!!

その瞬間、砂床が斜面に変わり、聖盾の足先から支点が奪われる。列の芯に半拍の歪みが走った。

「まだだ、神は我らの膝を支える!」

ハロルドが祈祷符を嚙み切り、盾列が再び重みを載せる。

「それがどうした。破槌掌!」

ガルドの肘から肩にかけて黒い衝脈が走り、掌底が列をなした聖盾を力強く打つ。

神鋼の縁が次々とひしゃげ、血の泡が盾の小窓から噴き出す。多数の兵は、仰向けに転がったまま動かなくなった。それを見た

「膝をつくのは、お前らだ!」

ハロルドが睨み上げる。

「膝なんざつかねぇよ!お前たち、ビビるな!数で押せば、倒せるぞ!」

ハロルドの指示で、聖盾歩兵が一斉にガルドたちに襲いかかる。

だが――――

「王位種を舐めるなよ。撼地衝!」

ガルドが地面の節を殴る。振動が骨伝導のように聖盾歩兵の膝へ抜け、膝蓋が割れて、次々とその場に崩れ落ちた。立てない兵の首筋へ、背後のオーガやオークなどが躊躇なく首を落とす。

「隊長、退きましょう!」

後列が叫ぶ。だが、ハロルドは一歩も退かず、剣を抜いて突っ込んだ。

ガルドの指がわずかに動き、喉当ての下へ拳が潜る。

「お前では力不足だ。俺を知って死ね。魔鬼王オーガキング、武衛府長のガルドだ。」

短い音――――首が地面に沈んだ。

聖盾の前列が怯んだ刹那、オーガやオークの重装が横から挟撃。

歩兵の首と腱が次々と切られ、盾の壁は血の布に変わった。


***


東境にて――――

「僧兵、列を保て!……イルマ、今だ!」

「了解。祈祷弩隊、うて!」

封魔僧兵長アドリアンの指示で、祈祷弩長イルマとその部下たちが短く指を弾く。

白金の祈祷矢が雨となり、聖句の光が糸幕を焼きに来る。その隣で、アドリアン率いる封魔僧兵が鈴を鳴らし、波のように揺れる鎮魔を注ぐ。ヴェルナは紅い舌で唇を湿らせ、糸を一本指で弾いた。

「絞絲断。」

闇の絲が波の位相をずらし、鎮魔は消え去った。さらに、黒絲は祈祷矢の光の縁を切り取る。光は力を失い、ただの質量になってヴェルナの足下に落ちた。

イルマはすぐさま、弓兵たちに命じる。

「所詮は糸だ!速射の祈祷矢をお見舞いしてやれ!」

それを聞いたヴェルナの唇だけが笑う。

「綾羅。」

薄布のような糸が空間に重層で展開し、豪雨のような矢筋を簡単に左右へ曲げる。一部の矢は返って、弓兵や僧兵の胸元へ刺さる。

「アドリアン、もっと鈴を――」

「僧兵も儂も鳴らしておるわ!じゃが、無数の糸が波を邪魔するんじゃ!」

僧兵が鳴らす高く澄んだ鈴音は、ヴェルナのもとへと到達する前に、すでにかき消されている。

すべての矢を地面に沈めると、今度は手指と口の中へ絲が送られた。

「縫斬。」

ヴェルナの黒絲によって、僧兵や弓兵たちの舌根と手指が次々とバラバラにされていく。

それを見たアドリアンの目が憎悪に燃える。

「この外道め……!」

「えぇ。外の道を作るのが、私の仕事ですもの。」

イルマが歯噛みし、最後の号令を吐いた。

「くっ、一度退け!退却だ!!」

ヴェルナは、艶やかに指を鳴らす。

「退く背は、いつ見ても美しいわ。――――糸葬陣。」

ヴェルナの糸が静かに踊った。目に映るすべての兵たちの喉元へ見えない絲の輪が入った。それに触れた者から次々に首が落ちる。アドリアンもイルマも遺言を残す暇なく、あっけなく最期を迎えた。


***


南境にて――――


ハイウルフたちが砂丘の影を飛び、側衛槍隊は翻弄されていた。

槍修道士長マルコは槍を地に突き、半月の防陣を描いた。

「獣は囲めば散るものだ!もっと挟み込め!」

マルコの合図で、側衛槍隊の槍が左右から群れたハイウルフの胸を狙う。

しかし、先頭集団がギリギリで躱し槍を噛むと、噛んだまま捻り、柄を折った。折れた刃の向きが変わり、持ち手の掌が裂けた。それと同時に、後続集団が白金の喉鎖骨の谷へ噛み込む。血が高く噴いた。

群れは一歩も吠えない。殺して、ただ押し返すのみ。

他方で、マルコは回転の勢いを生かし、レイヴの顎を狙う。その刹那――――

「隠遁。」

レイヴの影が消えた。

「……くっ、どこだ!!」

「ここだ。天噛。」

マルコの耳元で低い声が響いた瞬間、マルコの喉はすでに噛み切られていた。

その後ろでは、側衛槍隊が次々と、ハイウルフの餌になっていた。

「強者の匂いも味も、全くしないぞ。」


***


西境にて――――


砂塵の上、空に矢の群れのような影。聖翼騎隊を率いる空騎隊長エリアスが号角を掲げ、急降下に入る。

「空は神の領域に入る。魔物どもを墜とせ!!」

「風刃嵐。」

アルドは翼をひと振りした。見えない空気の鎌が聖翼の羽の根元を切っていく。聖翼騎隊は翼を失い、地面に勢いよく叩きつけられ、動かなくなる。

「雷翼翔。」

アルどの翼の縁から雷光が走り、空に佇む聖翼騎隊に次々に命中する。雷撃を受け、騎手は為す術なく地に落ちる。

エリアスは歯噛みし、翼の角度を鋭く変える。そして、暴風を纏いながら、鋭い巨槍で突っ込む。

「魔物風情が調子に乗るなぁ~!!」

「空は――――」

アルドは翼を大きく何度も振り、エリアスの突撃を空中で止めた。逆風のみで静止させられたエリアスの顔がひどく歪む。しかし、それと同時に不可視の風刃で美しく切られた首が地面に沈んだ。

「我らの王のものだ。」


***


裁定所前にて――――


理法院長セイル vs 浄滅導士/導士長ベネディクト・旗将ルキウス/総司令ラウル

中央列。導士長ベネディクトが聖典を掲げ、浄滅導士たちとともに古語を紡いだ。その側で、旗将ルキウスが旗竿を強く地に刺す。

「2人とも、油断するなよ。」

「おいおい、総司令様は、まさかの慎重派だったとはな!」

「ラウルの気持ちは分かるが、ただの魔物の群れだ。そこらへんの冒険者よりも圧倒的な実力をもつ私たちが負けるはずがない。」

ルキウスとベネディクトは、ラウルの言葉を嘲笑う。ラウルは気にも留めず、砂丘の上の視線に目をやった。そこでは、指揮線を握るミニアが冷淡な眼差しで彼らを見下ろしていた。

「魔物が建国を宣言するとは、滑稽だな。」

「人間、遺言はそれだけですか?」

ラウルは鼻で笑った。

「魔物に知能などあるはずがないか。ベネディクト、ルキウス、さっさと終わらせろ。」

「「了解。」」

浄滅導士たちの古語が紡いだ幾千もの光線がミニアやセイルを襲う。ベネディクトやルキウスも大きく歩を進める。しかし、セイルはすでに音を置き去りにしていた。

「血脈。」

すべての浄滅導士たちとベネディクトの頸動脈が音もなく破れ、赤い大きな帯が空に立った。

「な……な、何が起こったんだ……。」

「ルキウス、後r……!」

「遅すぎる。」

セイルの鋭利な両爪が、目にもとまらぬ速さでルキウスに刻まれた。

「刎断。」

ルキウスはミンチ状になり、断末魔をあげる暇なく息絶えた。掲げられた隊旗は彼の鮮血に染まる。

その直後、セイルが立っていた場所に光線が着弾した。他方で、一切動いていないミニアには聖なる光線が無数に降り注ぐ。

「よし、宰相だけでも…………う、嘘だろ……。」

ラウルは光線がミニアに直撃したことを見て喜んだが、その歓喜はすぐに絶望と恐怖に変わった。

「その程度の魔術で、私の外套に傷が入ると思っていたのですか?」

無傷で佇むミニアの冷淡な言葉を聞いた瞬間、ラウルは即座に判断を下した。

「ひ、退けぇーー!!整列など気にするなっ!!とにかく、逃げろ!!」

ラウルの指示を聞いた浄滅軍は、一気に退却を始めた。伝令が各四方に散らばる残兵にも連絡し、それぞれが必死で逃げていく。それを見たミニアは僅かに顎を引き、冷たく最後の指示を落とす。

「一人残らず、殺してください。クロ様が統べる国家に攻撃を加えたのです。死をもって償うしかありません。」

「「「「「仰せのままに。」」」」」

こうして、蠅王国へ進軍した神聖教国ハルマニアの浄滅軍は全滅に帰した――――


***


六将たちはテキパキと戦後処理を行っていた。

しかし、ミニアはラウルの最期の声だけが、熱の痕のように耳に残っていた。

「聖戦は、終わらない……!」

(必ず、次が来る。それも、今回の敵とはレベルが違う奴らが……)

ミニアは紅い複合魔瞳を細め、白金の消えた地平を睨んだ。

そして静かに、崇拝するの王のもとへと歩を進めた。



◇◇◇



神聖教国ハルマニアの聖都ハルマ、王宮「白金の間」にて――――

王座には、ハルマニア王グレゴリウス九世。その右隣には、聖務院院長バシレウス。

「誰一人、帰還せず……か。」

「伝令兵でさえ、逃げ帰れなかったのでしょう。」

静寂。やがて王は、玉座の肘掛けに置かれた黄金の剣に手を添えた。

「浄滅軍では歯が立たんとは……少し見くびってしまったかのぅ。……仕方あるまい、ハルマニアの最高戦力である聖騎士団パラディンと剣聖を出撃させるかのぅ。」

バシレウスが恭しく頭を垂れる。

「承知いたしました、陛下。すぐに、聖騎士長アーサー・ヴァレリアンと剣聖ルーズヴェルト・スミスを招集します。」

白金の鐘が、静かに、三度鳴った。本当の聖戦は、ここから始まるのであった――――――


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